カーテンコール・スクラップ
醜悪な男の話3
さて、セシル君が僕に抱かれる為の準備は着実に進んでいきました。バイブでの開発を一人で続けるのはとても辛そうでしたので(暗示が浅い時には苦しいからやめたいと言われることもしばしばでした)、僕と一緒に過ごしている時だけは存分に甘やかして、可愛がってあげていました。焦らすつもりで何度もキスだけを重ねて、脇腹の線を撫でていると、セシル君はもどかしそうに此方を見つめてくるのです。前を触ってあげると躊躇いなく声をあげてくれました。
ここまでくると、他人との行為への忌避感も随分と薄れているようでした。
一つのバイブに慣れたらもう少し大きな物に交換して、また慣れるまで続けて。そんなことを三ヶ月ほど繰り返しました。最後の方ではバイブはセシル君の両手に漸く収まるほどの長さになっていて、それは丁度僕の物と同じくらいの大きさでありました。
いよいよ本番という時になって、僕はふと気になってセシル君に普段の練習風景を再現して欲しいと頼みました。
「え……?」
「頼むよ。此処に至るまでのセシル君の姿が見てみたいんだ」
僕が腕を掴んで顔を覗き込むと、ただ呆然としたセシル君の表情が見えました。普段はやや落ち着いた顔をしている彼ですが、年相応のあどけなさを垣間見せるこのような瞬間を僕は特に愛していました。
「わかりました。アナタがそう望むなら」
セシル君は服を脱いで側へバイブを置くと、慣れた手付きでたっぷりのローションを後孔へと垂らしました。
自分で尻を広げて指を宛がっているその情景だけでも非常に淫靡で、これが僕の為に何度も行われていたのだと思うと、自身が反応していくのを感じました。
指がずぶりと入ると、セシル君は小さく呻き声を洩らします。それから暫く動かして慣らした後にバイブにもローションを垂らして、中の赤い肉が見え隠れする孔へとゆっくりと押し込みました。
開ききった後孔が太いバイブを飲み込むと、ぐちゃりと鈍い水音が響きます。静まりかえった部屋には水音と僕達の荒い息だけが聞こえていました。そのままセシル君はゆっくりと左手でバイブを動かしながら、未だ萎えている陰茎に右手で触れました。
「まだ後ろだけでは難しい?」
「……っ、はい。苦しくて………」
返事の通り声も酷く苦しそうで、セシル君が圧迫感に藻掻きながらも頑張ってくれているのが伝わりました。
必死に右手を動かして漸くセシル君の陰茎も芯を持ってきたようです。ですがそれは頼りなげで、事実バイブを握った左手が動く度に今にも萎えそうに震えています。
あくまで挿入は出来てもそれで快楽を感じるようにはなっていないのでしょう。自分の体内を抉りながら前で感じる僅かな快感に縋っている様はとても哀れでした。
「いつもこうしていたのかい?」
「は、い……っ」
「可哀想に。苦しかったろう」
「ええ。でもアナタが望むことでしたから」
セシル君の言葉に僕が思わず顔を上げると、既に汗に塗れた彼はいつもの優しい微笑を向けてくれました。
殆ど関わりの無かった男の為にこんな苦痛に耐えて、いやらしく脚を開いて開発行為の実演なんて破廉恥極まりない真似までしてくれる。
彼の向けてくれる愛はまさしく無償のものでした。
セシル君はそのまま途切れ途切れに練習の日々を話してくれました。常にバイブを持ち歩き、スタッフや仲間達の目を盗んで開発に励んだこと、外に泊まる日は誰かに見られたらと思うと恐ろしかったこと、痛いばかりだったが何とか広がっていったこと、下準備を楽にしようと食事に気を遣ったこと等々……。特に傑作だったのが、恋人に隠しきれなかったことでした。
いつものように開発に取り組んでいた時、仕事が早く終わった彼女が部屋に戻ってきたらしいのです。
その時二人を襲った衝撃を考えるだけで僕は笑いが止まりませんでした。セシル君は理由は伏せて(普段は思い出せないようにしているので仕方がないことです)開発に取り組んでいることを素直に話したそうですが、あの愛らしい彼女は彼氏の変態的な所業にも納得してくれて、なんとまあ、手伝ってもくれたそうなのです。
あれはあれで新鮮だったと語るセシル君の表情は若干癪に障ったものの、僕に犯される為に恋人と努力したというのは滑稽で仕方ありませんでした。
そんな風に語っていくうちに後ろの孔も随分と解れたようで、先ほどからいやらしい水音を立てていました。
セシル君の腕を握ってゆっくりとバイブを引き抜くと、追い縋るように肉が絡んでいるのが見えます。
腸液が垂れて床へと零れ落ちました。すっかり準備を終えて僕の為だけに整えられた恥部を見ていると、もう我慢することが難しくて僕は粗雑にスラックスを脱ぎ捨てました。痛いくらいに反応している陰茎を見たセシル君が僅かに息を呑んだ瞬間、僕は限界を迎えました。
本当は愛し合う恋人同士の初めての交わりな訳ですから愛の言葉を囁いて、抱き締めて、受け入れてもらおうと思っていたのに、僕はただ無我夢中でセシル君に抱きつきました。腫れ上がったようになっている亀頭を後孔に押し当てると、くちゅりと愛らしい音がします。
セシル君は恐怖と興奮が綯い交ぜになったような、儚げな、それと同時に情熱的なあらゆる眼差しを僕に向けました。それが合図でした。
そうして僕達は一つになったのです。
「ぐ、う……っ! あっ…………」
セシル君はより一層苦しげに眉を寄せて、小さく声をあげました。仕方のないことです。幾ら同じような大きさといっても、玩具にはない体温や重みが彼を襲っているのですから。それに耐えるようにセシル君は僕に抱きついて必死に息を繫いでいました。
そして僕はセシル君の内部の熱さ、堅くキツい締め付け、時折縋るように見つめる眼差しにすっかり魅了されていました。本当にあの愛島セシルという神聖な存在に僕が奥深くまで侵略したのだと思うと、嬉しくて切なくて何滴か滴が僕からセシル君の顔へと零れ落ちました。
それが汗なのか涙なのか、それは今でも分かりません。
セシル君は僕の頭を撫でると、絞り出すように微かな声で、愛してる、大好きと繰り返してくれるのでした。
まるでそれは僕の支えになっているかのようで、僕はそんなセシル君の優しさに果てしなく溺れていくのでした。愛している、愛してると、中身のあるようなないような、そんな告白を繰り返して、僕達は暫く繋がっていました。
そのまま腰を動かし始めると、セシル君は更に苦しげに呻きました。今まで自分のペースで開拓していた場所で動かれれば苦しいのは当然のことでしょう。もしかしたら痛みも感じているかもしれません。
実際、僅かに芯を持っていた筈のセシル君の陰茎は今や完全に萎えていました。僕はそんな現象でさえもセシル君を手に入れた証のように思えてしまって、更に興奮を引き立てる循環に嵌まり込んでしまっていました。
セシル君の一挙一動が僕を惹き付けて離してくれないのです。今やセシル君は僕の出世の為の道具ではなく、名実ともに僕の恋人なのでした。
動く度にぎゅうと締め付ける其処は今まで経験した物の中でもとても強く、若干の痛みを伴うほどで、それがよりセシル君から僕が求められているのだと思わせてくれました。もう僕は自分を抑えきれなくて、まだ行為に慣れていないセシル君への気遣いなど微塵も思い浮かばずにただがむしゃらに腰を打ち付けました。
セシル君は僕が行為に没頭出来るようにと、唇を噛み締めて声を抑えてくれていましたが、やはり奥を無理に穿つ度に痛苦に濡れた呻きを洩らしているのでした。そして漸く僕は快感が頂点に至ろうとするのを感じました。
「セシル君、分かるかい? 僕達は一つだ。君は僕で、僕は君だ。君の中に僕の遺伝子が吸収されていくんだ。君の一部は、僕なんだ」
だから僕の人生を君に支えてもらいたいんだ、それだけは言わずに僕は想いをありったけセシル君にぶつけました。水音がして、頭が真っ白になって、セシル君が抱き締めてくる感触と彼の悲鳴だけが僕の感覚にこびりついていました。そこにあったのは人生で感じた中でも最高の快楽でした。
「ありがとう……セシル君…………」
「ワタシも同じ気持ちです……やっとアナタと、繫がれた………」
僕の腕の中でセシル君は荒い息を吐いていました。
前髪が汗に濡れて額に張り付き、年相応のあどけなさを垣間見せています。その瞳に映る感情は、純粋な愛そのものでした。僕がゆっくりと陰茎を引き抜くと、セシル君の赤い血と僕の命の証が零れ落ちます。それはまるで僕達の関係のように混じり合いながら、セシル君の張りのある腿を伝っていきました。
僕はその時、幸福の頂点にいました。この時だけは僕の将来も、夢も、何もなくて、セシル君以外のものなんて必要ありませんでした。
だからこそ僕に一つの望みが浮かびました。僕の暗示を通さずに、本当のセシル君へ愛を伝えたいと。
これほどに僕達は愛し合っているのです。これが全て僕が作り上げた幻な訳がないという確信が心を満たしていました。
幾度目かのキスで最も深く僕達の舌が絡まった瞬間、僕はセシル君にかけた暗示を全て解いてあげました。
その時、セシル君は目を見開いたまま呆然としていました。驚愕の表情を浮かべたまま血の気がみるみる失せていきます。瞳には涙が今にも零れ落ちそうに溜まっていきました。きっと走馬灯のように今までの自分の行いを思い返しているのでしょう。随分と酷い顔でした。
セシル君は僕を突き飛ばしました。咄嗟に彼は俯くと手で口を押さえましたが、間に合いませんでした。
うええっと声がして嫌な臭いと共に吐瀉物が手から零れ落ちていきます。愛など所詮こんなものかと、その光景を見ながら僕はぼんやりと考えていました。
幾ら言葉を尽くして僕達が愛を誓い合っていても、全ては都合の良い幻に過ぎません。僕の姿を見て怯えているセシル君を見て、自分が如何に甘かったのかを痛感するばかりでした。
改めて感謝と愛をセシル君自身に伝えたいという願いは脆くも崩れ去りました。いっそ泣きたいのは僕の方です。
この時僕はどれほどセシル君を愛するようになっていたのかを自覚していたのでした。
セシル君の大きな瞳からはとうとう涙が零れました。その滴は照明を照り返して宝石のように光りましたが、すぐに床の汚物と混ざり合ってその輝きを失ってしまうのでした。
「ワタシは、なんという……なんてことを…………!」
震える唇に僕は堪らず身を乗り出しました。視界に僕が映った瞬間、セシル君は大きな目を更に見開き、息を呑む音が響きました。
「僕だよ。分かる? 僕のこと大好きだって、愛してるってセシル君は言ってくれたよね」
「違う……。ワタシはそんなことを言っていない」
「あんなに何度もキスして、抱き締めて、セックスしたのにもう忘れたのかい?」
僕の言葉で何か思い出したのか、セシル君は再び胃液を吐き零しました。あとで叱らなくては、と思いましたが、それ以上に僕は目の前の情景に夢中でした。
あれだけ満たされていた愛の楽園から突き落とされて真実を認識したその顔! どれほど自分を汚らしく感じていることでしょう。これならば強姦でもされていた方がまだ良かったのかもしれません。彼は自ら汚濁に身を浸して、全てを裏切って、此処まで堕ちてきたのです。
突如、セシル君は弾かれたように顔を上げました。
「では、オーディションは⁉ ミュージカルは⁉ 今誰が、ワタシが行かないと!」
セシル君が叫んだ内容が何を指しているのか、思い当たるまでに少々時間がかかりました。それは随分と前の話だったものですから。
「ああ、記憶がちょっと混乱しているんだね。安心して良いよ。そんなものとっくに終わっている。確か……セシル君の同期が主役になって、大成功だったと聞いているよ」
「ですがあれは、ワタシが……」
「僕に応募用紙を見せてくれたね。凄く素敵な笑顔だった。でもそんなものどうでもいいって言ってたじゃないか。僕と愛し合う時間が減るだけだって。二人で紙飛行機にしてしまって、ふざけあって、それから……どうだったか……」
僕がそう言ってあげるとセシル君も思い出してきたのか顔を覆って俯いてしまいました。その震える肩を見て、僕はセシル君が随分と痩せてしまっていることに初めて気づいたのでした。
僕が開発を命じている期間中に、セシル君はミュージカルの舞台に呼ばれていました。あくまでオーディションという流れを踏むものの、セシル君は非常に強く誘われていて、ほぼ内定していたという話でした。ミュージカルは中々有名な演出家が担当するとかで、出演出来れば栄誉なことでした。
しかし練習場は僕の家から非常に遠く、参加するとなればただでさえ少ない逢瀬の時間がより圧迫されるのは目に見えていました。だから〝選ばせた〟のです。
僕は少々手伝いをしましたが、最終的にセシル君は栄誉よりも僕を選んだ。それがただ一つの真実でした。
その時の悲鳴を、涙を、随分と柔らかくなった肉の感触を僕は懐かしく思い返していました。
「そうだ、窓を開けて飛ばしたじゃないか。あれは美しい光景だったね。セシル君の将来を乗せて飛ぶ飛行機。あれは今、何処を飛んでいるんだろうねぇ」
声を掛けてあげると、セシル君は過呼吸になりかねないほど呼吸を荒くしていました。心配になって僕が側によると、意を決したように胸ぐらを掴まれてしまいました。間近で悲しみに満ちた瞳を見た時、僕は改めてセシル君から強く拒絶されていることを自覚しました。
「僕に何かしたところで時間は戻らないよ。美しい時は美しいままだ」
だからこそ彼の目を見てはっきりと口にしてあげると、セシル君もそんなことは分かっていたのか、僕の躰をそのまま床に投げ捨てました。セシル君は僕を見ようともせず、腿にまとわりついた体液を淡々と拭い始めていました。
僕は床からセシル君を見上げながら、視界が歪んでいくのを感じました。結局はこれが現実です。もう僕は何もしたくなくてセシル君の腕を掴むと彼の意識を再び沈めました。セシル君からは腕を振り払われたり、走って逃げようとされてしまいましたが、一度支配下に置かれた存在がどう足掻こうと全て無駄です。意識を失ってベッドに倒れたセシル君を見ながら、僕はその躰に縋って泣きました。僕がこの数ヶ月で手に入れることが出来たのはこの美しい躰だけだったのです。
それからはまた変わらない日々が続いていきました。暗示に掛けられたセシル君は僕のことを恋人だと思い込み、僕は苦しげに歪む顔を無視して何度も彼と交わりました。
その度に僕の想いは募り、本来の目的を忘れかけることも増えていきました。セシル君のことを本当に想うなら、あの悲しみに触れた時点で彼を解放してあげるべきだったのでしょう。夢を叶える方法は幾らだってあるのですから。ですが、僕はどうしてもそう思うことが出来ませんでした。寧ろあの悲しみに触れてしまったからこそ、僕はセシル君からますます離れられなくなりました。
あれほど拒絶をされたというのに、あの日以降も僕はセシル君を正気に戻さずにはいられませんでした。
今度こそ振り向いてくれるかもしれない、僕達の愛は幻ではなかったのかもしれない、そんな僅かな期待はいつも無残に裏切られました。
その度に僕はいつも彼に手酷い仕打ちをしてしまうのです。僕の悲しみを、無念を理解しようともしない姿に僕は深く傷付けられているのです。だからこそセシル君にその代償を受けて欲しいという僕の身勝手な理屈でした。彼の尊厳を踏み躙り、手を振り下ろし、悲痛な声を絞り出して、僕はなけなしの悦楽に浸っていました。
僕はそんな自分の罪の重さを理解していましたが、その自覚は行為の歯止め足り得ませんでした。
寧ろそれを解するほど、僕は深みに嵌まり込んでいくように思えました。
正気に返る度にセシル君はこの世の全てから光が消えたかのような顔をします。それだけでも僕は大変辛いのですが、その上セシル君は僕から逃げだそうと必死で足掻くので僕はますます悲しくなってしまうのです。
それは僕を突き飛ばしたり、蹴ったり、走って逃げだそうとしたりと様々でした。必要以上に行動を縛りたくはありませんでしたが、次第に僕はセシル君の躰の自由を奪ってから正気に戻すようになりました。
何せセシル君は非常に勇敢で賢い人でしたので、このまま自由にさせてしまうと本当に僕から逃げ出してしまう危険がありました。
でも、セシル君を拘束する度に、どうせ今回もセシル君から拒絶されるのだと思ってしまいそうで、僕は目線の合わない彼に縋って声を殺して泣きました。そんな時、僕の手中にいるセシル君は、涙を流す〝恋人〟に向かって優しい声で慰めの言葉をくれるのでした。