軌跡

 一定の間隔で視界が揺れる。窓の外では木の葉が日差しを遮り、あの人の顔を斑に照らしていた。 「――ハルカ?」 「あっ、すみません。何でもないんです」  わたしの視線に気づいたセシルさんは窓の外から此方へと向く。慌てて誤魔化すわたしにセシルさんは小さく笑いを零した。……見惚れていた、なんてちょっと言い辛いから仕方ないけど、わたしは恥ずかしくなって血が巡る頬をそのままに窓の外を見るしか出来なかった。  アグナパレスに鉄道が通るらしい、とわたしが聞いたのは数ヶ月前だった。空港があるのに鉄道がこれから通るのは順序が逆なような気がして首を傾げたわたしに、セシルさんは国から送られた手紙に目を落としながら色々と話してくれた。今まで楽器や材料を運ぶ貨物用のものばかりだったそうだが、外部に開かれる一環として人を運ぶ観光用の鉄道が走るらしい。 「とっても素敵です! わたしもいつか乗りたいな……」  セシルさんがアグナパレスを変えたいと活動している成果がまた実を結んだのだと思うと、それだけでとても嬉しくてわたしは顔を輝かせた。 「ワタシもそう思います。それで一つハルカにお願いがあるのですが」 「お願い?」 「Yes.その鉄道の開通式に出て欲しいというのがこの手紙の内容でした。ハルカも一緒に来てくれませんか?」 「わたしもですか?」  目を丸くするわたしにセシルさんは頷いた。彼が言うにはこれから先、わたしが国に来る時の為にも公的な仕事を見て欲しいということだった。確かにその理由は最もだったし、勉強になればと思ってわたしはすぐに快諾した。それと、とセシルさんは目を悪戯っぽく輝かせた。 「少しだけですが二人だけで乗せて貰えるそうです。窓から見えるオアシスの景色がとても綺麗だと聞いています。ワタシはアナタと見てみたいのです」  …………そんなことを言われれば、ますます断る筈もなかった。  そして今わたしはセシルさんと二人で鉄道に揺られている。鉄道の揺れは太陽の熱でレールが曲がらないよう開ける隙間のせいらしい。このアグナパレスでは一番必要なことだなとわたしはぼんやりと考えていた。事実、砂漠の日差しはとても強くて、見渡す限り黄金色の光と砂が入り交じる。その中で空だけが抜けるように青かった。確かにそれはとても綺麗だったのだけれど、恥ずかしながらわたしはあまり其方へ注意を払っていなかった。  目の前の席に腰掛けているセシルさんは、式典の時に来ていた衣装のままだった。木の葉で影と光が激しく入れ替わるなかで、身につけている金のアクセサリーが反射してキラキラと光っていた。いつもと違う気品のある格好は、当たり前だけどセシルさんによく似合ってた。久しぶりの故郷の空気を吸って安心しているのか、普段よりも表情が柔らかくて。つまりわたしは、窓の外のオアシスを眺めるセシルさんに夢中になってしまったのだった。  もちろん日本にいる時のセシルさんもとても素敵なのだけれど、故郷のオリエンタルな風景の中にいるセシルさんは、日本家屋で桜を見るような、何もかもが調和しているここに居るべき人のように感じられた。いずれわたしもセシルさんと共にアグナパレスの一員となる。その時に隣に居られるか少し不安になる位、彼は立派な王族だった。  ハルカの目がまたワタシへと向く。あの美しいオアシスよりもワタシを見てくれているという事実が何より嬉しかった。けれども、ワタシが呼び掛ければ恥ずかしがりやの彼女は余所を向いてしまう。そんなやりとりを3回繰り返して、ワタシはわざと外を向いてハルカの視線を独占し続けることを選んだ。熱い眼差しはこうして意識を逸らしているフリをしないと、明るい場所では中々見られないのだから。  愛する故郷の景色に彼女がいるということは、本当に奇跡のようだと感じる。西と東が混ざり合うこの鉄道の内装はまるでワタシ達の出会いを表しているかのようで、最初は驚いたものだ。きっとこれからますます此方で過ごすことが増えていくだろう。そんな未来の中でワタシ達はこうして旅するように二人で在り続けられたらと、そう心から願っていた。

砂漠と機関車はロマン。

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