君に贈る晴れ舞台

「今日はありがとうございました!」  ステージからの声に応えるように歓声が巻き起こる。銀テープが舞い、波のように揺れるサイリウムの光が優しく会場を照らしていた。その光景にセシルは深い愛しさを募らせた。ここに至るまでの日々を思い浮かべながら、セシルはスタンドマイクの前に立つ。  再び歌い出そうと大きく息を吸い込んだ瞬間、ステージに駆け上る影があった。 「お前らは何も分かってねぇ! もう今日で何もかも終わりなんだよ!」  絶叫する中年の男の右手に握られているのは一振りのナイフだった。だがその冷たい輝きは客席に届くことなく、会場は瞬く間に冷ややかな空気に包まれていく。 「何?」「新しい演出かなあ」「誰、考えたの。萎えるんだけど」  当然ながら沸き起こる抗議のざわめきに、男は苛立ちを募らせる。だがそれ以上に苛立ちを感じている存在がステージ上に存在した。 「アナタは誰ですか? ドッキリ? 幾らテレビでも少し悪質。とにかく、今はライブの邪魔をしないでください」  作り上げていた舞台を台無しにされたセシルは、眉間にやや皺を寄せて男に近づいた。途端に男は奇声をあげてナイフを振り回した。 「うるせえ! 悪質なのはてめぇの存在だよ! 馬鹿にしやがって、ここには俺が爆弾を仕掛けてんだ! それ以上ナメた口叩くとまとめてぶっ飛ばすぞ!」 「爆弾?」  尋常では無い男の様子に、セシルはナイフが届かない場所で足を止めざるを得なかった。距離の関係で男の声が聞こえない観客達は、セシルの呟きに首を捻るばかりだ。 「ねえ聞こえないんだけど?」「茶番にしてもマイク入れなよ……」「爆弾が何?」「マイクトラブルかな」  その緊張感に欠ける不満は男の精神を痛烈に煽った。 「うるせえぞお前ら! 信じられねえってんなら外の線路でも吹っ飛ばしてやるよ」  男がポケットから取り出したスマホを操作すると、明らかにSEではない爆発音と衝撃が広がる。この男の異常性に全員が気付いた瞬間だった。声も出せないような一瞬の後、複数の女性客の悲鳴が響く。途端に会場は大混乱へと叩き落とされた。 「ギャアギャア喚くな! 女共は黙ってろ! ここも一緒にぶっ飛ばすぞ!」  男の喚き声は観客の狂乱に容易に掻き消されていく。業を煮やした男が再びスマホを操作しようとした時、静かな声が会場へ響いた。 「皆さん、落ち着いてください。アナタ達の命が懸かっているのです」  マイクを通したセシルの呼びかけは会場全体に伝わる。男の異常さを理解しても尚、セシルは動揺していなかった。観客達は顔を見合わせ、怖々とその場に座り込んでいく。  セシルはその様子を見て小さく息を吐くと、毅然として男に向き直った。 「アナタはテロリストですか? 要求は何でしょうか?」  セシルの静かな呼びかけに、男が返答することはなかった。 「こいつらもだ……ここまでしても誰も結局俺の話なんか聞きゃしないんだ……はっきりと分かった…………どんなに努力しても俺より、顔が良い奴のことを……」  短い爪を激しく噛みながら、男はブツブツと呟き続ける。親指の爪を咥えたまま、血走った目で男はセシルを睨み付けた。男の目に宿っているのは純粋な憎悪だった。その視線は今、セシルだけへと執拗に纏わり付いている。端正な顔立ち、染み一つ無い褐色の膚、厚みのある整った体つき、煌びやかな衣装に包まれたその存在は、まさに誰かの為の皇子様と形容するに相応しい。男は思わず体を震わせながら笑う。 「……お前のファンはどこまで付いてきてくれるだろうな」  不穏なことを言い続ける男から目を逸らさず、セシルは内心で焦りを募らせていた。いい加減に警備員がステージまで来てもおかしくない筈だが、それらしい人影が見えない。恐らく眼前の男が何かしらの手を回していることは想像に難くなく、外からけたたましいサイレンが聞こえていることからも、先程の爆発音は嘘ではない。下手な抵抗をすれば、セシルだけではなく会場にいる人間全員に危害が及ぶ可能性があるのだ。 「おい、お前さっき要求が何かとか言ったな。教えてやるよ。こっち来い」 「……分かりました」  セシルが男のすぐ側まで歩み寄ると、男は背伸びをして馴れ馴れしく肩を抱いた。 「脱げ」 「はい?」  男がセシルの肩を抱いたことで、彼の声もマイクが拾い、会場中にその要求は響いた。状況にあまりに沿わない要求に、セシルも観客達も何かの間違いだと信じて疑わなかった。 男はセシルの呆然としている顔を間近で眺め、優越感を露わにする。 「脱げつってんだろ! ライブ中なんだろ? ここにいる奴らにファンサの一つもしねえとな!」  耳元で怒鳴られる喧しさにセシルは思わず顔を顰めた。 「何を勘違いしているのか知りませんが、アナタはそれで何か満足出来るのですか?」 「ああ゙っ!? てめぇが男だってことなんざ百も承知だよ! お前が脱がねぇなら適当な女に代わりに恥かいて貰うかぁ!?」  逆上した男はセシルを突き飛ばした。蹌踉けながらもセシルは僅かに後退して体勢を立て直すと、男に向き合う。その表情には困惑と決意が滲んでいた。 「……分かりました」  やだ、やめてよ、こんな形でなんて、と観客が口々に呟く声が会場を満たした。今にも泣き出しそうな震えに答えるように、セシルは普段と何ら変わらない微笑を浮かべる。アナタ達は大丈夫、彼の唇はそう優しく動いていた。声に出せばマイクに拾われ男を刺激してしまう。セシルを映している会場のカメラが彼の励ましを静かに伝えていた。観客達は次々と意図に気付き、口を閉ざしていく。ざわめきが収まると、セシルは身を包んでいたジャケットを脱ぎ捨てた。 「やれば出来るじゃねえか。妙なこと考えるなよ。ま、俺と心中したいってんなら話は別だがなぁ!」  セシルは騒ぎ立てる男を無視して、シャツのボタンに手を掛けている。その佇まいに動揺などは微塵も感じられない。寧ろ喧しい男の方が終始セシルに気圧されているかのように観客には見えていた。会場を取り巻いている空気を察知したのか男は気まずそうに視線を動かす。 「誰だ、さっきからカメラ回してんのは? 顔ばっか写しやがって。折角のお宝映像が台無しだろうが」  カメラを操作しているスタッフの表情が強ばり、ゆっくりと画面が引いていく。それを察したセシルは再び口を閉ざした。代わりに観客達に見せつけられるのは褐色の肢体だった。ステージの最中で汗に濡れたシャツは膚に張り付いている。それを引き剥がすように脱ぐと、鍛えられた上半身が露わになった。セシルは着痩せする方で、存外広い肩や肉厚な胸元、固い二の腕がライトを照り返している。一部の観客は思わず状況を忘れて感嘆の響めきを溢した。セシルは無表情を貫いていたが、ベルトへ手を掛けた瞬間、僅かに唇を噛んだ。 「どうした? あれだけ言っておいて嫌になったか」 「いいえ!」 「そんなに脱ぎたいのかよ。変態かお前」  男はセシルの冷たい視線など意も介さずナイフとスマホを弄んでいる。いつでも危害を加えられるという脅しだ。セシルは目を閉じると、ベルトを引き抜いて下着ごとスラックスを下ろした。 「情けねえな。おい、隠すなんて真似したら適当な奴の喉掻っ捌くからな」  男の嗤い声が煩い程に響く。モニターにはセシルの陰茎が大写しになっていた。観客達には目を背ける者や泣き出す者に混じり、スマホで写真を撮る者や息を呑んで見つめる者もいた。男は敢えて多様な反応をする観客を咎めず、品の無い笑みを浮かべてセシルを眺めている。当のセシルは頬を紅潮させつつも、目を開いて観客達を見ていた。悲しんでいる者達に不安を抱かせないよう、羞恥にも屈辱にも怒りにも負けずに必死に感情を抑えているのが見て取れる。男はセシルの肩を掴むと、強引にモニターへを顔を向けさせた。周囲の反応から察していても、実際に自身の性器が公に曝されているのを見た瞬間、セシルの紅潮した頬から血の気が引いていく。 「へぇ、随分使い込んでそうじゃねぇか。隠れて女でも喰って回ってんのかぁ!?」 「……っ」 「おい、答えろよ」 「…………そんなことはしていません」 「じゃあお前童貞かよ。使い道もねえのにこんなご立派様ぶら下げてるのも哀れな話だな」  ゲラゲラと笑う男の声を聞きながら、セシルは耐えきれず視線を下げる。焼けるような羞恥が絶え間なく彼を襲っていた。 「しかしよくもまぁ正気でいられるな。こんな目にあったら俺なら死んでるわ」  馴れ馴れしく肩を叩く男を、セシルは羞恥と憎悪を込めて睨んだ。だが、その行為はまだ獲物は元気で痛めつけることが出来ると男に示しているに過ぎない。 「……何だその目は?」  男はセシルにナイフを突き付ける。不用意に相手を刺激してしまったことにセシルが気付いた時には遅かった。 「俺だって人並みに傷つくんだよ。不愉快だなぁ、ホラ、他人にそんな思いをさせたら何をすればいいのかセシル君は分かるよな?」 「…………すみませんでした」 「は? 馬鹿にしてんのかお前」  男はセシルを強く突き飛ばした。思わず床にうずくまる体勢になったセシルに対し、男はヘラヘラとした態度を崩さなかった。 「謝罪に心が籠もってねえんだよ。どうせ自分が犠牲になればいいなんてヒロイズムにでも浸ってんだろ気持ち悪っ」 「違います。そんなつもりは!」  セシルが言葉を続ける前に、男はセシルの腕を蹴った。思わず呻き声を洩らしたセシルに、男は満足げな笑みを浮かべる。 「誠意込めて土下座でもしてみせろ。まともな謝罪一つも出来ねぇ馬鹿でごめんなさいってな」  セシルは僅かに瞳を震わせたが、短く息を吐くと、手足を折り畳んだ。膝を突いて手を揃えると床に頭を擦り付ける。観客達からは泣き声にも似た悲鳴が洩れた。 「……申し訳ありません」  絞り出すように謝罪をするセシルの頭を、男は即座に踏みつけた。泥や砂がセシルの髪へ擦り付けられ、突然圧迫される痛みに呻き声が洩れる。既に見る影も無いほど引き裂かれているセシルの尊厳ごと踏み躙るように男は更に体重を掛けた。 「ボソボソ言いやがって聞こえねえよ。さっきまで馬鹿でかい声で歌ってたのはどうした? あ?」 「申し訳ありませんでした!」 「聞こえねえっつってんだろ!」  男は何度もセシルの頭を蹴り、その度に呻き声と観客の悲鳴が入り交じる。頭部への衝撃に邪魔をされながら、セシルは必死に男が満足出来るよう叫んだ。 「申し訳ありませんでしたっ!!」  絶叫に近い謝罪でマイクがハウリングする。男は腹を抱えて嗤いながらセシルの背へどっかりと腰掛けた。突如与えられた圧迫感に呼吸が制限される。苦しさに動こうとしても男を振り落とすようなことになればと思うとセシルは出来ずにいた。 「やれば出来るじゃねぇか、最初からやれよ。つまらない誇りなんか持ってるからこういう目に合うんだからな。今後の人生に活かしていこうな」  今後の人生があるか知らねえけど、と言いながら笑う男の声をセシルは出来る限り聞かないように努めていた。掛けられる重みは多少苦しくはあったが、男の体で自身の情けない姿が隠れる形になり、この惨めな状況では僅かながらセシルの慰めになった。せめてこれ以上無様な姿は晒したくない。それは人として当然の欲求であったし、見せつけられる観客達を傷付けたくないという願いでもあった。だが、そんな祈りが許される状況ではない。男は更に尊厳を踏み躙る為に、スタンドマイクを手に取った。 「さて、今度はいつまで余裕ぶっていられるだろうな?」  脚の部分を外し、柄の部分だけにした其れを右手で握り締めると、男はセシルの後孔へとあてがった。空いた左手で尻を割り開き、接合部をカメラが映し出す。 「何をしているのですか。やめてください!」 「ああそうか。下向いてるからセシル君は後ろの状況分かんねえんだよな。前は存分に見て貰ったから今度はケツ穴をご開帳してあげてるだけだよ」 「そんな……!」 「童貞の前に処女喪失させてごめんな」 「えっ、それはどういう意味でっ!?」 「ま、これも人生経験の一つだろ」 「嫌っ、やめて! 何を、ゔわぁああ゙あ゙あっ!」  男はセシルの制止には一切耳を貸さず、指で押し開いた後孔に、スタンドマイクの柄を一息に押し込んだ。強引に押し込まれた異物は皮膚を裂き、圧迫感と激痛を与える。セシルは思わず目を見開いて悲鳴をあげた。そのまま男がマイクを出し入れすると、更に傷が深くなり腿を血が伝っていく。抑えようとしても出来ない、体験したことがない苦痛にセシルはただ喚くことしか出来なかった。 「商売道具で女になる気分ってどうなんだ?」  男は漸く立ち上がると、セシルの背後に回って更に激しく腕を動かしていく。鼻歌でも歌いそうな調子で男はマイクの電源を入れると、抜き差しを続けたまま観客へ叫んだ。 「お前ら本当にファンか? 最高の応援上映だろうが! セシル君に声援の一つくらい送ってやれ!」 「ワタシ以外のっ人を、ぐ……ぅ! 巻き込まないでっ!」 「今はお前に言ってねえだろうが。初体験に集中してろ」 「い゙ああ゙あぁあああ゙あっあ!」  男がより深く内部を抉ると、内臓が潰されるような苦しみと痛みが襲う。悲鳴を抑えようとする意識さえ消し飛ぶような衝撃に、セシルはただ喉を震わせた。  その様を見ていた観客達はそれぞれ顔を見合わせると、サイリウムに光を点していく。 「が、がんばって!」「負けないで!」「犯されててもかっこよかったよ!」  震える声で次々と送られる声援に、男は幾度目かの嘲笑を洩らした。 「腹痛い……。レイプされても応援してくれる優しいファンで良かったなぁ!」  スタンドに体重を乗せながら笑い続ける男も、絶え間なく襲う苦痛も、啜り泣きと共に送られる声援もセシルを引き裂いていく。あまりにも惨めで、何も出来ずにいる無力感がセシルの胸を満たしていった。 「何ボーッとしてんだよ!」 「うあ゙ああぁあ゙あああああ゙っ!」  異物を飲み込んで形が歪んでいるセシルの腹を、男は躊躇なく蹴りつける。衝撃で体勢が崩れて移動したことで、漸く柄がセシルから引き抜かれた。 「うわっ血塗れじゃねぇか。汚えな」  男は舌打ちすると、セシルへ体液に濡れたスタンドマイクを投げつける。最早動くことも出来ずに荒い呼吸を繰り返すセシルは、受ける衝撃に呻くだけだった。 「それがセシル君の初めてのお相手なんだからよく覚えとけよ。……あーあ情けねぇ。アイドルも装飾全部外したら所詮こんなもんか」  男は塵でも見るような眼差しで、倒れているセシルを眺めた。視線は虚ろに彷徨い今にも光を失いそうで、仰向けになっていることで肢体の全てが露わになっているがそれを恥じる余裕さえ無い。腿からは血が伝い落ちて、床に脱ぎ散らされた衣装にべっとりとこびり付いていた。数十分前の溌剌とした姿は何処にもない。 「カワイソーに。少しは綺麗にしないとな。……いつまで寝てんだコラ」  男は傍らに腰を下ろすと、頬を幾度か叩いてセシルの意識を呼び戻した。セシルは眉間に皺を寄せて、小さく咳き込みながら身を起こす。 「もう服着ていいぞ。汚えから洗って着ろ」 「はい……」  絞り出すように返答する声は酷く掠れていた。セシルは痛む腰を引き摺るように移動し、飲料水を手に取る。わざわざ男が洗えと言及したということは、それに類する行動をしなければ、危険に晒すということなのだろうとセシルは推察していた。濡れた衣装を身に着ける無様さを笑いたいという下劣な欲望だろうと思いを巡らせながらセシルがボトルの蓋に手を掛けた瞬間、男は駆け寄ってセシルの肩を蹴った。予想外の衝撃に受け入れる体勢も整えられず、セシルは再び床へ打ち伏せられる。 「……っ!?」 「まだ身の程が分かんねえのか。お前の衣装を水で洗うなんざ贅沢過ぎるだろ」 「この場で用意出来る水はこれだけです」 「少しは頭使えよ。外見良い奴はおつむが軽いって本当だったんだな」  男はセシルへ近寄ると、腕を掴んで引き起こす。強引に掴まれた痛みで呻きながらも、セシルは立ちあがった。 「出せ。どうせ元々汗塗れで汚え衣装なんだから満遍なく洗ってやれよ」  男が耳元で囁いた内容でセシルは男の真意を理解した。だがそれはすぐさま受け入れられる訳もない。嫌悪が滲んでいく表情を見ながら男は溜息を吐いた。 「なんだ? 一人じゃ小便も出来ねえってか」 「……違います」 「セシル君は一人じゃないよ~って有り難い馬鹿共がさっきまで騒いでたろ。それとも手伝いが欲しいのか?」 「少し待ってください。…………言われてすぐに出るものではないです」 「やっぱり手伝って欲しいんじゃねえか。素直に言えよな」  男は肩を竦めると、腰を落としてセシルの腹部を殴りつけた。 「お゙えぇえ゙え゙えっ!」  唐突な暴力にセシルは身構えることも出来なかった。傷ついた内臓が外部からの衝撃で掻き回され、吐き気が込み上げる。呼吸もままならず、押し寄せる苦しみにセシルは激しく咳き込んだ。 「あれ? いいとこ入ったと思うんだがな」  男はその場で蹲ろうとするセシルの肩を掴んで引き起こした。逃れられないように押さえ込んだまま、再び腹部を殴り続ける。 「げえ゙ぇっ!? やめ゙、お゙ぁ! ゔええぇっ! ああ゙あ゙っ!! 痛ぁあ゙っ!」 「鍛えてても殴られるのは初めてか? 温室育ちの坊ちゃんはこれだからダメなんだよ」  男が漸く手を止めた時、セシルの腹部には痣が幾つも浮かび上がっていた。朦朧とする意識の中で、衝撃に張り詰めていた筋肉が弛緩していく。 「は…………ぁ゙……っ!?」  気がついた時には既に遅く、長い脚を体液が伝っていく。異臭を漂わせる其れは落ちている衣装に染みていった。 「ほら何止めようとしてんだ。しっかりぶっかけなきゃ汚れも落ちねえだろ」 「やめてっ! 触らないで!」  セシルの背後に回った男は陰茎に手を添え、尿が直接かかるように調節した。セシルは男の手を払い除けると、意を決したように自ら衣装へと排泄物を注いでいく。どう足掻いても人生の歩みを穢す形になるなら、せめて男を介在しないことをセシルは選択した。  それでも排泄行為を大人数に晒してその結果煌びやかな衣装が穢されていく様も、モニター越しにそれを見て悲しむ人々の声を聞くのも、どちらも同じくらいセシルにとって辛いものだった。身を切り落とした方がまだ耐えられる切実な苦しみが胸を抉る。これから一生排泄をする度にこの情景が脳裏を過ぎるだろう。罪悪感、羞恥、悲しみ、あらゆる感情が次々と過ぎていくうちに、尿意は収まった。それと同時にもう聞き慣れてしまった男の笑い声が響く。 「随分綺麗になったじゃねえか。もう服着ていいぞ」 「えっ……ですが、こんな……」 「何だよまだ裸で過ごしてぇのか? それとももう一度機材とセックスしたいのかよ」 「…………いえ」  セシルは震える手で尿塗れの服へと手を伸ばした。自らのものとはいえ排泄物の異臭に吐き気が込み上げる。下着を身に着けると、濡れた布が膚に張り付いた。不快さと痒みを拭うことさえ出来ず、セシルはジャケットを羽織り、格好だけは当初の姿に戻る。だが、男はその様子を見ながら顔を顰めた。 「うへぇ、本当にくせえなお前」 「……っ」  自覚している点を改めて指摘され、セシルは答えることも出来ずに視線を落とす。その様に男は満足げに息を吐いた。 「すっかりしおらしくなっちまってさ。記念すべきライブだな、おい。俺、セシル君のこと殆ど知らねえけどテレビで見る度にムカついてたんだよ。いつも幸せそうにヘラヘラしてる上級国民様が。これで少しは懲りただろ?」  最後に一曲歌ってやれや、と吐き捨てるように呟くと、男は背後からセシルを蹴りつけた。観客達からは幾度目かの悲鳴があがった。鈍い痛みに呻きながら顔を上げた瞬間、セシルは客席のすぐ側まで自身が蹴り飛ばされたことに気付いた。  目の前にいたのは最前列に座っている少女だった。この悲劇が眼前で繰り広げられて、どれほど傷ついただろうか。僅かでも励まそうとセシルが微笑を浮かべた瞬間、少女は間近に迫った異臭に口を押さえる。セシルを見る少女の瞳に映っていたのは、哀れみでも悲しみでもない。明らかな拒絶だった。

かなり難産だった話。アイドルものの醍醐味であるステージ陵辱です。

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