Ressentiment

侵食

 異状な臭気が鼻を刺し、セシルは重い瞼を開いた。全身の至る所が骨に響く程痛む。瞬きをすると溜まった涙が溢れ、頬を伝った。周囲に男達はいなかったが、辺りには何本かの煙草の吸い殻と脱ぎ捨てられた衣服、倒された椅子が残されている。  自分の躰と部屋の様子で、昨日の狂乱は悪夢ではないとセシルは嫌でも自覚した。最早何度男達に辱められたか思い出すことさえ出来なかった。倦怠感の残る躰を引き摺るようにして起き上がると、部屋の扉が開き一人の男が入ってきた。 「おはようセシル君。さ、朝ご飯出来てるから、早く身支度しておいで」 「……え?」  昨日あれ程のことをしておきながら、変わらぬ態度で話し掛けてくる男の態度は心底気味が悪かった。差し出された服を怪訝そうに見つめるセシルを見て、男は笑うと懐からスタンガンを取り出した。ただでさえ顔色の悪かったセシルの顔から血の気が引いていく。 「朝から無駄な時間取りたくないよね?」 「………はい」  例えセシルが断ったとしても、男に無理矢理にでも引き摺られていくことは嫌でも理解出来てしまった。ここで下手に抵抗し、昨夜の再現をした所で何の意味もない。淡々と衣服を身につけ廊下を歩く間も、男は遊び半分でスタンガンを鳴らし、恐怖を隠しきれずに萎縮する躰を嘲笑った。  部屋に入ると男達は皆席に着いていた。態とらしく空けられた中央の席にセシルも腰掛けた。テーブルには水と缶詰が人数分用意されていたが、セシルの前には何も無かった。 「お待たせ。セシル君はミルクが好きなんだよね?」  そこに運ばれてきたものは確かに白かった。だが、それ以外に食物との共通点は皆無だった。  ジョッキに並々と注がれているのは紛れもなく精液だ。ヨーグルト状に半ば固まり、泥のような粘度を持つ其れが誰の物なのかは考えたくもない。離れていても伝わる激臭に、思わずセシルは口元を覆った。 「愛島君って随分大人びた顔付きしてるけど、まだまだ子供だもんねぇ。みんなで頑張って作ったから沢山食べてね」 「今日からこれがセシル君のご飯になるんだから、しっかり覚えなきゃ駄目だよ」 「これが……?」  セシルは目の前に置かれた汚物を見つめた。茫然とするセシルを余所に男達は既に食事を始めている。食物を口に運び水を飲む当たり前の光景の中で、何かの間違いのように精液は腐臭を垂れ流していた。衛生概念の欠片もない其れを、口にすればどうなるかなど明らかだ。 「そんなの……無理です……」  セシルは力無く首を振って呟いた。それは人として当然の拒否。だがそれに男達は舌打ちで答えた。 「これだから甘ったれた坊ちゃんはダメだな」 「まだ自分に拒否権があると思ってんのか」  周囲からも芝居がかった溜息や罵りが投げつけられる。部屋の空気が以前よりもずっと冷えているのは、勢いを増した外の吹雪のせいだけとはセシルに思えなかった。 「それともあれか? 直接飲みたいのか?」  隣に座っていた男がセシルの肩に馴れ馴れしく手を回すと耳元で囁いた。 「昨日みたいにスタンガンでバチバチされながら、アナタ達のチンコにディープキスして、玉までしゃぶりながら飲みたいですってんなら……」 「そんな訳が……っ!?」  せめて睨みつけようと顔を上げたセシルから、次の言葉が出ることは無かった。  眼前にいる男達の瞳孔は開ききり、深く澱んでいた。魚のような光のない目に映るのは何も無く、以前は確かに在った人間としての情などは欠片も残されていなかった。あれは最早セシルの知っている人間ではない。どうしたら人をより傷つけ、貶められるかだけを考える悪魔の群れが其処にいた。

殺される。

 反射的にそう確信した。男達の目的をセシルは知る由もない。だがこのままでは自分がまともな状態で帰れないことは明らかだった。拒否を続ければ本当に“直接”飲むまでいたぶられるだろう。その過程で取り返しのつかない事態になる可能性は、昨夜のことを考えれば充分にあった。食事と称して汚液を流し込まれる事実は変わらなくとも、直接飲まされるよりは幾分か良い筈とセシルは必死に思い込もうとした。  それでも信念の大切な一部を、自らの手で切り捨てる激痛が彼の心を苛んでいた。そんな悲惨な自傷行為を選んでも、彼にはまだ帰還を諦められない理由があった。  集めた方法の関係か、滓や埃、羽虫の死骸が浮く表面にセシルは口を付けた。男臭く、生臭い其れを口に含む度に胃が裏返るような拒絶反応が起こる。強い粘性を持った液体は喉奥に絡みつき、過程が感覚で分かる程にゆっくりと腹に落ちていった。凄まじいエグみと苦味が繊細な味覚をねじ曲げていく。こんな物を食するくらいなら、溝の底でも舐めていた方が余程良いに違いなかった。今後これが食事という男達の言葉を思い出し、セシルに再び吐き気が込み上げていく。 「愛島君吐きそうなの? 大丈夫?」 「辛いなら一回吐いてもいいよ。次食べるものが君のゲロ入りザーメンになるだけだからね」  吐いてしまったら終わりだ。セシルは口元を押さえて死に物狂いで吐き気に耐え、残った澱みを半ば意地で胃に流し込んだ。胃の最奥から立ち上る臭気と舌に残る味で嗅覚と味覚の機能が失われていく。それでも拷問同然の食事が漸く終わったと思い息を吐くセシルに、男はスプーンを投げ渡した。 「まだ残ってんだろ。……よく噛んで食えよ」 「えっ……何故……」  男から渡されたジョッキを覗き込むと、ヨーグルト状に固まった精液が底にびっしりとこびり付いていた。セシルの頬から更に血の気が失われていく。持ち手に伝わるずっしりとした感触が汚泥の量を伝えていた。当の男達でさえ、その有様に顔をそむけた。それでもセシルは震える手で、液体でも流し込めなかった程重い塊を、スプーンで削ぎ口の中に詰め込んだ。  他人に対して殺意や怒りを覚え、排除しようとする人々がいることはセシルも嫌という程知っていた。しかし目の前の人間を排除も殺しもせず、こんな形で尊厳だけを磨り潰そうとしている男達がセシルには理解し難かった。  男の促す通りに塊を歯で押し潰すと形が崩れ、中から汚液が音を立てて噴き出す。まるで芋虫を踏みつけたような感触にセシルは総毛立った。液体に溶けきらなかった腐臭と苦味が何倍にも濃縮された塊から溢れ出る。何度も咳き込み、込み上げる胃液が喉を焼いた。  遥かに良い生活をしていたであろうセシルが、底辺に居る自分達の精液を飲み下している光景に、男達の優越感は僅かばかり満たされた。  この屈辱に満ちた行為も地獄の入り口に過ぎなかった。  次の食卓にセシルの席が用意されることはなかった。元々少なかった椅子は男達の頭数を残して執拗なまでに壊されており、セシルの座る椅子さえ残されていなかった。床に散らばる残骸の傍らに置かれた平皿には、腐敗した白濁が注がれている。セシルは男達が何を求めているのか全てを察した。 「どうしたの? お腹空いたでしょ、食べなよ」  何人かの男達がセシルの周囲をぐるりと取り囲む。セシルはなるべく感情を表に出さないようにして、冷え切った床に膝を付いた。食卓に残っている男達からも、愉しくて仕方がないと言いたげな視線が注がれる。震える手で皿を持ち啜ろうとすると、男に腕を掴まれた。 「痛っ……」 「てめえは飯の食い方も分からねえのか?」 「随分と良い教育を受けてたんだな」  大勢に多少抵抗した所で無駄なのは理解していた。だが何度繰り返してもセシルは諦められなかった。過去に乗り越えた筈の絶望が、実感を伴って現れつつある。既に人としての尊厳などないに等しい扱いだったが、人前で其れを行うことがどうしても受け入れられなかった。男達はそんなセシルの真意を知る由もなく、部屋に残されていた縄でセシルの腕を後ろ手に固く縛り上げた。いよいよ逃れることは出来ない。腕を使わずに皿の汚液を飲み干す方法など一つしかないのだ。 「何故……こんな……」  幾度思ったか分からない問を投げかけざるを得ない理不尽。このような仕打ちに納得出来る訳がない。無駄なことは理解していても躰が付いていかなかった。  男は舌打ちすると、茫然としているセシルの頬を張った。縛られた腕では躰を支えることも出来ず、セシルは床に倒れ伏す。その様を見てその男は嗤うと、何やら他の男に囁いて部屋を出ていった。それを聞いて笑みを濃くした周囲の男達は、セシルに手を伸ばす。

 また殴られるとセシルが覚悟を決めて衝撃に備えた瞬間、腕を強く引かれ部屋から出された。そのまま半ば引き擦られるように廊下を連行されていく。 「……今度は何ですか」 「セシル様はご自身の境遇がどう変わったのかまだ分からないらしいからな」 「僕らも一々教えるのは面倒だからさ、自分がこれからどうすべきか此処でゆっくり考えてね」  連れてこられた部屋は山荘の奥まった小部屋だった。ドアの前には先程の男が立ち、セシルを中へと突き飛ばす。直後にガチャリと外から鍵が掛けられる嫌な音が響いた。  部屋ではエアコンが勢いよく唸りを上げ、熱風を噴き出していた。どう細工したのかスイッチやリモコンも見当たらず、稼働を止める術はない。閉めきられた室温は急激に上昇していった。セシルの躰を冷汗が伝っていく。幾ら発電機があってもこのような無茶苦茶な使い方をすれば、助けが来る前にこの山荘の生活は破綻するに決まっていた。だが捨て鉢になっている男達は、セシルさえ痛めつけられれば最早何もかもどうでもよかった。  三十分もすれば空気が循環し、四方から熱風が吹き付ける小地獄が出来上がる。内側から蒸されているような感覚が常にセシルに襲いかかった。 「ハァ……は…っ……あつ、い……!」  暑さには慣れているつもりだった。だが無制限に高まる温度に対策もなく閉じ込められれば、セシルにも為す術はない。未だに外されない金属の首枷が、室温と体温で熱源となって肌を焼いた。生み出された熱は体温を高め、焼かれる苦しみが全身を巡る。真綿で首を絞められるような感覚が絶え間なく襲い、次第に荒くなる息をセシルは抑えることが出来なかった。  灯りも無く分厚いカーテンと扉で囲まれた部屋では五感など役立たず、暑さにだけ意識が集中させられる。  一分経ったのか、それとも一時間なのかさえ分からない程、時間の感覚が狂っていき、その分苦しみも増していく。文字通り焼ける痛みがじわじわと精神を削っていった。  縛られた腕で扉を叩いても何の返答もない。無様に暑さに囚われているセシルの足掻きを聴いても、壁の向こうでは物音一つしなかった。  躰が鉛を付けられたように重く、単純に熱くて苦しい。縄で擦れた肌に流れる汗が染み込み、蒸れた傷口は酷い痛みを与えた。 「ゲェッ……げほっ、ゴホッ…あ゛あっ……だれ…か……」  セシルが思わずせき込むと、飲まされた白濁が混じった唾液が零れた。その上に重なって汗が垂れ落ち、そんな汗さえもすぐに乾く。体内の残り少ない水が無意味に浪費されていく。開いたままの口を閉じようとしても力が入らない。動けない。開いたままの喉が水分を欲してヒリつくように痛んだ。呼吸も儘ならず、胸が押し潰されるような苦しみ。汗みどろの躰を床に投げ出し、目の焦点も合わず荒い息を吐くセシルは、誰がどう見ても死ぬ寸前だった。  ここまで追い込まれて漸く開かれた扉を、セシルは朦朧とする意識の中で眺めた。暗室に差し込む光の中にあるのは決して救いの手ではない。  躰を抱えられて乱暴に引き擦り出された先には、求めていた“水”が其処に並々と満たされている皿があった。  形振り構っていられなかった。誇りも理性も何もかもを乾きが凌駕した瞬間、セシルは差し出された皿に顔を寄せ、そのまま汚水を啜り始める。  男達は自分達の教育成果を目の当たりにしてほくそ笑んだ。其処には何年もの時間をかけて身に着けていたであろう教養も品も何もない。首輪を嵌められ膝を付き、平皿から白濁を飲み干す浅ましいその姿は、傍から見れば畜生そのものだった。  酷くても食事の一環として精液を飲まされるのであれば耐えようとする意識もあった。だが、最早思い出の一つとなりつつあった過去が生々しく迫った時、セシルは思わず躊躇してしまった。 だからこそ男達はセシルの行為に伴う嫌悪を見抜き、抵抗しようとする意志を追い詰め徹底的に叩き潰した。  味と飲み心地が最悪でも、含まれている水分は失った体力を蘇らせていく。それとは裏腹にセシルは強い自己嫌悪に陥っていった。呪いですらない痛烈な悪意だけで、彼は再び人間としての自身を奪われた。  この日以降、ただの水さえ飲むことも滅多に許されること無く、まともなものがセシルの口に入ることは決してなかった。しかし、セシルが食事に関して抵抗することは格段に減った。僅かにでも拒否の意を見せると再び熱された部屋に閉じ込められる。死が間近に迫る拷問に幾度苦しめられたか思い出すことも出来ない。殆ど栄養のない精液が命綱な状況で、無意味に体力を減らすわけにはいかなかった。  テーブルで食事を取る男達と床で汚液を啜るセシルという光景は、この山荘の力関係を残酷なまでに表していた。  このままでは助けが来る前に餓死しかねないが、男達はセシルにそんな楽な終わり方をさせるつもりは無かった。 「物欲しそうに見てんじゃねえよ。お前の餌はちゃあんと用意してあるだろ」 「まだ不満でもあんのか?」 「次は雪の中に手脚千切れるまで埋めてやっても良いんだぜ」 「……」  セシルは無言で皿の上の代物を口に流し込んだ。何日かに一度だけ缶詰が出されていた。中身を土足で踏まれ、変色した生ゴミ同然の代物だったが。フォークもスプーンも添えられず、セシルは手で生ゴミを掴んで口へと運ばなければならなかった。結局それは死ぬのを僅かばかり遅らせるだけの食事だ。  水分も栄養も到底足りず、空の胃だけが酷く痛んだ。何度もそんな壊れた食事を続けていくうちに、最早セシルには男達が口にしている食べ物を見ても、味が思い出せなくなっていた。口に残るのは精液の苦味に血の臭いと土の感触だけだ。食事に伴う喜びや尊厳など既に無く、ただ生き延びるためだけにセシルは皿に満たされた汚液を無心で啜った。  だが、そんなセシルにますます男達は夢中になった。寧ろ男達のセシルへの精神的依存は手を出す前より酷く悪化した。男達がセシルへの凌辱に加わっていない時、幾人かが呻き声や啜り泣き、奇声を上げるなど日常茶飯事だった。皮肉にもセシルが男達の精神的支柱であることは、凌辱の始まる前と後で何ら変わりはない。だが語り合う機会が喪われた今、男達に持てる関わりはセシルを責め苛むことだけだった。そうしている間だけ男達は今後の不安や恐怖を忘れることが出来た。しかしその行為自体がより潜在的な不安や恐怖を加速させ、それを忘れる為に、男達は更にセシルに溺れていった。  そんな醜い悪循環の中で、淫売、畜生、悪魔と男達からセシルに張られたレッテルを数え挙げれば切りがない。だが、口では如何に罵声を浴びせようと、最早男達はセシルが居なければ精神的な安定を保つことさえ困難になっていた。  だからこそセシルの元に訪れる男は絶えることなく、当然セシルの休む時間も殆どない。数の多さからセシルの周囲を取り囲む男達が、居なくなることは滅多になかった。入れ代わり立ち代わりに嬲られ、犯され続け、意識を保つことすら困難になった結果の微睡みだけが、唯一セシルに許された休息だった。  しかしその一瞬さえも男達はすぐさま取り上げた。水を掛けられて起こされる程度ならまだ良い方だ。目覚ましと称してスタンガンを押し付けられ、苦しみ悶える様を嘲笑されたのも一度や二度ではない。 「ま~た意識飛んでやがる」 「セシル君? おーはよーー!」 「い゛っ………た…あ゛ぁッ!? うわぁぁあ!」  身を固くして痛みに備えることさえ許されず、無防備な躰と精神を不意打ちで痛めつけられる。一瞬の微睡みの中で忘れていた現実が痛みと共に襲い掛かった。目覚める度、地獄のような凌辱の最中に在ることを自覚する度に、セシルの精神は恐怖と絶望に揺れる。スタンガンを押し付けられた傷口からは皮膚が剥がれ、少しずつ肉が見え始めていた。 「ぎあ゛ああぁあっ! いだっ、お゛きぃ! 起きました! 起きましたからッ、やだああ゛っ!」 「よく聞こえないなぁ、セシル君は随分お寝坊さんだね」 「ひぎぃっ! うう゛ああぇっ! ぎゃああ゛ぁ!」 「まだ寝言いう根性があるらしいな」 「ちがう! ちがぁああ゛あぁ、やだ! 起きてますからああ゛あぁあ! なぜっ! やめて!」  微睡みから目覚めても聞き入れられず、セシルは何時間も鳴き叫ばされていた。枯れた声で、幾ら起きていると訴えても無駄だった。あまりの痛みに取り乱し、支離滅裂に叫ぶセシルの様子は男達の支配欲を駆り立てる。悲痛な訴えは嘲笑され、更にそれを引き出そうと男達を煽る役目しか果たさなかった。  苦しい程に眠りたかった。頭が重く芯からずくずくと痛む。何も考えられず、セシルは唸り声を上げ続けた。瞼が重くなると、壁に躰をぶつけて眠らないように耐える。 「……ワタシ寝ていません……起きています……本当です、寝ていないのです…起きています……」  痛みへの恐怖は睡眠への恐怖と次第に直結していった。人間として当然の、まして過度に疲労した躰では必然の眠りが、セシルには気が狂う程に恐ろしかった。  あれから何日経ったのか誰にも分からない。世間から隔絶された山荘で時間という概念は無意味だ。  最初に潤滑油として使われたハンドクリームはすぐに尽きてしまった。あらゆる物が代わりとして使われた。食後に残った脂を使われた時は傷口に染みて酷く痛んだ。男に後孔に直接口を付けて舐められた時は、痛みこそ少なかったが気持ち悪さに悪寒が走った。  だが、セシルの精神を最も傷つけたのはそんな物ではなかった。 「ほら、舐めてみてよ。他の物なんか汚くて使いたくないし」  或る時、一人の男はにやつきながらセシルの眼前に太い指を突き出した。その瞬間セシルの表情に顕れた嫌悪は、今まで使ってきた物への反応とは比べ物にならなかった。好きでもない男の指を口で舐めしゃぶり、自身を犯す為の準備。内心に在る信仰までもを侮辱する行いを前に、セシルは怒りと苦しみに身を震わせた。 「まだ不満げな顔が出来るなんてね」 「未だに王子様気分が抜けねえらしいな」 「そんなことはありません……!」  それでも男達の報復の恐ろしさは染みついていた。指までならば、それまでであればとセシルは負の感情を必死に噛み殺す。あんな目に何度もあっていたら本当に壊れてしまう。躰への負担を少しでも減らす為、生き延びる為に、セシルは芋虫のような男の指に唇を落とそうとした。 「全く仕方ないねぇ、普段から頑張ってくれてる愛島君だから僕達も譲歩してあげるよ」 「え……ああ゛ああぁあ゛あっ!?」  信じがたい男の言葉にセシルは目を見開いた。だがその言葉を怪訝に思う間も無く、男は解されてもいない後孔に指を押し込んだ。潤滑油を使わない強引な挿入は、僅かな動きでさえ何倍もの苦しみに変えていく。 「そんなに舐めるのが嫌なら代わりの物を用意するからね」 「……あ゛あっ…! う゛わっ、ひぃいいっ!」 「返事する余裕もないか」  漸く塞がりかけていた傷口に男はわざと爪を立て一つ一つ醜く開いた。傷を抉るという単純且つ強い痛みを伴う行為にセシルは悲鳴を上げた。太腿を伝って赤い血が床にまで垂れ落ちる。 「そろそろいいかな」 「ひっ……あ…お゛あああ゛ぁあ…っ!」  男はセシルの太腿に男根を摺りつけると、流れた血を潤滑油代わりにセシルの内部に押し込んだ。傷口が擦れて捲り上がり、先走りの塩分が染みて凄まじい痛みを与えていく。拒否の言葉さえも叫ぶことも出来ず、セシルは目尻に涙を浮かべて身悶えた。だが男はそれすら許さずセシルの上に圧し掛かった。 「ほーら暴れちゃだめだよ」 「お゛げぇええっ!? あっ、あっあ゛あ、い゛っ!?」 「重い? 悪いね。ごめんごめん」  全く身の入っていない謝罪を呟きながら、男は切り刻まれた後孔から快楽を貪り続ける。セシルが男から与えられたのは、激しい痛みと内側と外側から内臓を押し潰される苦しみだけだった。体内に吐き出された精液さえも新たな痛みを与える状態で、セシルは生理的な涙を零した。あまりに悲惨な様を眺めていた周囲の男達も凌辱に加わっていく。血が止まりかけると新たに傷を抉られ、その度に耳を覆いたくなるようなセシルの悲鳴が部屋に満ちた。その様子にさえ男達は愉悦を得て、そのままセシルは気を失うまで輪姦されたのだった。  目覚めた瞬間、セシルが感じたのは焼けるような下半身の痛みだった。熱を持った箇所から傷の化膿が嫌でも解った。疲労からの発熱も重なって、頭まで割れるように痛む。男達が食事へ呼びに来るまで、全身を包む倦怠感で、セシルは魂が抜けたように虚空を眺めていた。 「その芋虫みてえな動きは何だ? ここに来た時はあんな元気に走り回ってただろ」 「最初はちょっと高飛車というか俺達と目線が違ったからね、漸く相応しい所に来れるようになって偉いもんだ」 「……ただいつまでもチンタラしてんのは気に食わねえなぁ!」 「……ぐっ!」  背後から突然蹴られ、セシルは床に倒れ伏す。たとえ脚さえまともに開けない状態でも、男達は誰一人としてセシルの移動に手を貸さなかった。少しでも痛みを和らげようと這うように躰を進める様を男達は嗤う。僅かな身動きにさえ上がりそうになる悲鳴を、セシルは歯を食いしばって抑え込んでいた。未だ垣間見える誇りは男達の苛立ちに油を注いでいく。早く動けと男達に罵られながらそのまま何度も蹴り飛ばされた。その衝撃は傷に響き、ただ蹴られる以上の痛みをセシルに与えていた。  結局、唾液を男の指へと垂れさせ、潤滑油代わりに使われる屈辱な行為にセシルは耐えざるを得なかった。  だが、これ程までに追い詰められても、セシルはこれ以上の口での奉仕は絶対に拒んでいた。殴られても蹴られても男と接吻することも口淫も一切行おうとはしない。男達も下手に強制してまた噛まれでもすれば面倒で、渋々現状を受容するだろうというセシルの予想は的中した。  既に穢されきった躰であってもこの一線だけは譲れなかった。セシルにとって唇は音楽を奏でる為のものであっても、男達を悦ばせる為のものでは決してなかった。これ以上大切な信念を自ら穢せば、もうこの地獄から抜け出せてもセシルにとって意味などない。 「もう何を嫌がっても今更だと思うんだけどねぇ」 「それよりもっと卑猥なことやってるのに」  男が腰を動かす度に、床に深く爪が立てられる。  与えられる苦痛に柳眉をしかめながら、セシルは陵辱に耐えていた。吐き出された精液が腿を伝い、汚らしい染みを作る。今日は朝から何人の男に穢されたのかもう誰にも分からなかったが、幾ら続けても挿入が苦しいことだけは変わらなかった。  だが男がある一点を擦り始めるとセシルの様子は目に見えて変化した。 「あ゛ぁっ! …………そこ……はっ…!? あっ……やだっ、はぁあっああ゛ぁあっ!!」  押し殺すような呻き声が高い嬌声へと変化していく。それは声を出して少しでも快楽を逃そうとする本能的な反応なのは理解していても、セシルはこの瞬間を一番嫌っていた。 「随分と気持ちよさそうな声出して」 「あんなに嫌がってた挙句がこれか」 「こいつ帰ってから扱くだけで性欲発散出来るかね」  時間が経つうちに傷も癒え、何度も犯されるうちに躰の痛みは減っていった。だがそれとは裏腹にセシルの精神的な苦痛はますます増していくばかりだった。  衣服を剥ぎ取られ、露わになった全身を卑猥に評されながら、好き勝手に弄くり回される羞恥だけでも、頭がおかしくなりそうだった。本来であれば自ら選んだ相手とだけ共有されるべき秘密を、男達は強制的に暴いていく。セシルがどれ程嫌がろうと、胸元や陰茎に手を這わされ無理やり快楽へと引き摺り出された。幾度も強制された行為で、どこがどのように感じるか、セシルの全てが男達に掌握されつつあった。 「セシル君は裏筋が良いんだね。あっ、裏筋って分かる?」  セシルは力無く首を振る。横になっている彼の腹には、既に自身の白濁の軌跡が何重にも描かれていた。 「駄目だよ、ちゃんと勉強しなきゃ。ここが亀頭でここが裏筋、あとは玉くらいは聞いたことあるかな?」 「ひぃっ……!? んゃ、ん、にっあっあっあ…ン分かりましっ、たから、やめてっ!」  嬌声が間に混じる無意味な懇願を繰り返し、セシルは喉を晒して身を震わせた。他人に扱かれ感じる様を周囲の男達は満足げに視姦した。快楽に悶え耐えようとするセシルは、既にこの山荘で唯一の性的対象になっていた。  漏れる吐息、潤む瞳、引き締まった躰、白濁の散る浅黒い肌、そして悲痛な叫び声。自分の全てが男達を駆り立てるということを、絶頂に至る意識の中で、セシルは激しい羞恥と共に自覚していた。そのまま男達に刻まれる悍ましい快楽にセシルは翻弄されていった。  快楽を仕込む時間だけは過剰に在る。成長に伴いゆっくりと育まれていた筈の感覚が、押し付けられる欲望に際限なく歪められていった。平凡な箇所から口に出すことも憚られる箇所まで、醜悪な男達の手で、快感は至る所に植え付けられた。 「いやっ……気持ち悪い…やめて、くださっ! ぁ!」 「我慢しない方がいいんじゃない? 当に気持ち悪かったら、こんなにならないでしょ普通」 「そう言ってやるなよ。愛島君が所構わず発情するド変態なだけかもしれねえだろ」  そう言いながら、男は既に形を持ち始めている部分を、足で軽く踏みつけた。そのまま内腿をなぞり、強弱をつけて刺激していく。熱を持った強い振動が襲い掛かる度にセシルの視界に火花が散った。周囲の男はそれを眺めながら、嘲笑交じりにセシルの膚を撫で始めた。 「ちがいねえ」 「こんな異常な状況で感じるなんて、変態以外の何者でもないよね」 「気持ち悪いのはどっちだよ」 「ワタシはっそんなあぁ! んっ、こんなの!」 「話にならねえな」  足で陰茎を良いように踏まれながらも耳に息を吹き込まれると堪らなかった。熱い吐息が冷えた空気に零れる。無意識に背を反らし快楽を逃そうとしても、そのせいで目立つ勃ち上がった乳首を男達は面白半分に摘まんで僅かな足掻きも封じ込めた。 「はなし、て……ひぐっ……あああぁあ゛!」  床と肌に再び白い軌跡が描かれる。それと共に上がった悲鳴には、快楽への屈服と恐怖が明白に表れていた。今まで殆ど何も感じなかった胸元や首、腋に舌を這わされるだけで自身が勃ちあがり、先走りをだらだらと垂らしている。最早セシルの躰は少し熱を込めて触れられるだけで、痺れるような快感が走る程過敏になっていた。 「一人で盛り上がってんじゃねえよ。本番はこれからだぞ」  男はセシルの細腰を両手で鷲掴んだ。熱の塊が内部を穿ち、より重い快楽が頭を殴る。 「ぁあああ! おお゛ぉっ……あっああ゛っ、ぎ、ひいっ」 「煩いなぁ。ケツ犯されるのがそんなに良いのか」 「痛がって喚いてた頃が懐かしいな、……でもどの道うるせえな」  水音と悲鳴染みた嬌声が部屋を満たす。最早後孔は欲望の掃き溜めへと成り下がり、弱い部分を突かれるだけでセシルは簡単に鳴き喚いた。犯している男はその様を鼻で笑いながら腰を動かす。 「あぁっ……んぁっ、嫌だ……あっ! やめて! やだっあぁああああっ!」 「早すぎるだろ、このままじゃお前女抱けなくなるぞ」  一層強く貫かれ、セシルは腰をがくりと折って吐精した。男が陰茎を引き抜くと、全身の何処よりも過敏な粘膜が擦られセシルは余韻で身を震わせた。  男達はセシルの躰を知り尽くし、好きな時に絶頂に至らせるなど朝飯前だ。だがそんな事実をセシルは知りようもない。失われていく男性機能への困惑と不安だけが膨らんでいった。あまりにも情けなくて、恥ずかしい自身の有様に視界が歪みかける。それでもセシルは男達に気取られぬよう目元を拭い、次に手を伸ばした男を見つめ返していた。  合意無く躰を変質させていくという点で、与えられる暴力も快楽も変わりはない。寧ろセシルには暴力の方がまだ良かったのかもしれないとさえ思えた。快楽は耐えようとする意思さえ、真っ白に塗り潰していった。聞くに堪えない嬌声を上げ、無意識に男の首に腕を回していることを自覚する度に、足下が崩れるような絶望に打ち据えられる。  その度にセシルは歯の根が合わない程震えた。正気に戻る度、変わりつつある躰を認識する恐怖は並大抵のものではない。その反応が快楽を与えられた際の本能的なものであることは理解していても、男達にそんな態度を見せてしまう程に篭絡されていること自体が恐怖だった。  男達がその変化に気づかない筈がない。彼らは自分達が起こした変化に喜々として、罵りながらセシルを追い詰めていく。ただ互いの快楽だけが異常な程熱を帯びた。抱くという行為が如何に相手の精神を疲弊させ、誇りを砕くかという実例を男達は目の当たりにしていた。
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