朽ちた花束

 一寸先は闇だと昔の人は言うし、そんな闇の中を歩き続けるのが人生だと僕は思っていた。けれども大部分の人はそんな暗闇を照らしてくれる存在を長い人生の中で見つけていく。  それは家族だったり、友達だったり、恋人だったりするけれど、僕にとってそんな存在はセシル君だった。それだけの話だ。  あの子は僕の光だった。あの子の歌声を聞いているだけで天国だって行ける気がした。ありがとうございますと叫んで、観客へ礼をする一挙一動に心の底から見惚れた。あんな奇跡みたいな存在を見つけることが出来たのは僕の人生で最上の幸福の一つだ。  仕事で辛い時、生きている価値がないと上司に罵られているそんな時でも僕の心にはセシル君が居て、いつも僕を励ましてくれていた。あの子がいなかったら耐えられないことだって幾つもあった。  多分僕みたいな人間はそれこそ掃いて捨てるほどいるだろう。僕はセシル君にとって存在を認知すらされていない有象無象のファンの一人に過ぎない。それだけじゃ満足出来ないと思ったのは一体いつからだろう。あの美しい瞳に僕が映る瞬間を願うようになったのは。  セシル君と僕の距離がドームの端と端まで広がって、姿すら中々見られなくなって、よく知りもしない女達があの子の名前で黄色い声を上げるのを街角で聞いて神経をざわつかせる。  ファンレターなら誇張抜きで何百枚も書いた。でも、ある時から受け取り拒否で戻ってくるようになった。イベントだって昔は金を注ぎ込めば一度は行けていたのに、最近はめっきり当たらなくなった。事務所の周りの警備員も増えて、おいそれとは近付けなくなった。  セシル君はあんなに優しい人なのだから、この想いを伝えられたらきっと分かってくれる。僕達の運命を信じていて、あんなに綺麗な気持ちを届けてくれるんだから、僕の想いが届いたらきっと抱き留めてくれる。そう僕は信じている。  僕はセシル君を愛している、そう自覚したのは最近のことだ。でもセシル君だってきっと僕を愛している。いつの日か花束を買ってあの子を迎えに行くのが僕の夢だ。きっとセシル君は待っててくれる。僕には全部分かっているんだ。

自分用に作成した文庫本のカバー下に書いたもの。花束を抱いた嫌そうな愛島君が裏表紙にいる仕様でした。

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