混沌に沈む
抵抗
撮影所に少しでも長く留まることが出来ないか。撮影所でなくとも、休憩所でも、ホテルでも、街角でもどこでも良かった。ただその場所に一分一秒でも長く留まりたい。数日間のセシルの思考は専らこれに終始していた。病院にさえ行かなければ男達は手を出してこないのだ。
セシルが今まで以上にスタッフとの雑談に時間を費やしているのもそんな努力の一つだった。
「愛島さん、知ってます? ここって〝出る〟んですよ」
「出る? ……何がですか?」
待機中のセシルに声を掛けたスタッフはやだなぁと笑うと、両手を胸の前で軽く曲げた。
「これですよ、オバケです。この撮影所を利用した芸能人がね、撮影が終わった途端に次々に行方不明になったり、不幸に見舞われたりしてるんですよ。きっと絶対何かいるんです」
「……それはコワいですね」
自分が今自然に笑えているのかということの方が、セシルにとっては余程恐ろしかったが、話し好きらしいスタッフは特に何も気にしていないようだった。
「その顔! 信じてないですね? ほら、利用した関係者の一覧をこの前見ちゃったんですよ。そしたら本当に結構な人がいなくなってるんです」
スタッフはセシルの前でリストを誇らしげに広げて見せた。
「僕けっこうオカルトとか好きなんで、暇だったから調べたんですよね」
撮影所使用期間と主な関係者名が一覧となっているリストには、おそらく行方不明者を示す丸が幾つか付けられている。セシルは思わず言葉を失った。それは行方不明者の多さに驚いたのではなく、リストの中にほんの数ヶ月前に薬物所持で逮捕された女優の名も記されていたからだった。
唐突に恐ろしい予感がセシルの心を貫いた。もし、万が一、あの女優がここの撮影所で体調を崩していたら、薬物に手を出すきっかけがこの場所にあったとするならば――そして、この行方不明者達もあの男達の犠牲者なのだとしたら――。
男達の口振りからしてセシル以外に被害者がいたのは明白だ。このリストを調べることが出来れば、男達を確実に押さえ込める手段が見つかるかもしれなかった。
「愛島さん、愛島さん? 大丈夫ですか?」
「……これを借りてもいいですか」
セシルの尋常ではない様子に、少し凝った趣向の怪談を話していたつもりのスタッフは明らかにたじろいだ。
「噂ですよ、ただ売れなくて消えただけかもしれません。あんまり本気にしちゃダメですよ」
「原本が難しいならコピーでもいいです。どうかお願いします」
「いや、いいですけど。欲しいならあげますよ。……本当にすみません。変な話して」
「ありがとうございます! それと、このことはどうか内密にお願いしますね」
そう念を押したセシルへスタッフは奇妙な物を見るような目を向けていた。セシルがリストを鞄にしまい込んだ瞬間、別のスタッフが撮影再開を遠くから大声で告げる。セシルは普段通りの微笑を作り上げて頭を下げると、スタジオへと戻っていった。