灯台

 どれだけ目を閉じていても、全く眠れない時がある。  それはわたしが小さい頃からで、理由も発表の前の緊張や人との付き合い疲れ、ちょっぴりの不安と様々だった。病院に行っても異常はないみたいで、体の癖のようなものらしい。 (ああ、また……)  わたしはベッドの上で何度か寝返りを繰り返して、ため息を吐いた。時計を見ると午前二時半、窓の外を見ても真っ暗だった。幸いわたしは単純だから長くても二三日すれば自然と眠くなってしまう。そうなるまでの辛抱だけど、これから過ごす長い夜を思うとわたしの気持ちは暗くなる。  体を起こしても、しんとした部屋があるだけで、わたしは掛け布団を頭まで被ると小さく丸まった。目を閉じても意識ははっきりしたまま、真っ暗な空間がわたしの目の前に広がる。  きっと最近忙しくてちょっと疲れたのかも、朝が来たらゆっくりお風呂に入ろう、ピアノを弾こう、そうすればきっと、きっと落ち着くはず。そう自分を励ましても時間はのろのろと過ぎて、待ち焦がれている朝は来なかった。一時間経ったような気がしているのに、時計を見てもたった五分しか進んでいなくて、それを三回繰り返した後、わたしは時計をベッドの脇に戻した。目を閉じてもわたしの目の前はずっと暗いままだったし、きっと窓の外も同じくらい暗い。  どれくらいそうしていたのか分からないけど、周りが暗いのに耐えられなくなったわたしは部屋の電気を付けようと考えた。眠るのはますます難しくなってしまうけど、どうせ眠れないなら少しでも明るい方がいいような気がする。  目を開けてもやっぱり窓の外は暗い。体を起こそうとした瞬間、温かい手がわたしの頭に触れた。 「セシルさん?」 「ハルカ、……アナタはまだ起きていたのですか?」  真っ暗な部屋の中で、セシルさんの目だけがキラキラと明るく光っている。なんだか星の光みたいで、わたしは惹かれるように体を起こした。 「なんだか眠れないんです。セシルさんは?」 「ロケが長引いてしまって……、レンが車で送ってくれたのです」  セシルさんは変装用の帽子を脱ぎながら、わたしに視線を合わせて屈んだ。近くで見ると、本当にセシルさんの目は森の湖みたいに静かに煌めいている。 「ところで一体どうしたのですか、何かありましたか?」 「いいえ、何もないです。ただ眠れなくて」 「それはいけません。もう夜はこんなに更けているのに」 「はい。だからさっきまで本当に怖かったんです。でも……」 「でも?」  わたしが思わず両手をセシルさんの頬に添えると、くすぐったいですと笑ってくれた。 「ふふっ、セシルさんの瞳がとても綺麗で、何だかほっとしたんです。綺麗だなって」 「そうなのですね」  セシルさんはわたしの手に自分の手を重ねた。その高い体温が伝わってくる。そのままセシルさんは瞳にわたしを映してくれた。何より綺麗な光だった。この輝きがあれば、どんな暗闇も怖くない気がした。 「まだ眠くない? それならホットミルクでも飲んでお喋りをしても楽しそう。それとも、このまま一緒に眠りますか? ワタシが側にいれば少しは……」  歌うようにわたしの手を握ったまま話すセシルさんを見ていると、なんだか瞼が重くなってきていた。小さくあくびをしたわたしの頭を、セシルさんは優しく撫でてくれた。 「少しだけ寄ってくれますか。そう、ありがとうございます」  わたしが体を寄せて空いたスペースにセシルさんは横になった。大丈夫、と甘い声が囁く。瞼にキスをしてくれて、その度に瞼がどんどん重くなる。意識が遠のく最中で、わたしの前をあの美しい光が導くように照らし続けていた。

久々に一人ワンドロした時の作品。

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