愛の形

「本当に、本当に素晴らしかったです!」  幕が下りて、それでも鳴り止まない拍手と歓声の中でも、その一言は真っ先にセシルの耳へと届く。まだ頬に興奮を残した彼が振り返ると、スタッフに交じり息せき切って駆けてくる姿が見えた。  流れる月日の中で数え切れないほど舞台を終えて、会場も、関わる人も、見える景色も際限なく変わっていく中で、春歌だけは何も変わらない。どんな時でも小さな体躯に喜びと安堵を満たして、美しい微笑みを向ける。その時、セシルと春歌は一瞬だけ視線を深く絡ませた。  お疲れ様、今回も良かった、また次のツアーもきっと、そんな応援と労いが瞬く間に辺りに満ちる。すぐさま視線を離した二人は、深々と頭を下げてそれぞれ方向へ足を向けた。  静寂に包まれた家路でも、彼等の想うことは変わらない。観客達の見せた笑顔、違う道を選び同じ家を目指している相手、そして二人で紡ぎ続けた溢れて止まることを知らない美しい旋律そのものだった。 「ただいま帰りました」  セシルは声を潜めて玄関の戸を開けた。彼の予想通り、返事が戻ってくることはない。廊下を滑るように歩いたセシルが向かった先は春歌の仕事部屋だった。そこには何より見慣れた後ろ姿がある。ピアノが鳴り響き、静止する時には代わりに音符を書き連ねる音が部屋を満たす。  ライブが素晴らしければ素晴らしいほど、春歌は沸き上がる想いを曲へと向ける。それはどんな言葉よりも雄弁に彼女の感じた歓喜と興奮、そして深い愛情をセシルへと伝えた。 「ハルカ」 「セシルさん、お帰りなさい」 「それは次の曲? とても良いですね」 「ありがとうございます。今はまだ思いついたものをただ書いているだけですけど……」  そう呟くと春歌は照れたように笑う。セシルは春歌の隣に腰掛けると、書かれていたメロディをスキャットで歌った。 「やっぱりとても素敵。これと、この旋律が特に好きですね」 「……ありがとうございます」  春歌は楽譜に細かなメモを点けながら呟いた。自身の紡いだ旋律がセシルに歌われる時に春歌が見せる仄かな高揚。普段の穏やかな彼女からは決して見えないその興奮をセシルは深く愛していた。 「少しだけですが見えてきました」 「ええ、もっと続けましょう」  夜が更けていく中で、彼等の音楽が止まることはない。ピアノを叩いて、喉を震わせる行為は彼等にとって仕事でもあり、それと同時に想いを確認しあうものでもあった。何度も音を重ねて磨き上げるうちにその愛情は一つの曲として形を得る。そう遠くない次の舞台で披露される愛は今まで以上に世界を美しく彩っていく。

春歌ちゃんWebオンリー後夜祭で書いた話。テーマは次のステージ。

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