分かち合うもの

「セシルさん。お疲れ様です」 「ハルカ! お疲れ様です」  一瞬の沈黙後、二人は周囲へと視線を向ける。ちょうど人の切れ目に当たるのか、辺りに人影は見えない。それを認識して漸く二人は他人行儀な態度を捨てて、心から顔を綻ばせた。 「もう収録は終わりましたか?」 「はい、今から帰るところです。ハルカはまだ仕事?」  セシルの問いに、春歌は笑いを抑えられないまま首を振った。 「実はわたしもさっき仕事が終わった所なんです。偶然ですね」  その時、二人は全く同じことを考えていた。隣に並んで、手を繋ぎ、同じ道を辿って帰宅する。それができることならどれほど満たされるだろう、と。そして、そのようなささやかな願いを相手が決して口にしないことも二人は理解していた。無邪気な願いを軽々しく実現できるほど彼等はもう子供ではない。  周囲に人がいない今も長くは続かない。せめて少しでも何か話せればと、セシルは春歌へと目を向けた。その小さな手にはやや持て余すような大きさの透明カップが握られている。 「珍しいものを持っていますね」 「あ、はい。新発売の苺ラテだそうです。さっきお店で買いました」  春歌は安堵したような表情を浮かべると、桜色の飲み物で満たされたカップを揺らした。 「美味しそうです。ハルカはイチゴ味が好きですね」 「はい。苺味だとつい買ってしまって……」 「では、ワタシもそれを飲みながら帰ります。お店を教えてくれませんか?」 「……はい!」  春歌が喫茶店の場所を説明するのをセシルは穏やかに聞いていた。彼女の表情に表れている喜びから、自分の意図が伝わったらしいと感じながら。共に帰り道を辿れなくとも、せめて互いを感じられることがしたかった。それくらいささやかな願いならば叶えても赦される気がしていた。 「ありがとうございます。では……あと一つだけ」 「どうしました?」 「少しだけ、味見をさせてください」 「えっ……」  セシルは流れるように春歌の手を握ると、ストローから中身を味わった。ほんの一瞬の出来事だった。 「セシルさん!?」 「すみません。ワタシが寂しくて我慢できなくなりました。でも大丈夫。誰も見ていませんよ」  春歌の頬が見る間に染まっていくのを見ながら、セシルは笑顔で手を振った。 「甘くて美味しいですね。買うのが楽しみになりました」  次第に遠ざかる背中に春歌は呆然としながら手を振ることしか出来なかった。一人取り残された彼女は、一先ず手元のラテを飲んで気持ちを落ち着かせようとした。  その時、春歌はセシルがキスを残してくれていたのだと気付いた。今更こんなことでと思おうとしても、やはり恥ずかしさとどうしようもない喜びがわき上がるのを止められそうもなかった。離れていても同じものを味わい、今も隣にいるような愛を与えてくれる彼を想うだけで何よりも満たされるような気がした。周囲をそっと見渡して秘密を抱くようにして味わったラテは、最初に飲んだ時よりもずっと深く、甘かった。

ラテを飲む春歌ちゃん可愛いねの一心でした。

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