クリーンな環境

「で、今日は何が、何が残ってたんだ?」  荒い息を吐きながら目の前のおっさんは財布を取り出した。汗だくで濃い緑になっているシャツが臭くて仕方なくて、俺は思わず顔を顰める。 「…………弁当の空き箱と割り箸。いつもの奴だよ」  俺が差し出したゴミ袋をおっさんは引ったくるようにして奪い取った。中身を確認した後、深く深呼吸をして鞄にしまい込んでいる。今日はエビチリだったんだとかブツブツ呟いてるのを俺は冷ややかな目で見ていた。あんなゴミ、何に使うんだろうか。別に知りたくもないけど。 「おい、金は?」 「ごめんごめん。今渡すから」  おっさんは財布を開くと俺に三十万を渡して、逃げるように去って行った。楽な商売だ。今日は少し位贅沢しても罰は当たらないだろう。  俺の職場は芸能界にあった。芸能事務所に勤めていると言ったら聞こえは良いが、俺が担当しているのは整頓と原状復帰、つまりただの掃除係だ。業界一の巨大事務所ともなると関連企業も豊富で、清掃屋まで用意されている。特にこの事務所は訳が分からない仕事ばかりして自社のスタジオを滅茶苦茶にするのは日常茶飯事だったので、会社からの仕事が途切れることは無かった。入社して既に数年。それなりに経験を積んできた俺は今、アイドル達が使用した楽屋の清掃を担当している。  順風満帆とは言えなくとも穏やかな人生を送っていた俺の日々が狂ったのは些細なことからだった。酔った勢いで親友の連帯保証人になってしまったのだ。そこからどうなったかは言うまでも無い。長年の友情を放り出して相手は蒸発し、一円も借りてない俺には多額の借金だけが残された。なけなしの貯金なんか直ぐに持って行かれた。休みの日にはバイトも入れた。親に頭を下げて金を借りた。それでも借金は返せなかった。進退窮まった俺が手を出したのが、ゴミの売買という訳だ。仕事先で幾らでも拾えるゴミを隙を見て少しだけ盗み出す。いや、どうせ捨てる物だから引き取っていると言った方が正しいだろう。現場で見かけた明らかに頭のおかしいオタクに声を掛ければ、たった数回の取引で給料とは比べ物にならない程の金が転がり込む。借金はあっという間に返済出来た。  ……ここで止めておけば良かったのかもしれない。だが、一度見えてしまった宝の山を捨てることなんて俺には出来なかった。それに俺はもう何人かのオタクに顔を覚えられている。万が一会社にバラされたらおしまいだ。もう俺は戻れない場所まで来ていた。どうせ同じことならば、精々儲けさせてもらって人生を楽しんだ方が良いに決まってる。  俺が担当していたのは男性アイドルの楽屋だった。中でも一番良い金になるのが愛島セシルのゴミだった。流石一番の人気アイドルだ。買い手は男女を問わず山のようにいた。  割り箸、ペットボトルにそれなりの値段が付くのは当然だが、一番高く売れたのがアルミホイルなのだから、オタクという連中は分からない。セシル君のおにぎりを包み込んだ神聖な物だと力説されたが、顔に唾が飛んできた不快さの方が勝った。それでもそういうお得を見落とさない為に、愛島セシルのアカウントまでフォローして情報を集めた。投稿された写真に写っていた物は大抵高く売れたので、結果的には正解だった。  俺が影でそんなことをしているなんて夢にも思わず、楽屋を去る時に愛島セシルはいつも俺にお礼を言ってくれる。お礼を言いたいのはこっちの方だ。いつものようにゴミを拾い、袋に纏めていく。待ち合わせ場所では色んな場所を期待で膨らませたオタクが待っていることだろう。売っている俺、買うオタク。嗚呼、気持ち悪い。

五ヶ月後くらいにバレました。

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