混沌に沈む

晒しもの

 それから数日間は異常な日々が変わりなく続いた。セシルは撮影を終えた後、男に引き摺られるようにして車に乗せられる。嬲る時間を確保したいのか、撮影は以前よりも順調なほどに進んでいた。プロデューサーである男が半ば強引に進めているからだ。セシルのコンディションが最悪だということは自他共に認める明らかな事実だ。だが、権力者である男に逆らえる存在が片田舎の撮影所にいる筈もなかった。そうしてセシルは医者が待つ病院まで連行され、明け方まで玩具として扱われる。明らかに違法の薬を注入され、恐怖心と理性を剥ぎ取られる。  注入される薬の量は医者が気分で調整しているらしく、躰を暴かれる激痛が紛れないほど効きが悪い時もあれば、何も分からなくなるほど意識が飛ぶ時もあった。  その日は後者だった。医者が差し出した粉をセシルが嫌々ながら呑み込んだ瞬間、彼の目から光が失せていく。 「は……ぁああ…………♡」  医者が躰に手を這わせた時も、セシルは殆ど抵抗出来なかった。セシルはベッドに横たわり、薄らと涙が溜まった瞳で男達を見上げる。彼の意識の大半は狂った本能に支配されていた。 「あ゛ああぁっ、はぁっは……♡ ん、ワタシ、もう……は……あぁ……!」 「随分敏感になったね。良い傾向だよ」  吐精寸前の陰茎を弄びながら医者は笑う。絶頂を迎えようとしてセシルが躰を強ばらせる度に、医者はわざとその手を止めて代わりに鼠径部や孔を擽った。セシルは元々感度が良い方ではなかったが、連日塗り込まれ、飲まされた薬は確実にその躰を蝕み始めている。理性が抜け落ちた躰は無意識のうちに医者の指を追いかけ、何も感じることのなかった膚を擦り付けようとしていた。その情景は普段の彼からは想像できないほど無様そのものだったが、同時にこれ以上ないほど扇情的だった。柔らかな唇に医者がキスをすると、腐ったような口臭と唾液がセシルの口内へと流れ込む。セシルに残された僅かな理性が不快感を叫ぶが、医者は狙い定めたようにセシルの陰茎を力強く擦りあげた。 「んっ⁉ ん゛おうぅゔうっ! んぐっ、げほっごほっ…………」  漸く達した快感にセシルは瞬く間に屈服させられ、躰は反射的に口内に満ちた唾液を呑み込む。セシルの歪んだ認識は、男の口臭と自らの吐き出したカルキ臭が部屋中に満ちているかのように感じ取っていた。そこに更なる羞恥と、そして僅かな興奮が生まれていく。あまりに異常な状況下で、健気な心は自身を守る為に与えられる快楽と不快を強引に結び付け始めている。  そのように仕向けたのは男達であり、セシルがそれを拒む術は存在しない。医者は満足げに微笑むと、興奮のままに自らの陰茎を孔に押し付けた。 「まだ慣れてないけどいいよね。セシル君がちょっと我慢すれば大丈夫だからさ」 「ゔぁああ゛あぁあ゛っ♡」  太い肉塊が内部を押し広げていく。本来激痛が伴う筈の拡張には、感じたことのない快楽が付随していた。声を抑えることも出来ず、セシルは医者の動きに合わせて欲情に塗れた悲鳴を垂れ流す。 「ああ゛っ♡ あっ、ん! はぁっ、あひっ、あああぁあ゛♡」 「完全に薬が頭まで回ってるね。何も分からないって顔して僕を見つめてくるの本当に可愛いよ。いい子だね、可愛いね。苦しいことなんて何もないからね」  医者がセシルの手を握ると、セシルはその手を強く握り返した。傍から見るとまるで恋人同士のような交わりだったが、そこにセシルの意志はない。絶え間なく流れ込む快楽に支配され、差し出されたものを反射的に握っただけだ。だがそれは医者を非常に興奮させたらしく、動きはより激しさを増した。  その光景を見ていた男はハンディカメラを鞄から取り出すと、交わり続ける二人へと向ける。  先に気付いたのはセシルだった。 「わぁあ゛っ! あ゛んっ♡ それぇ、うぁああ゛っあ!」 「おお、流石アイドルだね。カメラがあると締まりが違うよ」  カメラの無機質な瞳がセシルの姿を余すことなく見つめている。混濁する意識の中でセシルは培った習慣から、自らを映すカメラに視線を合わせた。男達はそれを大げさに笑う。それは激しい水音と一緒になってセシルの脳裏へと響いた。その間も医者は何度も内部を穿ち、与えられる衝撃にセシルはただ打ちのめされることしか出来なかった。  「折角だから自己紹介でもしてみろよ」 「AVじゃないんだから」  医者の男は呆れたように笑いながらも、セシルを抱き起こし、髪を掴むと強引にカメラへと顔を向けさせた。 「こんにちはぁ……あ゛……ワタシ、はあい゛っじまセシルです……♡ よろしく、おねがいし、ますぅゔ……♡♡」  極限まで簡略化された思考は、ただ指示に従うということだけにセシルを注力させた。  涙や鼻水、汗に塗れた顔でカメラに向かって微笑む姿は、普段の神聖な面持ちからはかけ離れたものだった。それを見た男達は腹を抱えて笑った。 「いいぞ! これ終わったら本当にAVにして売っちまうか」 「傑作だねぇ。トップアイドルで皇子様からの転落は相当話題になるよ」  それから男達は面白がって次々にセシルへ質問を繰り返した。身長、体重、練習量、躰作りについて、好きな異性のタイプ、セシルは甘い声を洩らしながらも、反射的に内容を答えていく。頭に叩き込まれていているのか、答える内容は普段雑誌などで見かけるものと寸分変わらなかった。だからこそ痴態を晒しながら話を続ける異常さと淫猥さが際立つ。今を時めく存在を手の内に収めているという実感を男達は存分に味わっていた。 「じゃぁ……好きな子いる?」  「それ……はっ……」  その瞬間、セシルの瞳に理性が僅かに戻ったのを男達は見逃さなかった。セシルは目の前のファン一人一人を愛しているとテンプレート通りに答えていたが、それは既に男達が求めている回答ではない。 「いるんだな? そうなんだな。純情そうな顔して。え? 女と遊んでいたんだな」  医者が血相を変えて詰め寄り、その光景を男は笑う。セシルはただ首を振り、口を閉ざしていた。 「言えよ、おい。何今更カマトトぶってんの? ファンを、僕を、裏切ってんのかって聞いているんだよ」  医者はセシルが答える前に口内へ指を押し込む。手近にあった薬瓶を開くと、強引に開かせた口へと大量の内容物を注ぎ込んだ。そのまま医者はセシルの喉に手を添えて、口元を押さえて固定した。医者の広い手は鼻まで塞ぎ、呼吸を堰き止める。咄嗟に暴れようとしても、ただでさえ薬効に汚染された状態では出来る抵抗など高が知れていた。セシルが薬を全て飲み込むまで、その手が離されることはなかった。 「ん゛ん……ん、うえ゛っ! これ、は…………ごほっ、げぇっ!」  一部が気道にまで流れ込んだのか、セシルは激しく咳き込む。そんな中でも即効性の薬は数分もしないうちに効果を発揮し始めた。激しい頭痛と目眩、吐き気、圧迫感、嫌悪感、それら全てが濃縮され、一度にセシルへと襲いかかった。膚には大量の汗が見る間に伝い始め、瞳の色はますます濁り、意識の混濁と伝えている。 「あああ゛ぁ! いだい゛ぃ、あたまがぁっ、おかし……ぁああ゛あっ! い、やだ……ゆるしれ、くらさっ……!」 「で、彼女いるの?」  医者がわざと肩を掴んで激しく揺さぶると、脳を直接殴られるような衝撃と揺れがセシルを襲う。唾液とも胃液ともつかない体液がその口からは溢れた。 「聞かれたことには素直に答えてくれよ。そんなことも出来ないくらい頭馬鹿になる量じゃないでしょ」 「うえっ、ゲエッ! ん゛ぇっ……いだぃい……られか、たすけ……っ あ゛あ゛あっ! 」 「じゃあもういいや。適当に女の子の名前言っていくから、合ってたら何か反応してくれよ。あゆみ……違うか、さくら……これも違う? こはる……違うね」 「い゛やぁあ゛あぁ! やめてっ!」 「はるか……あ、はるかっていう子が好きなんだ。分かりやすいねぇ、セシル君」  理性が極限まで削ぎ落とされた状態で反応を隠し通すことは不可能だ。意識の外で躰は強ばり、その表情からは見る間に血の気が失われていく。 「ははっ、可愛い名前じゃねえか。セシル君はハルカちゃんと俺らじゃどっちのセックスが好きなんだ?」 「そんらの、したこと、なっ……」  呂律も思考もどちらもまともに回らない中での答えは男達を充分に喜ばせた。  拒絶感から反射的に明かした事実は男達にとっては恰好の物笑いの種だった。 「嘘でしょ、こんな格好いいのに好きな子とセックスしたこともないんだ。初めてはやっぱり僕達だったんだ。アハハ、可哀想に!」 「ピュアな片思いってやつか。生意気に青春しやがって、よっ!」 「ん゛ぐっ⁉ ゔうっ!」  男はセシルの頬に手を添えて強引に此方へと向かせると、半開きになっている口へと陰茎を押し込んだ。ここ数日間で既に何度も繰り返された行為とはいえ、口を汚物で塞がれることにセシルは慣れることが出来なかった。歯を立てる力すら残されていない躰は、舌の緩慢な動きでどうにかそれを押し出そうとする。だがその度に表面の滓や先走りの苦みを感じ、鼻腔の奥まで生臭い香りで満たされ、吐き気と目眩が抑えられなかった。 「この映像が公開されたら色んな意味でファンの子達は涙が止まらないだろうね」 「そうだ、カメラ回してたんだったな。公開された時にハルカちゃんに迷惑かからねえように神にでも祈っとけよ」  ゲラゲラと笑い続ける男達を、セシルは憎悪を満たして睨んだ。だが男の陰茎を咥えながら目に生理的な涙を溜めている状態ではその効果も高が知れている。  寧ろそれは更なる嘲笑の対象にしかならなかった。 「ちゃんとやれよ下手糞。本当にAVで売っ払われたいのか? 喉使うんだよ、喉」 「げふっ、おえ゛ぇっ⁉ や゛ええ、げっ!」  男はセシルの髪を両手で掴むと勢いよく引き寄せ、亀頭で喉を殴りつけた。気道を塞いでいるという意識も男には希薄なようで、酸素を求めて反射的に締め付ける喉の感触を味わうように浅い抜き差しを何度も繰り返す。  セシルが窒息寸前まで追い込まれて漸く男は吐精した。内部に重い水音が響く。何日も溜め込んでいたかのような質量と濃度を持った汚液が体内を伝って流れる度に、それが脳髄にまで巻き散らかされているようにセシルには感じられた。薬効でもごまかせないほどの強い拒否感とは裏腹に、健気な躰は酸素を求める一心で一滴残らず汚濁を呑み込んでいく。酸欠で見る間に紅くなったセシルの頬を医者は愉快そうに指で突いた。 「でも、さっきから絵面が少し地味だなぁ……そうだ」  医者はセシル達の背後にモニターを用意し、慣れた様子で映像を再生し始めた。それを見た男は口笛を吹くと漸くセシルの口から陰茎を引き抜く。 「……かはっ! ゲホッ、ゴホッ! ゔうぇええ…………ゲェッ……」 『こんにちは! 今日は来てくださって本当にありがとうございます!』  部屋中に溢れ出す歓声にセシルは思わず顔を上げた。彼の目に映ったのは、最新のライブ映像だった。ほんの数ヶ月前の筈なのに、今のセシルには幼い頃の記憶よりもずっと遠くのことのように思えた。 「何ボーッとしてんだよ。まだお前には仕事があるだろうが」  男はセシルの側頭部を叩くと、再び彼の前に陰茎を突き付けた。医者は此方に見せつけるようにカメラを構え直している。どれほど強い嫌悪感を抱こうが、セシルに拒む権利は無かった。  僅かな躊躇の後、セシルは陰茎を咥え込む。その間も容赦なく流れる自身の歌声と歓声を少しでも耳に入れないように、セシルはやや大げさなほど音を立てて汚物を啜った。  画面内で絶え間ない喝采を浴びる光り輝くような青年と、情けなく陰茎をしゃぶることしか出来ない男娼以下の存在が同一人物である事実を男はせせら笑った。 「さっきから何回歯ァ立ててんだお前。女に媚び売る方法は知ってる癖に男に対しちゃからっきしだな。……もういい」 「い゛……っあぁあああ゛あぁあ♡」  男はセシルを突き飛ばすと両手で腰を押さえ込み、暫く放置されていた孔へ陰茎を挿入した。  途端に全身を快楽の衝撃が駆け巡る。躰の変わり身の早さを疎む余裕すらなく、僅かに取り戻していた理性さえも粉々に砕け散っていく。脳裏が白み、思考が無理矢理消し飛ばされた。  本来であれば傷口を抉るような激痛が伴う筈の行為は、壊された感覚を通じて甘美な快楽と屈服だけをセシルに与えた。男の下で全てが征服される恐怖と屈辱に強制的に付随する快感は、セシルの心を滅茶苦茶に踏み躙る。男達の嘲笑と映像から流れる喝采は同じ音量で響き渡り、まるでステージの上で犯されているような錯覚さえセシルに抱かせた。 「あ゛ああぁ♡ やらっ、こんな、うっああっ! みない、で、くらさっ……あっ! こんな……しらな……ん゛っ♡ おあ゛ああぁあ゛あああっ♡♡♡」  耐えきれずに吐き出した精液はセシルの躰を穢していく。自らを穢す行為に何かを思う余裕もなく、セシルはただ快楽を受け止めることしか出来なかった。ライブの映像はアンコールに差し掛かり、最高潮に達した歓声に迎えられて画面内のセシルは美しい歌声を響かせ始めた。  光の海に照らされていた高嶺の花は、見るも無惨に刈り取られ、身も心も踏み荒らされながら掠れた声で喘いでいる。 「お~、遂にところてんまで出来るようになったか」 「まだ一週間も経ってないのにこんなに淫乱になれるなんてさ、薬って怖いねぇ」  医者は鼻歌混じりにそう呟くと、用意していた性具から適当なオナホールを掴んだ。弛んだプラスチックの内部に以前使った軟膏を大量に入れ込むと、セシルの亀頭へと軽く孔を押し当てる。 「あっ……い゛やっ、だめ! ああ゛ぁ♡ もうむり、ぃいい゛! なにもしない、え゛……あ゛あぁあ!」 「そんなアンアン喘ぎながら言われてもね。中イキが出来たなら、ついでに童貞も卒業しようね。相手がはるかちゃんじゃないのは可哀想だけど、さっ!」 「お゛お゛っ♡ ゔ、ぐ……はっ……ああああ゛ぁあぁあ゛ああぁあ゛っ♡♡♡」  絶頂を迎えたばかりの過敏な神経で、一番の性感帯に与えられる陵辱に耐えることは不可能だった。連日の調教でただでさえより敏感に変わりつつあった陰茎は、粗末な玩具の僅かな凹凸に対しても過剰な快楽を生み出していく。その様子を見た男達は頷き合うと、同時にセシルを責め始めた。 「いぁあ゛あああ゛あぁあ! あぁあ゛♡ やめ゛、や゛めぇえ゛ええ゛えぇえ゛! おお゛、ぐっぎっい゛……ぁあ゛ああ゛ぁあああぁあ゛っ♡ おかしく、おがしっ、な……ヒッ……い゛いぃい♡ あ゛あぁあ゛あ゛ぁあっ!」  まだ開発途上である内部の感覚から感じる未知の快楽と、陰茎で感じる絶頂まで止まらない暴力的な快楽。  それらが同時に脳髄を焼き、満たし、渦巻くことで、セシルの躰はより堕落していく。  最早セシルは自分が何を叫んでいるのかも分からなかった。拒否感を抱く理性さえ瞬く間に剥ぎ取られる。圧倒的な感覚に、セシルは溺れることしか出来なかった。 「これで処女だけじゃなくて童貞も卒業できて良かったねぇ。おめでとう、セシル君」  医者は容赦なくオナホールを動かし続けながら、空いている方の手でセシルの頭を満足げに撫でていた。それだけでセシルは嬌声を洩らしている。狂いきった感覚は触れられてるだけで強制的に快楽を生み出すらしかった。  頬を伝っている生理的な涙を男は分厚い舌で伝い舐め、そのまま深く口付けた。脱力し開いたままの口内に男は容易に入り込み、薄い舌を絡め取って蹂躙する。煙草も酒も殆ど嗜まないセシルの唾液は、男にはやけに甘く感じられた。その間も断続的に与えられる内外の感覚から、こんな唾棄すべき行為にさえ幸福感が無意識の間を縫って付随していく。今日の夜の詳細をセシルは思い出すことが出来ないだろう。しかし、躰と感覚というより本能に近い場所には、生涯消えることのない傷が深く刻み込まれていくのだ。
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