なみなみならぬもの

「風が気持ちいいですね」 「全くです」  二人は視線を絡ませて微笑む。少し汗ばんだ髪を潮風が揺らした。  その日、セシルと春歌が向かったのは近々オープンするというリゾート地だった。セシルは其処でCMの撮影が予定されており、春歌の作る新曲も使われる。イメージを広げる為に下見に行って来い、との建前で彼等は一日だけのバカンスを許されたのだった。 「本当にすごい……。こんなに沢山の施設があったら何から行こうか迷っちゃいます」  春歌は僅かに頬を紅潮させながら、隣を歩くセシルを見上げた。麦わら帽子から覗く彼女の瞳が初夏の日差しを反射する。 「ええ、日本でこの規模はそう無いと思います。ハルカは特に気になる場所はありますか?」 「わたしが決めてしまっていいんですか?」 「はい。ワタシはアナタと一緒でしたら。それだけで」 「それなら……わたしはやっぱり海が見てみたいです」  砂浜へ続くなだらかな坂道を、二人はゆっくりと下っていく。日差しを遮るように植えられた木陰を縫うように進むと、少しずつ波の音が大きくなっていった。 「……綺麗」  海を見た大半の人間がそうするように、二人も感嘆のため息を零す。周囲に人気は無く、視界に入るのはライトブルーの水平線ばかりだった。 「ワタシの為に、ここを選んでくれてありがとうございます」 「いいえ。二人きりになりたかったのはわたしもですから」  誰の目も届かない海の端で、二人は指を絡ませた。心地よい沈黙が彼等を包み込む。そのまま二人は砂浜に座って、波が寄せては返す情景を眺めていた。その時、二人の元へと送られるように椰子の実が波間から流れ着いた。セシルは何気なくそれを手に取ると、中々に立派な物ですねと独りごちた。 「どこから流れてきたのでしょう」 「この実もワタシのように外の国から流れてきたのかもしれません。全ての海は繋がっていますから」 「じゃあ、良いところに流れ着きましたね」 「はい。ワタシと同じで運が良い」  皆が心配してはいけないからそろそろ行きましょう、とセシルは椰子の実を持ったまま立ち上がる。確かこれを加工してお土産に出来る施設があった筈だった。春歌も合点したかのように微笑んで隣を歩く。部屋に飾られるものはこうして増えていく。 「わたし、さくらんぼが乗ってるソーダも飲みたいです」 「とても素敵です。すぐに行きましょう」  形のない思い出もこうして増えていく。

友人とのワンドロで書いたもの。

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