混沌に沈む

序章

 テレビからは半ばただの音と化したニュースが流れ続けている。  白衣の男はそれを耳障りに感じたが、まともな娯楽はないこの町で、テレビを消した後の静寂に耐えられる自信はなかった。  流れているニュースは覚醒剤で逮捕された女優の話だった。最近売れ始めたばかりだというのに、売人から薬を買っていることがバレて逮捕へと至ったらしい。純朴なイメージが広まっていた彼女だったので、薬物での逮捕という衝撃を番組は過剰に並べ立てていた。 「怖いねぇ」  隣の椅子に座っていた羽振りの良い男は、画面を眺めながらせせら笑った。 「ああ、薬物なんてやるもんじゃないね」  白衣の男が返事をすると、羽振りの良い男は深く頷いた。 「だな。最初はあんなにでかい口叩いて頑張ってたのになぁ……結局止められなかったか」 「素直に僕に頼っていれば良かったんだ。ただ僕の腕に抱き留められるだけで良かったのに」  白衣の男は吐き捨てるように言うと、警察に連行されている女優の顔から目を逸らす。 「お前いつもそう言うじゃねえか。……まあいい。こんなに騒ぎが大きくなったなら、次の遊びは暫く後だな」  羽振りの良い男はそう言い捨てるとリモコンのボタンを弄っていた。ドラマ、バラエティ、古い映画にドキュメンタリーと番組は次々に切り替わっていく。男達はそれを気怠げに眺めていたが、白衣の男は突然それを止めた。 「この子はどうだ?」 「は?」 「早くチャンネル戻せ! そう、ほら。彼だよ」  白衣の男が指さす先には音楽番組で歌うアイドルが映っていた。新曲を初披露と煽られていたのは愛島セシルだった。このような田舎でも彼の活躍は広く知れ渡っている筈だが、白衣の男はまるで初めて見る存在かのように、セシルの歌い踊る一挙一動に息を呑む。 「すごいな……最近のアイドルは顔が良いだけじゃないんだなぁ…………」 「へぇ、セシル君か。いい子だよ彼は。いつも現場で挨拶してくれるし」 「いい子なんだな。顔も、性格も……おいおい家柄も良いじゃないか」 「今、次は先にしようつったばっかりだろ。だがまぁ……久しぶりに男も悪くないか」  白衣の男はインターネットでセシルの情報を調べて一々感嘆の意を述べていた。 「こういうのはビビッとくる感覚が大事なんだよ。いいなぁ、良い子なんだろうなぁ……」  うっとりと言葉を口にする白衣の男を見ながら、羽振りの良い男は肩をすくめた。
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