Ressentiment

恨みの果て

 いつしか荒れていた天気は凪のように静まり返っていた。古びたカーテンから光が差し、薄い毛布だけを被って眠るセシルを照らす。  その姿は嘗ての彼を知る者が見れば、目を背けたくなる程に変わり果てていた。艶のあった髪は精液で固まり、顔には濃い隈が浮き出ている。唇は睡魔に抵抗したのか何度も噛み締められ、血が滲んでいた。活力に満ちていた体躯は酷く痩せ細り、枯木のような様を呈し、感度が変貌した柔らかな膚には、どす黒い痣と火傷が至る所に幾重にも刻まれていた。その傷からは皮膚だけでなく、内部まで酷く傷ついていることが容易に想像出来る。  男達の欲望と鬱憤を一身に受けた歪みが、その躰に何重にも浮かび上がっていた。  玉虫色の瞳だけが変わることなく暗闇で光った。 「……ワタシは……眠れたのでしょうか……」  そもそも熟睡から目覚めるという当前がセシルには信じられなかった。眠れば男達から激痛と共に強制的に目覚めさせられることに、もう慣れてしまっていた。こわごわと辺りを見渡すと、男達は珍しく揃って眠りに落ちているらしい。塵一つも動かない静寂が山荘を包んでいた。  突如、逃げるという選択肢がセシルの脳裏に閃いた。普段は男達の生活リズムはバラバラで、途切れる事無くセシルを弄んでいる。吹雪が止み、全員が同時に眠っているこの機会は千載一遇のチャンスに違いなかった。  もちろん幾ら晴れたとしても素人が装備も無く雪山に飛び出せば、十中八九遭難することはセシルにも分かっている。それでも、せめて雪崩で塞がれてしまった道まで戻れば、救助隊と遭遇出来るかもしれない。もし携帯の通じる場所まで山を下りられれば、助けを呼べる可能性もある。こんな楽観的とも言える可能性に今のセシルは縋るしかなかった。それ程に彼の体力も精神力も限界まで追い詰められていた。遅かれ早かれ力尽きるか、男達の暴力の行き過ぎで殺されることは目に見えている。  このまま地獄に棄て置かれても、遭難しても命が尽きるのであれば、足掻く方が余程良かった。  息を殺して、まとめてあった荷物の傍へとにじり寄る。セシルの荷物は長い陵辱で何処かに打ち棄てられたらしく、部屋に山のように詰まれた吸い殻や空き缶を掻き分けても見つけられなかった。男達の寝息が耳に入る度に身が竦む。それでも男達の誰かのコートは一着見つけられた。運良く携帯もポケットに入っている。ロックもされていない不用心な画面を見た時、セシルは深い安堵で崩れ落ちそうだった。あとは携帯の電波が拾える所まで逃げるだけだった。連絡先は番号を思いつく限り押せば良い。  何処かに繋がってセシル自身が此処に居ると伝わりさえすれば、きっと救助隊も到達出来る筈だ。脱ぎ捨てられている衣服を適当に身につけ、ダボついているコートを羽織るとセシルは音も無く部屋を出た。  灯りも無く薄暗い廊下を抜けた先にある玄関口は、外部の光を得て妙に明るい。埃を被った玄関口にも人の気配は無く、セシルの微かな靴音だけが響いた。そうしてたどり着いた玄関口の構造に新鮮味を感じたことで、セシルは如何に長く閉じ込められていたかを自覚した。それ程までに長かった凌辱が、今後どれだけの影響を与えるか分からない。それでも此処に監禁され続けるよりは余程良いに違いなかった。  扉は山荘の空気に呼応するように、黒々と重く其処にあった。それは雪が入らないように隙間なく閉ざされ、金属製の鍵が内側から掛かっている。震える手でその鍵を外すと、嘘のように凛と冷えた空気が流れ込んだ。閉め切られて淫臭で澱んだ部屋とはまるで違う外部。呼吸する度、弱り切った躰に気力が満ち溢れていくのを感じた。  外に繋がる出口から光が差し込み、優しい空がセシルを迎えた。  外は今、まさに夜明けを告げていた。刺すような朝焼けがセシルのやつれた顔を照らす。目映い雪路が下界まで続いていた。見覚えのある木々が見え、どう進めば下山出来るかをはっきりと思い出させた。これで少なくとも助けが呼べる所まで向かえる。煤けた膚色や穢らしい白などない場所。久方ぶりに見る色彩溢れた景色。世界はこんなにも美しかったとセシルは改めて思い出せた。 「良かった…………本当に……良かった……」  漸く此処から抜け出せる。身を清め、もう一度あの小さな手を取り、再会の喜びを二人で歌えるのだ。必死に押さえつけてきた年相応の涙が溢れ、視界が酷く滲んだ。だが感慨に浸っている暇はない。セシルは目元を拭うと、今にも崩れ落ちそうな躰を引き摺って歩き始めた。

その時首筋に衝撃が走った。

 何度味わったか分からない凄まじい痛みと手脚の痺れが走る。床に倒れ込んだセシルの耳に品のない笑い声が響いた。  震えながら振り返ると、見たことのない小型の機器を手にした男が、セシルに陵辱の限りを尽くした男達が、歩いてくるのが見えた。男とセシルの距離が狭まるに従い、恐怖は何倍にも膨れ上がる。最早その場で失神しないのが不思議な位だった。  呼吸が早まり、痺れて思うように動かない手脚をセシルは必死に藻掻かせた。じくじくと残る痛みに強張る躰を無理矢理動かし這うように進む。セシルは遅々とした歩みを進め、少しでも先へ逃げようとしていた。  また一睡も許されずに輪姦され、身も心も滅茶苦茶に傷付けられる。人としての生を根本から否定されてしまう。男達から与えられた傷は既に忘れられない程に刻み込まれている。嫌と言う程加えられた陵辱。逃げられなければ、待ち受けているのは仕置きという名の拷問だ。 「なんで……っ………どうして……! いや…来ないで……やめて……ぇ…………!」 「そーらセシルちゃん、お家に帰る時間だよ」 「久々の散歩は楽しかったか?おい」  だが力の差は歴然だった。呆気なく追いついた男達はセシルのコートの襟を掴むと、建物の中へ引き摺っていく。  雪を投げつけ、小石にさえしがみつこうとする死に物狂いの抵抗も、男達にとっては猫の子程度の障害にもならなかった。地面に僅かな爪痕だけを残し、刑を宣告するように高らかに扉は閉ざされた。 「しかしこいつマジで気付かなかったのかよ。首輪にしちゃ重すぎるだろ」 「馬鹿言え、こいつは元々首輪するような御身分じゃなかっただろ」 「くび……わ……?」  茫然とするセシルに向かって機器を持った男は溜息を吐いた。 「……酷いなぁ。幾らずーっと付けてたからって、最初にあげたプレゼント忘れられると傷つくんだけど」 「うわああ゛ぁああっ!?」  男が手元の機器を弄ると、スタンガンを押し付けられてもいないのに全身に電流が走る。思わずセシルが首筋に手を当てると冷たく硬い感触があった。監禁生活が長期化し、腕時計のように其れが身に付いていることが当然となって忘れていた物。初めて手を出された夜に嵌められた首枷だった。 「驚いた? セシル君に手を出すまでずっと暇だったじゃん? その間暇潰しに色々と機械弄ってたんだけど、それが役に立って嬉しいよ」 「傑作だったな。あのもんどり打って転んだ所なんてよ!」 「最近セシル君反応薄かったからさぁ~。まさかここまで出来るなんて見直しちゃった、根性あるね」 「……ぁ…そんな……っ……」  全てを察した。これまでの脱出も所詮は茶番だ。陵辱されることに慣れつつあったセシルを新たに嬲る為の手段。眠ったふりをした男達は希望を抱くセシルの姿を盗み見て嘲笑っていた。夢見た自由など最初からなく、扉を開いたあの瞬間にもセシルには文字通り男達の首輪が嵌められていた。 「俺のコートなんか着ちゃって可愛いねえ」 「今となりゃあ唯の肉便器の癖に、人並みに服なんか着てんじゃねえぞ」 「嫌ぁッ! やめて! もう触らないで!」  焼けるような痛みが残るセシルの躰に男達の手が伸びる。  逃れたいと願った悪夢が再現される現実にセシルは泣き叫んだ。二度と逃げられないよう押さえ込まれ、強引に服を剥ぎ取られていく。ベルトを引き抜かれ、ボタンは半ば千切るように取られた。  掴んだ腕が再び膚を晒される恥辱に震えていても男達には関係ない。露わになった褐色の膚は、最初の夜以上に男達を性的に挑発していた。 「さぁ、久々に元気に動いて疲れたよねぇ。ご褒美にたまにはザーメンじゃないもの飲ませてあげるよ」  セシルが男の言葉を理解する前に、後頭部に足が振り下ろされた。抜け出そうと藻掻いてもギリギリと音が鳴る程に堅く踏み締められる。既に男の脚一本で制圧されてしまう程にセシルは衰弱しきっていた。床に頭を擦り付け腰を上げる屈辱的な体勢を強要されていても、何かを思う余裕もない。眼前に七年程前の古い酒の瓶が置かれ、見せつけるようにゆっくりと蓋が開らかれていった。 「飲むの上の口からじゃないけどいいよね。セシル君ザーメンだったらどっちの口でも美味しそうに飲んでたもんねぇ」 「まさかっ………いやあぁあ゛ぁッ! やめてください…! そんなの絶対に無理です! お願いです! やめて!」  セシルの懇願は当然のように無視され、未だに傷が生々しく残る過敏な粘膜に酒が注がれた。 「ぎゃああ゛ああぁあ゛あああぁッ!」  酒が傷口を猛烈に焼きながら吸収されていく。数分も経たない内に躰が信じられない程熱くなり、頭が割れるように痛んだ。祖国で酒を嗜んだこともあったが比べ物にならない。誰の目から見ても血中のアルコール度数が滅茶苦茶な上昇をしていた。逃げなくてはと理性が警鐘を鳴らしてもセシルは口を閉ざすことさえ出来ず、唾液が音を立ててぱたぱたと床に零れた。 「いい気味だ」  一人の男はそんなセシルの様子を鼻で笑うと、髪を掴んで自らの股間へと引き寄せた。 「もう断れねえぞ。これは逃げようとした罰なんだからな」  脅すように音を立てるスタンガンを見ても、セシルは黙って俯いた儘だった。アルコールは更に全身へと巡り、最早指一本動かせず、男達を真っ直ぐに見つめていた瞳の光も更に濁りつつあった。そんな状態では男根が突き付けられてもセシルには抵抗する術などない。拒否感や嫌悪感自体は痛烈な迄に抱いていも、躰がそれに従おうとしなかった。 「そ……だけは………おね…が……いです………どうか………うごぉっ!」 「ハハハ! 本当にファーストキッスが下の口になっちまったなぁ!」  勝手なことを言いながら、男はたどたとしく願うセシルの口に容赦なく男根を突き入れた。懸命に異物を押し出そうとする舌の感触は、セシルにとってせめてもの抵抗のつもりなのだろう。だがその行為は男の快楽を増加させ、情欲を掻き立てるだけだった。 「やる気あんのかコラ。そんなチロチロ舐めてんじゃいつまで経っても終わらねえぞ!」 「ううう゛うぅうっ!?」  両手で側頭部を掴むと、男はまだ誰にも侵入されていなかった喉奥めがけて腰を突き入れた。亀頭があっさりと奥歯を超えて喉粘膜を殴りつける。とうに血の気が失せた唇を巻き込み、男根が舌を擦って先走りの味を刻みながら最奥まで無遠慮に蹂躙した。  男はそのまま喉から抜かずに粘膜をごりごりと擦る。それに伴って気道が強く押し潰され、セシルの呼吸が封じられた。喉が潰される度に目には涙が浮かび、苦痛に歪んで大きく見開かれた。酒と酸欠で端正な顔が真っ赤に染まっていく。本能が酸素を求めて喉を縮め、男根を絞めて吸い上げた。重ねられた行為をも凌駕しそうな圧倒的な占領感に男は果てしなく酔い痴れた。セシルが誰も踏み込ませなかった場所を土足で滅茶苦茶に踏み荒らす興奮は、更に陵辱を加速させていく。 「海外仕込みのキスってのは随分情熱的なんだな」 「こんなやり方人類でも最低だろうよ」  最後まで護ろうとした場所まで征服された滑稽な様を、周囲の男達は容赦なく嘲笑していた。彼女と愛を誓った箇所、そして彼女さえ届かなかった喉の最奥まで、男は男たる箇所を振りかざして征服していた。その事実に対して抱くセシルの常軌を逸した悲しみや怒りさえも、窒息の苦しみで塗りつぶされていく。押さえ込まれていた頭が締め付けられ、喉に精液が溢れた。あの酷い味にはセシルはもう慣らされてしまった筈だった。だが、そんな物とは比較にならない程に直接流し込まれる汚液は濃厚で、噎せ返るような臭いと凄まじい苦味で満たされていた。  食道から思わず込み上げる吐き気と未だ空気を吸おうとする気道の相反する欲求の苦しさに、セシルは頭を押さえられながら悶える。そこまでされて漸く男根が音を立てて抜き取られた。解放された気道でセシルは酷く咳き込みながら酸素を貪った。  だがもう耐えられなかった。唯でさえ連日の陵辱に胃が荒れている状態だ。止めようとしても奥から濁流がせり上がってくる。 「お゛えっええ゛ぇ! げほっ…げえぇえ゛ええ゛え! うぐっ………あ…ぇ…ごほっ…おおぉお゛おっ!」  セシルは今まで飲まされた精液と腐った食物をまとめて吐き出した。視界を黄みがかった白濁が塗り潰していく。口に残った胃液が枯れた喉を焼いた。 「げっ! 汚えな!?」 「とうとう吐きやがったか」 「気持ち悪…………」  半ば意識を失い壁に寄りかかるセシルを男は殴った。衰弱した躰はあっさりとその場に倒れ込み全身を使って咳き込んでいた。 「暢気に寝てんじゃねえぞこの肉便器」 「汚えだろうが。全部腹に戻せ」 「一滴残らず飲みなよ? 分かってるね?」 「…………ゃ……で…す……」  セシルは力無くも首を振った。業を煮やした男達は、閉じることさえ満足に出来ない口を、手を使って開かせたまま固定した。顎が外れる寸前まで開かされた口からは唾液が溢れ、細くなった首筋を伝っていく。そのまま男はコップで吐瀉物を掬い上げると喉元目がけて溢した。 「早く飲まねえとザーメンゲロで溺れ死んじまうぞ」  セシルが息を継ぐタイミングを無視して次々と流し込まれる汚物は再び吐き気を助長し、拒否する気力を奪っていった。そもそも飲み込まなければ男の言う通り窒息で死んでしまう。セシルは反射的に喉を鳴らして吐瀉物を飲み下した。殆ど機能しなくなっていた味覚でも分かる程の強烈な苦さと酸味が躰を毒していく。吐瀉物が掬えなくなると男達の手が離され、セシルは荒い息を吐いた。 「何休んでるのかな、いい加減さぁ学習しなよ。……“一滴残らず”飲めって言ったよねぇ?」  男達は床に膜を張るように残っている汚濁を舌で舐め取るよう暗に要求していた。あまりに陳腐な、だからこそ何処でも通じる、絶対服従を示す屈辱的な行為。だからこそセシルはその要求に意地でも従う訳にはいかなかった。それがどのような結果を招くか考える余裕さえ彼には無かった。 「…………む…り…です……ッあ゛ああ゛あぁああ!」  男達はセシルを取り囲み、踏みつけるように何度も蹴り飛ばした。躰の組織が破壊される嫌な音が響いていく。周囲を囲まれていれば、身を守ろうとする本能的な身動きをする暇さえ与えられない。ただ痛みに悲鳴を上げ、悶えることだけが蹂躙されるセシルに出来た唯一の抵抗だった。  だがそんな僅かな抵抗など人数の差に何の意味も為さない。  セシルが無意識に伸ばした手を握る者は居らず、その手さえも男達に踏みつけられる。何枚か爪が剥がれ、嫌な音を立てて骨が軋んだ。嘗てこの手が音楽を奏でていたことをもう誰も覚えていない。既に朱や紫、黄色が浮かび上がる膚に、新たな痣が次々と浮かび上がった。傷ついた内臓を蹴られ、上下感覚が分からなくなる程の痛みが何度も襲う。反射的に叫んだ瞬間、次の一撃が臓腑を殴り、更にその痛みに鳴かされる。何度も繰り返される暴力に歯を食いしばって耐えることさえ許されなかった。  思わずセシルが床に伏すと、頭を狙って踏み潰された。髪が靴と骨に挟まって乱れ、冷たい床に鼻血が広がっていく。  一人の男が髪を掴んで引き起こすと、力強い光を宿していた瞳が、静かに閉ざされているのが見える。あまりに過剰な暴力に、セシルは気を失っていた。その様を見た男は仲間と視線を交わして嗤うと、手元のスイッチを押した。 「う゛……わぁああああ゛ぁあ!? ひぎっ、い゛!?」 「てめえ寝て逃げてんじゃねえぞ!」  途端に流れる電流の衝撃にセシルの意識は強制的に呼び戻される。神経が詰まった箇所に流される痛みに慣れること無く、首筋には次々に痛々しい火傷が浮かび上がっていった。常人であれば発狂せんばかりの激しい痛みと、繰り返されるトラウマに絞り出されるように悲鳴を上がる。 「ぎぃいあああ゛ぁあん゛っ! むぐっ!? ごぁっ、んぶっ!」 「セシル君さぁ、そろそろ煩いんだよね。悲鳴も聞き飽きたし。いい加減黙って抱かれることも覚えてくれない?」  セシルをただ黙らせる為だけに、男は靴のままで開かれた口へと足を突き入れた。泥水と埃が入り混じった味が口一杯に広がっていく。男が体重をかける度に顎の関節が軋む程開き、口内には酷い切り傷が幾つも付いた。蹴り飛ばすように乱暴に靴を引き抜くと、欠けた歯の一部が床に落ちた。解放された喉からは掠れた呻き声が零れる。最早無理矢理にでも声を出さないとセシルは痛みに耐えられなかった。  吐く物が無くなった胃から胃液だけが逆流し、血と共に躰を伝う。男達に殴られ、蹴られる度に、セシルの今までの人生が走馬灯のように浮かんでは消えていった。  母国の情景、一時の絶望、異国の景色、抱き留められた温もり、優しい笑顔、愛が込められた美しい旋律。しかしその記憶自体も最早ぼんやりとした影のような形でしか思い出せなくなっていた。痛みも、変貌した躰も、それを抱き潰されることも、何もかも嫌で震える程に恐ろしい。  だがそれ以上に、今迄セシルを支えていた物自体が、人生自体が凌辱で塗り潰されようとしていることがセシルは何よりも恐ろしかった。  これ以上続けられたら壊れる。止まらない震えと胃液の苦みに今後の未来が鮮明に見えた。何もかも失ってしまう。拒み続けて発狂するか全てを捨てて男達に服従するか、どちらを選んでも地獄。セシルは八方塞がりの絶望に飲み込まれる寸前だった。幾度もの陵辱とアルコールで正常な判断を失い、執拗なまでに弱らされた精神に、男達の折檻はあまりに苛烈過ぎた。擦り切れた誇りは音を立てて崩れ落ちていく。 「ねぇセシル君、これは罰なんだからちょっとは反省したって見せてよ。そうしたらこんな痛いことはやめて、沢山ご褒美あげるよ」  汚らしい笑みを浮かべながら囁かれた提案は所詮、別の地獄への入り口でしかない。 「……せて…」 「聞こえないなあ。はっきり言いなよ」 「……死なせてください」  消え入りそうな声でセシルが告げたのは第三の選択肢だった。いずれ世間はセシルを見つけるだろう。だがその時に発狂し、穢されきっている姿を彼女にだけは見せたくなかった。まだ幸福だった頃の精神を保っている間に、全てを終わらせてしまいたい。衰弱し既に舌を噛み切る力さえ残されていないセシルの、血を吐くような懇願だった。  その瞬間、部屋は男達の歓喜が滲んだどよめきに包まれた。耐えて、耐えて、耐え続けたその先で、セシルは遂に自分自身の未来を諦めた。 「そっか……。じゃあ悲しいけど最後に全部舐め切れたら、俺達皆で殺してあげるよ」  敢えて淡々と告げられた男の言葉は確かにセシルの耳に届いた。躰を引き摺って吐瀉物の残りまで移動し、セシルは床に口付けた。  もう誰にも顔向け出来ないという想いが、ぼんやりとセシルの頭を掠めた。こんな時に再び愛しい面影が浮かんで胸を詰まらせる。あの奇跡のような日々は、既に手の届かない場所へと遠ざかってしまった。埃と精液の苦味が舌に直接広がっていく。苦しみを強制され、自ら泥沼に入り込んでいく行為の惨めさにセシルは押し潰されていった。苦痛に耐え続ける事も出来ず、自ら全てを棄てていく屈辱、罪悪感、悲しみ。それを眺めている男達はセシルの気持ちが手に取るように理解出来た。それは将来に絶望し、道連れを増やそうと更なる泥沼に入る事を選んでしまった男達の心境に酷似していた。 「終わりました。……頼みます」  床は唾液の僅かな湿り気以外何も残っていなかった。自身の吐瀉物を腹に収めなおしたセシルは、縋るような目で男達を見上げる。その途端、男達の下劣な笑い声が部屋中に響いた。 「セシル君さぁ! 馬鹿じゃないの?」 「お前どこまで素直なんだよ!」 「はーっ笑った笑った。愛島君が出てたバラエティより余程笑えたよ」 「こんな最高の玩具、はいそうですかって殺す訳ねえだろ!」  目を見開いて茫然とするセシルに男達は笑いながら罵声を浴びせ掛ける。最初の夜にセシルに哀れみの眼差しを受けた時から根底にあり続ける惨めさ。それを遂にあのセシルと共有した事実に男達は歓喜し、ますます責めは過酷になっていく。一人の男がセシルの髪を掴むと、開かれている口に酒を注ぎ込んだ。突然そんなことをされても飲み込める訳がなく、セシルは激しく咳き込んだ。酒が吐き出され、口に残っていた汚物が僅かながら洗い流される。 「さて、セシル君にご奉仕してもらいたいのは一人だけじゃないからね。全員分しっかり頼んだよ」 「おねが……れ…す…もう…帰れな……ッ!」  更に酔いが回り呂律も危うい中で、途切れそうな懇願は聞き入れられる筈もなかった。男は顎を掴んでセシルの口を開かせると、喉へと男根を同じように突き入れた。何人もの男の陰茎に接吻し、蹂躙されたかセシルは数えるのを早々に諦めた。  少しでも精液を溢せば、また床を舐めさせられ、窒息死寸前まで気道を男根に塞がれて吐かされた。セシルの目に浮かぶ生理的な涙は次第に嗚咽に変わっていく。 「ゲロ塗れで泣いてんじゃねえぞ。気持ち悪い」 「まだ半分も回ってねえんだよ、さっさとやれこの愚図」  意識を手放しても叩き起こされ、何度も吐き戻しながら吐瀉物を押し込まれた。セシルの態度に少しでも拒否の意が滲めば、無防備な腹を吐くまで蹴られ、吐き出される物には血が混じり始めた。その上に零れる滴を見た男達は、そのままセシルを押し倒した。喉と後孔を同時に貫かれ、淫猥な嬌声が悲痛な泣き声に混じる過程は、これ以上ない程獣欲を満たしていく。  目に入るのは黄みがかった白濁と自身の血、男達の不健康な生白い膚、耳に入るのは穢らしい水音と全てを否定する罵声、腐臭が鼻腔を満たし、吐瀉物の苦みと鉄の味が広がる。全身へと歪んだ快楽が容赦なく襲いかかった。五感の全てがセシルを追い詰め、絶望と悲しみが胸を抉った。  まさに地獄そのものの長い時間が過ぎた。全身の筋肉が弛緩し、食道と床を何度も行き来した汚泥の中に、セシルは倒れ込んだ。精液とも吐瀉物とも言い難い穢れが躰に染み渡っていく。男達は目を覆いたくなる惨状に構うことなく、首輪を掴んで憔悴しきったセシルを引き起こした。首が絞まるが最早動くことも出来ず、セシルは項垂れて床を見つめていた。  視界全てに広がるのは目に入るだけでも不快な汚物。食事と性交を通して血肉に余すこと無く刷り込まれ、自身の吐瀉物と混じり合う黄みがかった白濁。ぐっしょりと濡れた髪から垂れ、頬に感触が生々しく残り、手に、腹に、腰に、脚に、胸に、刻まれた紋章に、口に、自身を構成する全てに、もう其れは取り除きようがない程付着してしまっていた。  セシル自身を支えていた全てが不浄の中に沈んでいく。たとえ再び巡り逢えても、まとわりついた汚濁は間違いなく抱き締めた相手をも穢す。とある確信がセシルを深く貫いた。  愛し愛されることなど、想うことさえも許される訳がなかった。長い凌辱の中で既に分かっていた筈だった。それでも希望を棄てきれず、目を反らし続けていた事実。だが最早見間違いようもない。  自身こそ、汚物。そう自覚してしまった瞬間、セシルの決定的な何かが崩れた。認識が根本的に書き換わっていく。美しかった瞳が、男達を照らし、憎まれ続けていた瞳が、呑まれるように曇った。世界中と唯一人に心から愛され、それ故に男達に心から憎まれた存在は、もう二度と嘗てのように輝くことはない。 「何だその目は?こうなったのはお前自身のせいだからな」 「そんなに帰りたきゃ今からでも帰ってみなよ」 「誰に会いたかったか知らねえが、感動の再会じゃねえか」 「全くだな。そのゲロとザーメン臭え口で歌ってやったら誰だってさぞ喜ぶだろうよ!」  せめて反応しようとセシルは口を開いたが、何の音も出なかった。深い絶望が全身に広がっていく。幾ら試しても呻き声一つさえさえ出ることは無かった。体内から漏れる腐臭だけが無意味に喉から溢れ出ていった。代わりに山荘には、男達の快哉にも似た嘲笑が煩い程に響き渡る。  その中心で全てを奪われた少年は、静かに涙を流していた。  その瞳は光を喪い、最早何も映さない。あの日以降セシルは何一つ言葉を発することは無かった。人としての意思さえ窺えず、人形同然に輪姦され続けていた。 「こいつどうだ?」 「もうダメじゃないかな。何言っても反応してくんないし」 「マジかよ……。最近締まりも悪いってのに反応もねえとか、安オナホ以下じゃねえか」  目的を達成した男達にとって、最早セシルを犯す意味は殊更に無く、単なる惰性で行為は重ねられていた。犯されているセシルは微かな嬌声さえ上げずに無言で躰を震わせる。躰だけは与えられる快楽に機械的な反応を返した。 「まあまあ、反応無くてもヤりようはあるよ」  唇を歪めながら歩み出た男が、背後からセシルの首を絞めると、犯している男の陰茎は反射で強く締め付けられた。セシルの唇の端からは精液と唾液の混合物が垂れていく。 「おお!こいつはいいな」 「そうでしょう。憐れなもんだね、こんなになっても躰は死にたくないって言ってるねぇ」  手を離されて解放されたセシルは咳き込み、必死に息を繋ぐ。意識が深く沈んだ中で、その反応は帰還へ渇望の残滓に見えた。遂に男達はセシルを同じ、若しくはそれ以上に悲惨な地獄へと突き落とした。だがそうしたことで何かが変わる訳でもない。寧ろ彼等を待ち受ける未来は更に暗闇へと呑まれていた。 「俺達も死にたくないなぁ……」  誰も救われること無く、快楽だけを貪って山荘の夜は更けていく。  救助はまだ辿り着きそうにない。

初めて本にしたモブセシ話でした

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

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