たくさん愛してください

 「え……? セシル君……?」
 僕の目の前であの子は、とてもお似合いの女の子にキスをしていた。


 話はやや遡る。僕は外見も能力も平均よりずっと下で、他人に蔑まれ、こき使われ続けるクソみたいな人生をこれまで歩んでいた。でも、それなりに名の知られているライブ会場が職場だった関係で、あるアイドルに僕は出会う。当時、要領の悪い僕は同僚から仕事を押し付けられて、大量の荷物を抱えようとして床に全てぶちまけていた。
 クソ、また一からやり直しかよ。そんな文句を吐きながら段ボールを拾おうと屈んだ瞬間、優しい声が耳へ届いた。
「大丈夫ですか? 随分大変そうです」
 顔を上げると、外人が心配そうに僕を覗き込んでいた。
「……そんなもん見れば分かるでしょ。大変だよ。君誰? 開演時間も近いんだし、さっさと持ち場に行った方がいいんじゃない?」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。まだ時間には余裕があります。少し手伝わせて下さい」
 シンプルだけど高そうな腕時計に目をやりながら、その人は微笑む。イライラして当たり散らした僕に嫌な顔一つしないどころか、仕事の手伝いまで申し出た。
 そんなことを言ってくれる人なんて今迄誰もいなかった。
 驚きのあまり茫然としている僕が答えられないうちに、その外人さんは手際よく荷物を拾い集めて運び始めた。
「え……あの……」
「この荷物ならBブロックで使うものですね。これを全て一人で運ぶのは難しいです。大変でしたね」
「………ありがとうございます」
 情けない僕はそれだけ言うのが精一杯だった。その人のおかげで、半ば嫌がらせで与えられていた仕事はずっと早く終わった。お礼を改めて言う暇も無く、その後すぐ外人さんは僕から離れてどこかへ駆けていった。本当は時間が押している中で僕を手伝ってくれたのだろう。仕事を押し付けてきた同僚から本当に一人でやったのかと皮肉を言われながら、僕はあの人とした僅かなやり取りをずっと反芻していた。
 時間の無いこともあってすぐに解放された僕は、そのまま飲料水を運びに舞台袖へと向かった。また会えるだろうか。そんな思考が脳裏を掠める。典型的なデブで、不細工で、臭くて、愚図な僕に初めて微笑みかけてくれたあの子。あんな子は二人といないだろう。それに凄くイケメンでスタイルも良かった。きっとダンサーか何か、ステージに立つ人なんだろうな。その場にいるだけで引き込まれるような、神秘的な……。
 考え込んでいた僕は前を歩く人に気づかず、思い切りぶつかってしまった。ペットボトルが床に転がる。
「えっ、あっ、す、すみませんでした!」
「また会いましたね」
 導かれるように顔を上げると、さっきの外人さんがいた。
 その時僕は雷に打たれた様に思い出した。今日のステージの主役、気鋭の新人アイドルのことを。
「お水をありがとうございます。アナタもワタシのステージ、楽しんで下さいね!」
 愛島セシルは僕だけに微笑みを向けると、煌めく舞台へと進んでいった。もう仕事なんてどうでもよかった。僕は舞台袖から食い入るようにあの子を見つめていた。そのステージは圧巻そのものだった。彼が紡ぎ出す甘く切ない歌声、そしてその魅力を完璧に引き出している曲は今迄アイドルなんて興味が無かった僕でさえこれ以上ないほどに胸が締め付けられた。
 そして、改めて見るとあの子は本当に綺麗な子だった。
 日本ではなかなか見かけない褐色の膚、光の加減で絶妙に色が変わるオパールみたいな瞳、サラサラな髪、神秘的で端正な顔立ち、でも微笑むと年相応の幼さが見える多彩な表情。そして僕みたいなカスでも見捨てることはない、とても高貴で、優しい内面。
 セシル君はたった一度のステージで僕を魅了し、唯一の希望になった。それから僕は熱に浮かされたように、セシル君のCDやグッズを買い漁った。四畳半の狭い部屋はすぐにそれらで一杯になってしまったけれど、どうでもよかった。ファンである僕に向けるあの時みたいな優しい微笑みに、甘い愛の言葉を聞いているだけで本当に幸せだった。
 ただ、満たされた気持ちになる度に一つの不安が僕の中で頭をもたげていった。セシル君はあんなに優しい子だ。きっと僕以外にも色んな人に優しくしているに違いない。その上であんな僕らへの愛しか詰まってないような曲に、普段僕らにかけてくれる甘い言葉の数々だ。
 きっと勘違いしている輩もいるに違いない。自分こそがプリンセスになれるなんて考えを持ってる女共なんかにセシル君が惑わされるとは思ってないけど、そんな奴らにセシル君が穢されてしまったら可哀想じゃないか。
 だからあの子を守ることにした。
 僕達がいるのは広いようで狭い業界だ。寮の場所とか、その日の大まかなスケジュールとか、事務所から公開されていないような情報も仕事柄少しだけ知ることが出来る。僕はあの子を守りたい一心で、そんな僅かな情報を血眼で掻き集め、雨の日も風の日もこっそりとあの子を見守り続けた。そのお蔭で何人かの質が悪いストーカーを追っ払うこともあった。セシル君は優しいから、男も女もすぐに勘違いする奴が周囲に出てくる。困るよね。でもそうやって守る過程でいつも姿が見れるのは本当に幸せだった。
 どんな時もセシル君は優しくて、格好良くて、可愛らしかった。残念なことにセシル君が住んでいる寮まではセキュリティが強すぎて見ることは出来なかった。だけどそれ以外の場所のどこでも、僕はあの子を守ることが出来た。常にあの子を見つめていて分かったけれど、セシル君はとても賢い子だった。周りに女はいるけれど、どの相手でも仕事上仕方なく関わっているという体勢を保ってたし、仲間内では普段テレビで見るような楽しそうな笑顔を見せていた。
 けれども心配なこともあった。日が経つにつれて、セシル君の顔色がどんどん悪くなっていくのだ。僕があの子を見守っていた期間の後半は特に酷かった。何処かに行く度に血の気の無い顔で周囲を警戒して、僕が見失いかけたことだって何度かあったくらいだ。きっと僕が駄目だから気づけなかっただけで、悪質な輩が周囲にいたんだろう、可哀想に。これ以上何かあったら心配だから僕は仕事のシフトも限界まで減らして警備に勤しんだ。
 もう辞めちまえとか、職場にいるだけで迷惑とか、相変わらず指差され陰口を叩かれる暮らしは変わらなかったけれど、セシル君がいればそれで幸せだった。まるで別世界にいるような、神聖で、美しくて、優しいあの子は冴えない僕の天使だった。

 でも所詮それは僕の妄想で、セシル君も男で、女を抱きたいという欲望があって、アイドルなのもファンの為とかそんなんじゃなくてただの仕事で、話してた愛の言葉なんて口先だけの方便で、あの子には素敵な相手がいた。

 それが分かったのは仕事先だった。再び僕の職場で愛島セシルのライブは開催された。その時のセシル君は既に押しも押されぬトップアイドルまで、異例のスピードで駆け上がっていた。そんなアイドルのライブとなると、半ばクビみたいな僕でさえ人員不足で駆り出される。問題なくステージは開演し、前回以上の熱狂で会場は包まれていて、裏方である僕達は目が回るほど忙しかった。でも僕にとっては何の問題も無かった。仕事をしながらセシル君を見守ることが出来るのだ。これ以上の趣味と実益が重なったことがあるだろうか。それどころか仕事として、セシル君と堂々と語らうことだって出来るかもしれない。あの時みたいに、もう一度。僕はたまらなくなってペットボトルの水を掴むと、あの子の元へと走り出した。
 会場から割れんばかりの拍手とアンコールの声が響く中、セシル君は舞台袖に佇んでいた。漏れ出る光の中にいるあの子はいつもよりずっと綺麗で、僕はつい普段の習慣から、バレないように隠れてしまった。……駄目だ、折角のチャンスなのに。勇気を振り絞って物陰から歩き出そうとした瞬間、その隣を誰かが通り過ぎた。
 その子はセシル君専属の作曲家だった。既に曲も出来上がるどころか、本番なのに今更作曲家が何の用だよ、そう内心で毒づく僕にセシル君も作曲家も気づくことなく、二人は話を始めていた。
「お疲れ様です。セシルさん」
「ハルカ……!」
 その瞬間、作曲家を見るセシル君の目が、普段の仕事場で見る時とも、事務所の仲間と一緒にいる時とも、全く違うことに僕は酷く動揺した。飛びつかんばかりにセシル君は、春歌とかいう作曲家を抱きしめていた。
「セ、セシルさん! 人が見ていたら……」
「すみません。どうしても今アナタへの想いを伝えたくて……お願いです。もう少しだけ」
「……はい。あの、今日のステージも素晴らしかったです。最近のセシルさん元気がありませんでしたし、心配でしたから安心しました」
「ハルカがいてくれたからですよ。だからこそワタシは頑張れました。……ほら、聞こえるでしょう。皆がワタシ達の新曲を喜んでくれています」
 セシル君の言葉を聞いてあの女は頬を紅潮させ、嬉しそうにステージを見つめていた。その横顔をセシル君が愛しげに撫でる。するとそれが合図のようにあの女はセシル君に向き直った。

 その時、舞台袖で僕は見てしまった。
「え……? セシル君……?」
 僕の目の前であの子は、とてもお似合いの女の子とキスをしていた。

 そこから先の会話は僕には聞こえなかった。聞きたくなかった。ただ目が離せなくて二人を食い入るように見ていた。あの女は会場までの光を指さし、それを見たセシル君はあの女をもう一度抱きしめると、あの時僕にしてくれたみたいに、いやそれよりずっとずっと幸せそうな笑顔であの女に微笑みかけてステージへと戻っていった。
 作曲家の女の存在は知っていた。それでも普段の二人の様子からは全然分からないから気付かなかった。そもそもあの事務所は恋愛禁止だったなと僕はぼんやりと思い出した。あの時は周囲に人もいない奇跡みたいな瞬間だった。多分油断したんだろう。手の中にあったペットボトルは醜く潰れていた。
 ガラガラと脳内にあった理想が崩れていく。セシル君がずっと僕達へかけてくれた言葉も眼差しも、所詮は仕事の一環で、普段は人目が届かない寮であの女を散々抱き潰して過ごしてんだろうなという想像は容易だった。純粋そうに見せかけられてたこともそんな下らない嘘に自分が踊らされていたことにも腸が煮え繰り返る。
 畜生、畜生。あいつも所詮は人の子で、とっくに将来の約束されている相手がいて。僕の人生と時間と金は底を付きかけていて。畜生。あの時の微笑みは、優しくしてくれたのは、僕の今までの努力は何だったんだよ。騙された、そう確信した瞬間に力が全身に満ち溢れていくのを感じた。その時からセシル君は僕の中で守るべき人ではなくなった。唯一の支えを失ってしまった僕の精神は日が過ぎる度に荒廃していく。
 特に変わってしまったのは性嗜好だ。やたらあの子を神聖視していた反動なのかもしれない。僕の性嗜好なんて精々色が白い巨乳の子が好きとかその程度の筈だった。だけど今はそんなものより何もかも持っているセシル君が何の取り柄もない僕に組み敷かれる妄想の方に、遥かに興奮するようになってしまっていた。あの子は僕の人生だけじゃなくてこんな所まで滅茶苦茶にしていくのかと思うと堪らなかった。
 精液塗れになってもあの子の微笑みが変わることはない。異臭を放つグッズをまた一つ部屋の隅に放った。既に僕の部屋に溜め込まれていたコレクションは唯のオカズへと成り下がっていた。下らない妄想で散々抜いた後には、必ずあの舞台袖の光景がフラッシュバックする。
 僕がこんな惨めな自慰に勤しむ羽目になっているのに、セシル君はあの可愛い彼女を抱いているのだ。でもそんな憎しみが募れば募るほど、妄想への興奮も大きくなっていって頭がおかしくなりそうだった。
 こんな生活から抜け出す方法は一つしか考えられなかった。愛島セシルを本当に僕だけのものにしてしまうのだ。あの性悪を僕だけのものにすることで、あの微笑みも、あの時の思い出も、全て穢すことなく僕のものに出来る。そして存分に罰を与えることで、僕みたいな悲しい犠牲者を出さないことにも繋がる。これは社会貢献だ。よく考えればあの女もきっとセシル君に騙されているんだろう。可哀想に。早く助けてあげないと。

 最早仕事に行く気力も無く、そんな荒唐無稽な計画を練る中で、僕はある日、何もかもを思い通りに出来ることに気づいた。
 最初は考えごとに夢中になってて分からなかった。セシル君に夢中でコンビニの商品を持ったまま外に出ても、明らかにそっち系の怖い人にぶつかっても何も言われないことが何度もあった。それどころか金が欲しいと思えば、目の前のおっさんが金を渡し、セシル君の情報が欲しいと思えば、仕事場に来ていた事務所の人間がその日のセシル君のスケジュールを渡してきた。 明らかに様子がおかしい世界に僕は一つの結論を下した。
 恐らく僕は催眠能力に目覚めているのだ。それが覚醒した理由は、あの舞台裏の光景を見た瞬間の衝撃としか思えなかった。
 奇跡だ、と思った。僕を憐れんでくれた神様が与えてくれた救い。僕だけが救われる唯一の道が今目の前にある。ならばやるべきことは一つしかない。
 僕の人生を大きく変えてしまったあの子に罰を。その為に僕だけのものにしてみせる。アイドルだ、彼女がいるだなんて知ったことか。最早あの子は守るべき偶像でも僕の希望でもない。
 こうして自ら課していた禁忌へと、僕は踏み込むことを決意した。


「セシル君……。漸く会えたね」
「アナタは一体誰です? ここは男性寮ですよ。事務所なら別の建物です」
 それは季節が春へと移り変わろうとしている時だった。仕事を終え、寮に戻ったセシルは建物の前で見知らぬ男に声を掛けられた。それなりに長身のセシルがやや目線を上げなければならないほどの巨体の男は、でっぷりと脂肪を蓄え、不規則な呼吸音を放っている。
 表面に薄らと脂の浮く不潔な顔を眺めながら、セシルは寮の関係者の顔を次々と思い出していた。本来であればシャイニング事務所は関係者しか入れない厳重なセキュリティで守られている筈だが、この話しかけてくる男の顔をセシルは見たことがなかった。敷地も広いこの事務所だ。道に迷った新入社員とも考えられるが、男の態度は異様に馴れ馴れしく、セシルは眉間に僅かに皺を寄せた。
「やっぱり僕のこと覚えてないんだね。悲しいなぁ。僕は本当に、ずっと、君だけのことを考えて今迄生きてきたのにさぁ。君と来たらこの対応だもん。本当に悪い子だね」
「何の話をしているのですか……?」
 ぶつぶつと捲し立てる男は明らかに異様だ。少しずつ後ずさりをして距離を取ろうとしたその瞬間、男はセシルの右腕を強く掴んだ。
「痛い! 何ですか、離して!」
『動くな』
 仮に、セシルが男の力の存在を最初から認識出来ていれば、今後の事態は避けられただろう。所詮一昼夜鍛えただけの男とセシルの間にはそれほどの差は当然存在した。
 だが眼前の男がそんな異常性を持つなど、セシルが予想出来る筈もない。男の声を聴いた瞬間、総毛立つような不快感と共にセシルの全身が鉛のように重くなる。咄嗟に背後へと体重を寄せてセシルは男の腕を振り払った。
「アナタは今……何を……」
「あれ? 効きが悪いね。普通は時間が止まったみたいにじっとしてくれるんだけど」
 だが気づいた時には全てが遅かった。セシルは無防備に、男の力を正面から受け止めてしまっていた。全身がますます重くなっていく。出来れば魔法は使いたくなかったが、最早手段を選ぶ余裕など残されていない。まるで触手に絡め取られているような感触を、セシルが魔法で吹き飛ばそうとした瞬間。駆け寄った男がセシルの髪を掴んで顔を上げさせた。
『絶対に抵抗しないで!』
 間一髪の差で目を覗き込んで叫ばれた追い打ちにセシルの力が霧散していく。それでも放たれようとした魔力は突風を巻き起こし、周囲の木々を揺らしていた。
 自分以外の人外の力を使える存在の反抗に、男の顔から血の気が引いていく。男は咄嗟にまだ自由に動けないセシルの首を締め上げた。
「がっ……は……!?」
「結局……結局セシル君は僕のこと好きでも何でもないのに優しくしてくれたんだね。それって良いことだけどさぁ、凄く残酷なことでもあるって分かってるのかな?」
 セシルも腕へと爪を立てるが、男の力は決して弱まることはない。男とセシルの体格差もあるが、ここで抑え込めなければ自分の方が終わってしまうと、男は無意識的に確信していたからこそ、必死で腕に力を込めた。
 酸素が供給されずセシルの意識が遠のき、二人の間の力の均衡が崩れていく。弱まった鼓動に慌てて手を放すと、セシルは地面へ突っ伏し激しく咳き込んだ。
「危なかった……。今セシル君何しようとしてた? 抵抗してきた子なんて初めてだよ。でも嬉しいなぁ。そうだよね簡単に手に入ったら興ざめだもんね」
「……アナタは一体何者ですか? 何故こんなことを?」
 最早起き上がることも出来ず、やや赤みが残る頬を床に付けながら、セシルは僅かでも情報を得ようと試みていた。こんな危機的状況でもセシルは諦めていない。
 隙を突かれたとはいえ、これほど恐ろしい力を持った男が大切な人々がいる場所の傍に存在しているという事実。それがセシルには何より恐ろしく、耐え難かった。
「いい加減にしろよ! 君って本当に酷いよ……」
 だがセシルの態度が男は気に入らなかったらしい。間近で叫ばれたことで唾液がセシルの顔へ跳び散る。
 男は鼻を啜りながらセシルを抱き起こした。
「あの時、セシル君が僕に希望をくれてから、本当にずっと見てたんだよ。君のこと本当に優しくてファン思いでいい子だと思ってたのにさぁ、あんな可愛い彼女がいて乳繰り合ってましたなんてちょっとあんまりだよね。アイドルなんて幻想を売る職業な訳じゃん。なのにあんな風に僕の前で当てつけみたいに……」
「いつハルカのことを……!?」
「でももうどうでもいいんだ。セシル君が彼女持ちアイドルやるなら、僕だってセシル君のことをアイドルでも何でもない僕だけのお姫さまにしてあげるからね」
 男はセシルの目を手で覆い隠し、寒気がするほど優しく囁いた。
『おやすみ』


この部屋に愛島セシルがいる。その非現実的な事実は男をすこぶる興奮させた。自身でやったこととは言え、拉致監禁という犯罪行為と手に入れた成果に自然と息が乱れる。
 四畳半の不衛生な部屋に敷かれた潰れた布団に、セシルは横たわり静かな寝息を立てていた。間近で眺めても染み一つない肌、しなやかで頑且つ恵まれた体格を前にして、男には今すぐにでも服を剥ぎその肢体を隅々まで手にしたいと願った。だがそれ以上に興奮を得て、より深く屈辱を与える方法を男は思いついていた。
「ねえ、起きて。起きてよ」
 肩を軽く掴んで揺さぶるとセシルは小さく唸りながら身じろぎをする。口元には幸せそうな微笑みまで浮かべて。
「……何ですか、ハルカ。まだ眠るじか、んっ!?」
「おはよう。春歌ちゃんじゃなくて僕みたいな汚いおじさんで悪かったね」
 幸福な夢の中でセシルは男に甘えるようなまなざしを向けていた。そしてその幻想は現実を認識した瞬間に打ち砕かれ、紅潮した頬は一気に青ざめていく。優しく愛しい面影は何処にもなく、眼前にあるのは狂気を含んだ眼差しと、たるんだ皮に包まれた汚らしい男だった。
「アナタはさっきの……此処はどこですか? ワタシを捕まえて何が目的ですか!」
「目的? セシル君と僕の挙式の練習。分かりやすく言えば花嫁修行かな」
「……は?」
 拉致監禁という犯罪行為の最中でその回答はいっそ滑稽だ。それでも男の目的は真実だった。これは男からセシルへの身勝手な報復だ。
 セシルが当然のように夢見ていた人生をぶち壊し、こんな心身ともに醜い自分だけの物にされること。それがセシルにとって最も辛く相応しい断罪だと男は長いストーカー行為の中で導き出していた。
 男の力であれば恐らく意識まで支配し、セシルを従順な奴隷にすることも可能だろう。だがそんな楽な道を選ばせる気はさらさらなかった。それでは報復足り得ない。
 全てを失い、男だけの愛らしい偶像に成り下がったとセシルが実感することこそ、多くの人間の人生を狂わせのうのうと生きていたセシルに対する復讐であり、そしてこれから二度と自身のような哀れな犠牲者が出ないようにする為の予防策だと男は確信していた。

『これから何をすべきか分かるよね』
「一体何を言っているのですか? ワタシはアナタと結婚しませんし、これから何をしろと言うのです?」
 セシルは冷ややかな目を男へと向ける。だがそう言いつつも彼はそのまま起き上がり、首に巻かれていたストールを床へ落としていた。
「ちゃんと積極的な姿勢を見せてくれて嬉しいな」
「えっ、何故。……嫌っ! 躰が勝手に!」
「未来の旦那様に逆らったこと、まずはごめんなさいしようね」
 セシルの手は彼の意思とは関係なく動き、上着とボートネックのシャツを脱ぎ捨てた。
 残った薄い肌着一枚を捲り上げると、厚い胸板が露わになる。息を完璧にコントロールする為に割れた腹筋。脂肪が少なく、肩周りに比べると細い腰。見られるということを意識して磨かれた艶のある肌は、踵の其れでさえ男のものより柔らかだった。音を奏でる為、鍛え上げられた躰はこの薄汚い四畳半では明らかに異質だった。
 セシルはそのままベルトに手を掛けると一気に引き抜きながら立ち上がった。必死に抵抗するように脳に命じても躰は言うことを聞かず、セシルの首から下は全て男の支配下に置かれているらしかった。
 男が厭らしい笑みを浮かべながら手を打つと、それに合わせてスラックスが下に落ちる。地味な色味の下着が男の眼前へと晒された。
「止めなさい! 無理矢理こんなことをするなんて最低です!」
 自由に動く口で叫ぼうと、男を悦ばせるだけだ。セシルは羞恥で頬が熱くなっていることを自覚し、そのような表情をも見られることを恥じた。好きでもない相手に裸体を晒す屈辱と怒りに鼓動が早まる。だが皮肉にもその様子こそが男の劣情に火をつけていた。
「さて、御開帳といこうか」
 セシルの制止をBGMに、男は下着を一気に擦り下させた。手入れされ無毛である恥部に、男の其れよりも明確に大きい陰茎が露わになる。男は満足げに口笛を吹いた。
 皮の剥けていてカリの太い陰茎はいかにも女性が悦びそうな形状だった。それなりに経験もありそうな其れを男は舐めるように眺めた。
 こうして脱がせてみるとよく分かる。幾ら外見が整っていようがセシルは明らかに男性だ。それにもかかわらず男の下半身は既に痛いほどに兆している。
 最早男の性癖はもう取り返しがつかないほど、セシルに滅茶苦茶にされていた。それなのにセシル自身はこれを使ってあの彼女を抱いていたと思うと反吐が出そうだった。
『ほら謝れ! お前に騙された人間全員に謝罪すんだよ!』
 男の言葉に強制されるがままにセシルの躰は床に四つん這いになると、そのまま音を立てて床に頭を打ち付けた。
 自分の躰の意図しない行動にセシルの口から呻き声が零れる。
「ワタシ愛島セシルは……、今迄っアナタ様を含む多くの人を騙して暮らしていただけでなく……ぅ…将来の旦那様に反抗までした悪い子です……っ! 申し訳、ございませんでした……」
 心に浮かんだこともない謝罪の言葉が口から溢れる。
 その内容の下劣さにセシルは軽蔑を含んだ眼差しで男を見た。だがその姿は素裸に靴下だけを身に着けた間抜けなものであり、その恥も外聞もない恰好でトップアイドルの愛島セシルは男の足元に深々と土下座していたのだった。
 その姿は彼がステージの上で見せる圧倒的輝きも、人としての尊厳さえも微塵もない無様で悲惨なものだった。
 男にとってそれはずっと夢見ていた最高の光景だ。湧き上がる支配感と高揚感に叫び出す寸前で、男は漸く口を開いた。
「これで僕とセシル君とじゃどっちが立場が上か分かったんじゃない? ストリップキメて全裸土下座までしておきながらまだ従うの嫌だって言うんならそれはそれで面白いけど……」
「嫌です」
 饒舌気味に捲し立てる男に対し、セシルは何事もなかったかのように頭を起こすと正面から見据えた。
「嫌に決まっています。恐らくアナタはワタシに強い執着があるのでしょう。……そしてワタシの選んだ道が気に入らなくてこんなことをしているのだと思います。ですが、ワタシはワタシ自身で生き方を決めています。こんな風に無理矢理従わされることはお断りします」
 背筋を伸ばし出来る限り穏やかな語り口でセシルは男へ語り掛けた。それは男が望んだような情けない姿ではなく、一種の風格すら漂う姿だった。
 だが男にその語る内容は一割も届いていなかった。男はただセシルの姿を見ながらひたすらに内心で狂喜する。
 自分が夢見ていた誇り高く、美しく、優しい愛島セシルは仕事用の虚像ではなく真実だったとこの姿で証明されたのだから。
 だからこそ入り混じっていた嘘が何より恨めしい。既に身も心も赤の他人に捧げていた事実が脳裏で幾度も蘇る。
 男は他人を喜ばせる為の夢に踊らされ犯罪行為にまで手を染めた自身の弱さをセシルに擦り付け、身勝手な恨みを深めていた。
「そういう所に嘘つかないならさぁ、せめて彼女持ちって最初から知ってれば僕がこんなことしなくてすんだかもしれないのにね……。あとさ」
「い゛っ!?」
 セシルの躰は再び床に頭を擦り付けた。
「誰が勝手に喋っていいって言ったよ。さっきの偉そうな自己弁護もそうだけど、君さぁ微塵も反省してないよね?ほら、もう一回最初から」
「……は?」
『ほら早く!』
 途端に男の言葉に合わせ、セシルの躰はそれに伴う痛みを考慮することなく、何度も床に頭を打ち付け始めた。
 既に小さな額は赤く腫れ始めている。
「ワタシっ! 愛じっま、セシルは、っ! 今までぇっ!?」
「あっ舌噛んじゃった? ごめんね。床に頭ゴンゴンぶつけながらだとそうなるか」
 途端に躰の支配権が戻った。思わずセシルは自由になった手を口に当てて唸った。痛みにふうふうと気が立った猫じみた声が意図せずして漏れる。
「じゃあやり方は分かったよね。今度はしっかり床に頭擦りつけながら言ってみようか?」
 男が優しく頭を撫でると、セシルは男の手に視線を向けた。目元に薄く涙が溜まっていること以外、セシルは平静を保っていた。その瞳には静かな怒りが爛々と輝く。
 本当に何様なのだろうか。男はその様に思わず苦笑した。
 手の内に堕とされているというのに、思わず見惚れてしまうほど、この青年は美しく力強い意志を見せている。
 こうしてこの無意識の美は様々な人間を虜にし、自分のように唯一無二の関係を求めた人間達の人生を台無しにしてしまう。それなのにその原因は自身の行為の罪深さを理解出来ていない。なんて可哀想な子供なのだろう。
「文面忘れちゃったのかな? 結構長かったもんね。でもそれだけセシル君は罪深いってことだから、まずはこれで浄化していこうね」
 ここで何としても食い止め、更生させてあげなくては。
 そんな身勝手極まりない一心で男は立ち上がるとセシルの頭を踏みつけた。何度も夢に見た指通りの良い黒髪が足裏に絹のような感触をもたらす。
 セシルが無理に暴れようとする度に、それを責めるように男のかけた力が全身の肉を固めた。全身が見えない拘束具で抑え込まれ、ある筈のない重量がセシルに圧し掛かる。
 肉を僅かに動かすことさえ許されない厳重な拘束で、呼吸さえも細く僅かにしか出来ない。そんな状態で指先まで両手を揃え、後孔まで晒す情けない姿を強制される。
 何一つ逆らうことは出来ずにセシルの口からは男が願うままに相応しい謝罪の言葉が溢れ出す。
 大切な人生の一部となっていた生き方を否定し、男に媚びを売らせられる不甲斐無い自身も、それを強制する男もセシルは心底軽蔑した。
「わかった? 今度はもう一度始めから、僕の力借りずに言おうか」
 だからこそセシルは無言で首を振る。だが強制されている体勢では床に頭を摺りつけているようにしか男には見えず、その様に嘲笑が零れた。しかし男もいい加減セシルに意地を張られるのも飽きていた。
「いつまで黙ってんの? 僕にだって限度があるんだよ。舐めてるのかな? 舐められるのは馴れてる方だけど、セシル君も結局そんなことする子だったんだね。そんな子に僕は入れ込んで人生台無しにしたんだな。最低だよ僕の人生。責任とれよ」
 一方的に捲し立てながら男が手を打つと、自然とセシルの手が伸ばされる。差し出された手に男はハサミを投げ渡した。そのまま開かれた鋏は小指を軽く、だが確実に挟み込んだ。まだ薄皮も切れてはいないが、男が命じれば何が起こるのかは明瞭だ。
「ちょっと古い価値観かもしれないけど、僕は結婚するなら奥さんには家庭に入ってほしい派なんだ。そんなに意地張るならまず先に仕事出来なくしてあげるね」
 淡々と語られる内容を聞くだけで全身の膚が泡立った。
 二度とアイドルとして活動出来なくなるほどに肉体を破壊しようと男が目論んでいることは明らかだ。男が得意げに語る間、躰も魔力も何一つ応えてはくれない。
 セシルは男の横暴を受け入れるしか道はない。
「大丈夫、切り落とすとかじゃないからね。ただ二度と人前に出られなくなるだけだから。ほらぁ、カメラでアップになった時に傷跡残ってるアイドルとか皆嫌でしょ? まあセシル君が意地張ってでも全身の皮膚鋏で剥きたいって言うなら……」
「分かりました。……っ言います、言いますから!」
 食い込んだ刃に唸りながら、セシルは男を制止した。自分の容貌が変化することや痛みが恐ろしいのではない。
 二度と仕事が出来なくなる躰にされることに恐怖を抱いてしまった。歩んできた道をこんな形で終わらせたくないと願ってしまった。これからの人生を変わらず歩む可能性を残す為に、これまでの人生を否定させられる矛盾はセシルの精神に重くのしかかる。
 ほんの一瞬とは言えセシルから狼狽を引き出した男は満ち足りた顔でセシルの躰を自由にした。軋むように手足に血が通り始める。
 だがそれもより精神的な拘束を強める為の手段に過ぎない。暫し茫然としていたセシルに、男はそれとなく促した。
 目の前の男から示された辱めにセシルの全身から怒りで血の気が引いていく。
「いつまでボーっとしてんの? あと五秒以内にしないと……」
 だがそんなためらいさえも男は許そうとはしない。形振り構っていられなかった。セシルは自ら膝を屈して手を付き、床に頭を摺りつけた。その肩は恐怖などではなく悔しさと申し訳なさに震えていた。それでも表面上は平静を崩さず、セシルは言葉を紡ぎ始める。
「……ワタシ、愛島セシルは今迄アナタを含む多くの人を……騙して……暮らしていただけでなく、旦那様に反抗までした悪い子です。申し訳ございませんでしたあ゛あぁ!?」
 身を切る様な罪悪感の中で全てを言い終わった瞬間、刃が手に突き立てられた。あまりに予想外の激痛に悲鳴が響く。
「何その蚊の鳴くような声。心から反省してないでしょ」
 男は冷徹に言い放ちながら傷を押さえて悶えるセシルを見下ろす。先ほどまでの鼻に付く冷静さは失われ、苦痛と驚愕が入り混じったセシルの表情に男は思わず噴き出した。
 人として当然のその反応さえ、男は嫌々でも〝言った〟からこそ許されると思う傲慢さと解釈していた。
「ほらもう一回、出来るまでやるからね」
「……っ……う……」
「ボケっとしないで。返事は?」
 手から鋏が引き抜かれ、意図せずセシルの躰が再び鋏を構える。強制される自傷行為を眼前にして、セシルの表情に初めて怯えが滲む。
「……はい」
 少しあどけなさが残るその表情に男の情欲は更に掻き立てられていく。そして再び、セシルはあの恥ずべき卑猥な文面を最初から最後まで言わされていた。その度に男は難癖をつけ、鋏で躰を傷つけさせた。
 本来であれば痛みで力の緩む筈の自傷行為だが、躰の主導権が他人にある状態ではどれほどセシルが痛みを感じようと関係ない。食い込む刃の勢いは増していき、赤い血が指を伝って床に垂れた。

「ぎっあ゛あぁあぁあ゛あっ!」
「〝惑わせて〟じゃなくて〝騙して〟だよね。何勝手に変えてるの? 作詞してんじゃないんだよ。反省の気持ちがないからこんな文章も覚えられないんだよ?」

「やだっ……今のは間違えてなっあああ゛あぁっ!」
「反省してる声色じゃない。僕をゴミ虫とでも思ってるんでしょ。そのゴミ虫に負けてることいい加減自覚しようね」

 滅多に使われない台所で錆びていた鋏は深く躰を傷つけることは出来なかったが、だからこそ表皮の神経をゆっくりと抉り、痛苦の時間は長く延びていく。
「ひい゛っいいぎぁああ!」
「また声が小さい。そんな絶叫出来るのになんで謝罪は声が小さいんだよ。腹の底から声出して」

「なんで……ぐっ……う゛うぅうう゛!」
「土下座の姿勢が崩れてた。ちゃんと手足揃えてよ。そこまで面倒見てあげらんないよ」

 男は幾ら不満があろうと決して短くないその謝罪を必ず最初から最後まで言わせた上で罰を与える。間違えていた、声が小さい、姿勢の崩れ、一度指摘した内容でも出来てなければ幾度も繰り返される。男の感覚でほぼ全て判断される罰の基準は滅茶苦茶で、その行為は横暴そのものだった。
 漸く終わったかもしれないと希望を僅かに抱かせた上で与えられる痛みはより強く肉体と精神を抉る。喉が枯れるほど何度も何度も絶叫させられた内容は嫌でも脳裏に刻み込まれる。
 今までの人生が間違っていたという罵声、男に何度も誓わされる服従、長い手足を小さく折りたたんだ謝罪の姿勢。
 そして逆らった瞬間の激痛。何もかもが惨めだった。
 喉が裂けるのではと思ってしまうほどに最初から最後まで絶叫し通し漸く許された時には、セシルの体内時計で数時間もの時が過ぎていた。
 男は汗みどろで荒い息を吐くセシルを見て、自ら傷つけさせた骨張った手へ視線を向けた。何か所も皮が剥かれて薄桃色の肉が見え、切り傷が幾重にも刻まれていても、美しい手は彼が所属していた階級を今も尚伝えている。
 その情景には高根の花を自らの手に奪い去り、思うがままに所有する悦びと背徳的な興奮があった。
「こんな服もういらないよね。次着る服はウエディングドレスなんだから」
 男はセシルの手から鋏を奪い取ると、彼が身に着けていた服を出来る限り細かく切り刻み、生ゴミ入れへと投げ捨てた。
 男の思考の異常性が突きつけられる中で、セシルは口腔が異常なまでに乾いていることを自覚した。言動も行為も全てが気持ち悪い。情欲と怒りという相反する感情を向けられ、抵抗を許されない恐怖は加速度的に増大していく。

「……じゃあ本番といこうか。セシル君が思ったより鈍いからもう僕我慢できないよ」
 再び躰が勝手に動き始める。やはりセシルが幾ら力を込めようと無駄だった。下手に言葉で抵抗してまた自傷行為を強要されるのも避けたかった。
 何をしても無駄ならば、せめて男が悦ぶような反応だけはしまいとセシルは口を閉ざし無言を貫いた。
 両手の指は根元までしっかりと組まれ、後頭部へと置かれる。手へと付けられた傷口に指が食い込み、溢れた血が腕を伝っていった。体格の男らしさとは裏腹に、人前に出るが故に毛の剃り落とされ手入れされている褐色の膚は女のように艶めかしい。
 足は直角に曲げられ腰を落とし、関節が軋むほど開かされた。俗に言うがに股、腋や胸元、恥部に至るまで男としての弱点を全て晒した間抜けな体勢で、セシルは一切の抵抗を封じられていた。
「はぁ……。これが君の躰なんだね……本当に綺麗だ……見ていた通り……可愛いよ……」
 男はブツブツと呟きながらセシルの躰へと手を伸ばす。
 絡みつくような視線に沿って芋虫のような男の太い指が躰を這っていった。日本に来てから軟化したとはいえ、セシルは元々ごく一部の相手を除いて積極的に他人と肉体的な接触をする方ではない。育った環境もあるのだろうが、限られた友人や恋人にだけ彼はそれを許していた。
 だからこそ、身勝手に膚へ男の指先が触れるだけで、ぞっとするような不快感が全身を駆け巡る。男の荒い息が耳元の空気を湿らせ、セシルは思わず顔を背けた。
 だがそのような漏れ出る嫌悪さえ、男を悦ばせていることにセシルは気づいていなかった。
「髪の毛もサラサラだし、顔が本当に綺麗だね……そっぽ向かれてると鼻筋通ってるってよく分かるなあ。でも『こっち向きなよ』褒めてんだよ? そうそう、良い子だね。 睫毛も長いし唇も艶々してて……嗚呼この目だよ! 本当に色が変わるんだね、それにこんな綺麗な顔してるのに僕よりずっと鍛えてて凄いよね、ああでも……ふふっ、案外乳首は可愛いんだよね。セシル君ってあんまり脱がないからさぁ貴重なんだよ。褐色膚だと乳首の色が分かりやすくって良いよね……あっ!」
 まともに抵抗出来ないのを良いことに、好き勝手に批評していた男は顔を輝かせた。
「本物のアグナタトゥーだ……本当にタトゥーなんだ!」
 褐色の膚に刻まれている高貴な紫紺に男は手を伸ばす。
 何度夢に見たか分からない紋章は、男にとって痛ましくも妖しく映っていた。
「……汚い手で触らないでください」
 その時セシルは咄嗟に口を開いた。
 汗ばんだ男の指が鎖骨に触れている。そのまま下に降ろせば男は容易に王家の証を穢せるだろう。だが男は考え込むようにその手を放した。
「ふーん、汚い手ね」
 男が手を打つとセシルの躰は更に腰を落とし、後ろに転がる寸前で固定された。体勢の安定の為に掛けられた負担で太腿は小刻みに震えている。それでもこちらを見下ろす男を睨もうとセシルが顔を上げた瞬間、男はファスナーを降ろし下半身を露出した。
「ひいっ!」
「汚い手が嫌ならもっと汚いモノで触ってあげるよ」
 男はセシルの肩を決して逃さないよう両手で押さえつけると、陰茎をタトゥーに擦り付けた。この為に体勢を変えさせたのだと気づいた瞬間、陰茎からは先走りが溢れ出し彼に刻まれた誇りを穢していく。その様はセシルのすぐ目の前で繰り広げられていた。見る間にセシルは血相を変える。
「今すぐやめなさい! やめろっ! よくもこんなことを!」
「うるさいなぁ、こんなの君のファンならみんなやりたがってるに決まってんだろ。厭らしい位置にタトゥーなんか彫る君の国が悪いんだよ、売春婦の一族か何かか?」
「ばっ……!?」
「でもさぁ本当に王族でアイドルなんだね。……中途半端なんだよ。将来あの子と子作りして未来の王様産むんでしょ? よりにもよってアイドルしてる時に嫁さん探しすんなよ! 何の為に日本に来たんだよ、一体どんな経緯だよ……王子様なら素直にそれだけやってたらさぁ、僕がこんな風に人生棒に振らなくてすんだのに! ……なら僕が相手になってもいいよね、なってあげるよ。アイドルも王子様も何もかも辞めて二人で幸せな家庭築こうね」
「いい加減にしなさい! それ以上国とワタシ達を侮辱したら絶対に許しません!」
 耐え難い恥辱とセシルの事情を顧みない男の勝手な言い分は、セシルの怒りに触れるには十分過ぎた。
 思わず声を荒げるセシルを見下ろしながら男は嘲った。
「許さないとどうなるの?」
 男が腰を引くと先走りが男根とタトゥーの間に汚らしい橋をかける。
「そんなの決まってえぇえ゛ええ゛っ!?」
 セシルが振り切るように身を揺すって言葉を続けようとした瞬間、男の脚がセシルの股間を蹴りつけた。
 男として共通の弱点に与えられた激痛に、宣言しようとしていた高潔な文句はただの悲鳴へとすり替えられる。
 それでも体勢を固定されたままでは痛めつけられた部位を押さえることも出来ず、セシルは直撃した痛みに無様に身悶えるしかなかった。
「こんな何もかも丸出しでイキっても面白いだけだからさ。やめてよほんと……お腹痛い……」
 部屋には男の勝ち誇った笑い声が煩いほどに響く。
 狙い通りに辱められ、未だ尾を引く痛みと屈辱にセシルの怒りは更に掻き立てられていった。
「ごめんね。次世代作る為の大事な金玉蹴とばしちゃって。……あーあ腫れちゃって痛そう」
 男は馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、腫れあがったセシルの陰嚢をわざと強く撫でまわした。
 痛みの残る箇所に無遠慮に触れられ、セシルは微かに呻き声をあげる。意図せずとも呼吸が早まり、肩を揺らした。
 これ以上無様な姿を晒すまいと項垂れて耐えているセシルの様子を見ながら、男は煙草に火を付けた。安い煙の臭いが部屋に満ち、セシルは軽く咳き込みながら眉間の皺を更に深くする。
「ねえセシル君。これから君を灰皿にしようと思うんだけど、煙草押し付けられるの、タトゥーと亀頭のどっちがいい?」
「……は?」
 セシルには男の言うことが理解出来なかった。否、理解したくなかった。男は満面の笑みで、まるで今日の夕食でも聞くような調子で言葉を続けた。
「本当はタトゥーに押し付けてその綺麗な模様ぐちゃぐちゃにしてやろうと思ったんだけどさぁ、そんな怒るくらい大事なら選ばせてあげようと思って。僕って優しいよね」
 この男はどれだけ自分を愚弄するのか、何が優しいのか、そんなものどちらも嫌に決まっている、瞬時に脳裏を駆け巡った意見を口にした瞬間、どのような酷い目に合されるかセシルは学習させられていた。不甲斐無い自身への悔しさに視界が歪みそうになる。しかしどれほど痛みが伴おうと、セシルが取れる選択肢は一つに決まっていた。
「……き、亀頭にお願いします」
 羞恥のあまり詰まりそうになる喉を必死に動かした。
 卑猥な懇願自体を恥じているのではない。こんな男に従わされ破廉恥な懇願をさせられている事実に、セシルの頬は赤らんでいた。
「ん~聞こえないな。何か言うときは大きな声でって最初に散々教えたのにまだ分からないの? 本当に頭が悪いね」
「そん……な……」
 だが男は笑みを崩さないまま無情に言葉を返した。灰が床へと零れ落ちる。
「お返事がないってことはどっちにもしてほしいのかな? セシル君は頭悪い上に我儘なんだなぁ。いいよ、煙草なんて何本でもあるし付き合ってあげ……」
「待ってください! やめて! 亀頭です! 亀頭が良いんです! ワタシの亀頭を灰皿にしてください! どうかお願いします!」
 胸元に迫る火を見た瞬間、セシルは声を張り上げ男に思いつく限りの嘆願を叫んだ。絶叫。そう例えるに相応しい声が部屋に満ちる。最初の懇願に含まれていた僅かな躊躇さえ男は許さなかった。セシルは誇りを捨て、恥も外聞もなく叫んで目の前の男に媚びる。そこまでしないと許してもらえなかった。
「偉い偉い……。出来るんなら最初っからそうすればいいんだよ。じゃあお望みどおりに」
「う゛ぁっ!? いあ゛ぁああ゛ああぁああ゛あっ!」
 過敏な粘膜に火を押し付けられて、耐えられる訳がない。
 常人であれば耳を覆いたくなるような悲鳴が響く。
 赤く残った痕に男は煙草を執拗に擦りつけた。
 男の追い打ちにセシルは歯を食いしばり、これ以上声を上げまいとしていた。しかし荒い息が零れ、限界まで目が見開かれている状態では悲鳴が出ようが出まいが大して差はない。衝動を逃がす為に暴れようとする躰の震えは与えられた痛みがどれほどのものか男へ的確に伝えている。
 カシャリ、と乾いた音がした。
 セシルが思わす顔を上げるとフラッシュの光が瞳を射抜いた。
「セシル君があんまり情けないから写真撮っちゃったよ。ほら、可愛いでしょ」
 見せつけられた画面には痛ましい火傷痕の残った男性器の写真が表示されている。
 そのまま男が画面をスクロールすると、目に涙を溜めて茫然としたセシルの顔が映っていた。
「君の彼女もこんなセシル君の写真は持ってないよね。こんなことしたのも全部僕が初めてでしょ? 顔見れば分かるよ。折角だから僕達二人だけで写真撮影会しようね」
 そう言うと男はあらゆる角度からセシルの躰を記録に残していった。顔を反らそうとしても髪を無理矢理掴み上げて固定され、必ずセシル本人が映っていると分かるように写真は撮られる。
「やめてください。ワタシはそんなこと嫌です! 撮らないで!」
「はいはい、そのままじっとしててね」
 セシルの意思を尊重する者などこの場には誰もいなかった。シャッターを切られる音が響く度に、セシルの眉間へ皺が寄る。最低の行いを続ける男に躰を晒していることも、形としてこの時間を残されることも全てが苦痛だった。
 だが、ずっと思い続けてきた肉体を前にして自重できる者などいない。男は写真を撮りながらセシルの膚を撫で擦り、その躰を存分に堪能していた。
「はぁ~っどこもかしこも本当に可愛いんだねセシル君は……しかし外人さんはチン毛処理してるって本当なんだね。幾らデカかろうがこんな赤ちゃんみたいな股ぐらだったら滑稽だと思うんだけど」
 下腹を男の手が這い、思わず鳥肌が立つ。無心でやり過ごそうとしても時折髪を引かれる痛みが絶望的な現実へとセシルを引き戻した。
 好きでもない男の前に裸体を晒し、弄られる屈辱はいつまでも彼を痛めつける。だがセシルの内心がどうであれ、既に彼の躰は支配下に置かれ、男の人形同然だった。
「笑ってみようか。折角可愛い顔してるんだから。……ねえ『笑え』って言ってるんだよ」
 男の言葉に反応し、口角が醜く吊り上がる。声さえ出ない完全な肉体の支配。最早セシルはやめてほしいと願うことしか許されなくなった。
「ね、これだけ見るとセシル君がノリノリでこんな写真撮ってるみたいじゃない?」
 全裸で間抜けなポーズを取り到底人には見せられない顔を晒している画面内のセシルは、誰がどう見てもまともではなかった。それを見たセシルの頬は羞恥で僅かに紅潮し、一気に青ざめた。その様を見ながら男はゲラゲラと下品な笑い声を垂れ流した。
「絶対に無理だろうけど逃げたらすぐにこの写真ネットにばらまくからね。事務所の力でもみ消そうが、僕の力で何度でもばらまき直してあげるから」
「……っ」
「ニヤニヤして黙ってても分からないよ。喋っていいから返事は?」
「……もうこんなことはやめてください」
『返事は?』
「そんなことしなくても……、ずっと一緒です……。…可愛く撮って頂き……ありがとうございました……」
「次もっと嬉しそうに言えなかったらその格好で街中練り歩かせるから」
 言わされた文言を絞り出すセシルを見下しながら、男は写真を保存した。たった数時間でセシルの尊厳は滅茶苦茶に破壊されていた。
 そして男はこのようにして誰も見たことがないセシルの姿を強制的に引き出し、掌握していく度にこれ以上ないほどの快感を得ていた。愛島セシルという存在を自らの手に握り込み、押し潰していく背徳感と虚無はそれだけでも充分な興奮材料だった。それなのにセシルは今も尚、精一杯の抵抗を垣間見せてそれに抗おうとしている。ここまで甚振っても何も諦めない姿は男を痛烈に煽っていた。
 だが、そこまでしてセシルが抵抗し、戻ろうとしている理由は一つだ。嫌でも解ってしまう。あの女。舞台袖で見たあの光景、仲睦まじい甘い空気を思い返す度に薄暗い感情が沸き立つ。これまで与えた恥辱は他人の金と人生を弄び、甘い汁を啜ろうとした罰だというのが男の理屈だった。
 男は人生を棒に振った。次に人生を蹂躙されるのはセシルの番なのだ。
「じゃあそろそろセシル君も怖いのや痛いの嫌だろうから、楽しいことしようね」
 その言葉から次に何をされようとしているのか察しがついてしまった。
 もう何もしないでほしい。そう思って力無く首を振るセシルの願いも虚しく、男は次の命令を口にした。
『セシル君って今まで何人の女食ってきた? オナニーしながら教えてよ』
「絶対に嫌です。……嫌っ! どうして自分の力をこんなことにしか使わないのですか!」
 どこまでも下劣で最低な命令に吐き気が込み上げていく。
 だがそんな高尚な感情を抱き続ける暇も無く、セシルの両手は下腹部へと伸びた。支配を打ち破る隙もないほど男はセシルの全てを見ている。足を開いた姿勢では擦るだけでも自慰を見せつけるような形になってしまい、それが更にセシルの羞恥を煽った。
「……っワタシが今まで付き合ったのは、一人です」
「一人だけなんだ! 一途で可愛いね。あの彼女?」
 思わずセシルは男を睨みつけた。このような卑怯で下劣な精神の男が恋人について言及するという事実だけで不快だった。だがその凛々しい表情も下肢を無理に擦り上げながらではあまりに滑稽で、男の表情は緩むばかりだった。
「図星なんでしょう、分かりやすいねぇ。その顔と立場じゃ女の子食い放題だったろうに。ほらほら睨まないで、可愛い顔が台無しだよ」
 いっそ滅茶苦茶に犯すなり、殴られるなりされる方が余程マシだった。男の考える命令はそうさせられている情けない自分をはっきりと認識させるだけ、余計に惨めさが募っていく。そんな状態で、更に人に見られているのでは躰も反応する訳がない。萎えた其処はどれほど擦ろうが力無く垂れたままだった。
「セシル君はオナニーも下っ手くそじゃん。その年なんだしやり方くらいは分かるでしょ」
「……無理です。質問には答えたのですからいいでしょう」
「いい訳ないよね? 自分が中々勃たない不能だからってふてくされてんじゃねえよ」
 男はセシルの頬を張った。だがセシルは醒めた目を男へと向けていた。男の精神性を軽蔑していることをセシルは隠そうともしていない。寧ろ男の殴打は、身体的な力は大したことはないと認識させる結果にしかなっていなかった。
「……もしかして春歌ちゃんとヤッてて、オナニー練習する暇なかったとか?」
 だがその問いを聞いた瞬間、セシルの躰が僅かに震えたのを男は見逃さなかった。
『何で黙ってるんだよ、はっきり言ってよ!』
「……はい。ワタシは春歌と、その、セックスをしていました」
 セシルの回答に男は舌打ちで答えた。侮蔑を含んだ眼差しがセシルを睨む。だがセシルが感じている怒りはそれ以上だった。白状させられた事実にセシルは音が鳴るほどに奥歯を食いしばる。
 彼女との精神的な繋がりを確認する為の行為を、男が単なる性欲処理として貶めようとしているのは明白だ。
 それも自分の口でそんな歪めた内容を言わされることへの怒り、もし躰が自由ならば掴みかかることも厭わない気迫が部屋に充満していく。
「はぁ~……そっか、やっぱりかぁ。はっきり言われると本当にキツイなぁ。……何その顔は? ヤリまくってたのは事実じゃん。で、どうやってあの子とヤってたの?」
 男の問いにセシルの目が見開かれる。それだけは絶対に明かしたくなかった。咄嗟に舌へ歯を立てて押さえ込もうとしたが、勝手に動こうとする躰にそんな抵抗は無駄だ。
 瞼にキスをして、抱き締めて、服を脱がせ合って。途切れ途切れに絞り出されるその声は怒りと無力感に震えていた。一晩での回数、一カ月の頻度、体位、前儀の順番、掛ける時間の長さ、何もかも細かな所まで男が望むままにセシルの記憶は吐き出される。どんなに親しい人間にも決して明かさなかった二人だけの秘密。
 それを意志に反して、淫猥に誇張した醜聞として垂れ流してしまう苦痛にセシルは打ちのめされていた。
 男はその様を見て下種な笑みを強めていった。セシルの聖域を握り込む喜び、そして目の前の青年が他人の物だった憎しみが入り混じり、痺れるような情感が全身を貫いた。
「これこれ、こういうのが聞きたかったんだよ。雑誌でもさぁちょっとエッチな話題になるとカマトトぶって適当にごまかしてたのセシル君の悪い癖だよ? 全部分かっててやることやってんじゃんこのエロガキ。何がピュアだよクソッ……クソッ……こんな奴に僕は……」
 男は悔しげに頭を掻き毟っていたが、セシルにはそんなことはどうでもよかった。
 彼女の膚の細やかさも、潤んで此方を見つめてくる瞳の美しさも、紅潮した頬も、遠慮がちに上げられる嬌声も、包まれる温もりも、何一つ渡したくなかった。
 そんな強い拒絶感とは裏腹に大切な秘密を男に自ら明け渡していく悔しさに視界が歪む。
「ごめんなさい……」
「それは僕に謝ってんの? それとも彼女ちゃんに? いや言わなくていい。聞きたくない。だけどさぁセシル君、そんなこと言ってしっかり感じてるじゃん。悲しむか盛るかどちらかにしなよ」
 身を切るような罪悪感に苛まれながらセシルは項垂れた。
 男の指摘に何も言い返すことが出来ない。恋人との行為を思い返しながら膚を滑る指は自然と同じ軌跡を描き、躰は意志に逆らい勝手に息を荒げていたのだから。
 既に陰茎は質量を増し、先走りが手を穢していく。男として当然の生理反応とはいえ、躰が目も当てられない痴態を晒しているのは紛れもない事実だった。罪悪感に手を止めようとしても、男がそれを許さない。
「やめてっ……! っあ…、ああっ! ごめんな、さっ……嫌だぁっ!」
 嬌声と謝罪が入り混じる悲痛な声を聴きながら、男はこれ以上ないほどの優越感に浸っていた。
 手が届かない存在だったあの愛島セシルが、自分が今迄してきたものの何倍も惨めな自慰に興じている。
 これが復讐と言わずに何と言えるのか。どんなステージよりも素晴らしい光景に男は興奮を隠さなかった。
「へぇ~こんな風に腰振ってたんだ。彼女ヒイヒイ言ってたでしょ、もう二度と出来なくて可哀想だね」
 セシルが無垢な彼女にどのようにして快楽を教え込んだかを、男は特に詳しく聞いていた。春歌が処女だったことも、感じやすい躰だったということも赤裸々に明かされていく。男はそれらを暴かせることで、若い恋人達の行為を踏み躙っていった。今後セシルがどう生きようが、彼の幸福な記憶にはこの恥辱が永遠に染みついたのだ。
 セシルの瞳が憎悪を滲ませて男を睨んだ。初めて見るその表情を見ながら男は溢れる手汗を拭く。これほどの憎しみをあのセシルから受けたのは自分が初めてに違いない。
 自分がセシルの〝初めて〟になったという感動に男は打ち震えた。
 だが語られる情景からどうしても見えてくるものがある。
 二人で強く繋がれた手、交わした口づけ、決して痛みを感じないようにと願って触れられる柔らかな躰。
 そしてそれを口にする度にセシルの瞳に一瞬宿る色。
 世界でただ一人への想い。その一端、一番大切な想いを暴いていく度に男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 セシルが一瞬息を止め、指先の動きが早まっていく。
 絶頂が近いのだと男はすぐに悟り、俯くセシルの髪を慌てて掴み上げた。
「顔隠しちゃ駄目だよ。ほら、彼女でもないおじさんの前でイキ顔晒してみようねぇ」
「いいかげ……んにぃ、う゛ぁっ! こんなの、嫌っ……だ……ぁ!」
 怒りのあまり声が上ずる。だが普段の行為を的確に再現させられている今、指は一番良い部分を絶妙な加減で擦り上げる。それを好奇の目で見る男の視線に羞恥を掻き立てられ、熱は加速度的に増していく。
 セシルは最後まで自分の躰に抵抗した。
「ふっ…っ……ぐぅうう゛ううっ!」
 噛みしめられた唇からは血が垂れる。口に溢れる鉄の味を感じながらセシルは男から目を反らした。我慢し過ぎた分だけより多くの白濁が手を伝っている。
「可愛かったよ~セシル君っ! 顔真っ赤にしてイク時躰がピーンってなっててさぁ、セシル君もなんだかんだ言ってただの男の子なんだよね。ドスケベで本当に良かったよ」
 目を爛々と輝かせて話す男の一言一句を聞く度に吐き気がした。そのまま男はセシルの手を取ると、伝う精液を音を立てて啜る。
「ひっ!」
「これがセシル君の味なんだね……ほんのり甘くて滑らかで美味しいなぁ…アイドルってこんな所まで俺達一般人とは違うんだね……」
 汚らしい中年男に精液の味を評される悪夢のような情景。
 寧ろ悪夢の方が余程マシだった。
 ただ見ているしか出来ないセシルを見て、何を勘違いしたのか男は満足げに微笑んだ。
「そんなに自分の味が気になるのかな? いいよ、教えてあげる」
 手に残った精液を男は口いっぱいに含むと、セシルに顔を近づけた。その瞬間セシルは自分が何をされようとしているのか理解してしまった。
「やだっ! それだけは嫌! やめて! いやぁああ゛ああぁああっ!」
 首を振って絶叫するセシルの頬を男は両手で押さえると、その唇に吸い付いた。男の口臭と精液の臭いがセシルの口内を通って鼻腔を満たす。それだけで気が狂いそうなほど不快で気持ちが悪いのに、すぐさま男の唾液が混じった自身の精液が流れ込んだ。呼吸さえ気遣うことなく流れ込む汚液は喉を塞ぎ、食道と気道の両方に向かう。呻き声を上げながら悶えるセシルとは対照的に、男は初めて感じるセシルの体内を存分に味わっていた。
 逃げようとする舌を絡めとり、歯列を舐め、粘膜の僅かな隆起まで感じながら、自分とセシルの唾液を攪拌して決して取れないよう擦り込んでいく。男が漸く口を離した時には、セシルは窒息寸前と容易に分かるほど顔を赤らめて激しく咳き込んでいた。
「きゃ~っ! セシル君とキスしちゃったよ。僕、キスって初めてだったんだよね。セシル君の神聖なお口穢しちゃってごめんねぇ。でもまさかファーストキスの相手がセシル君になるなんて夢みたいだよ……」
「……こんな無理矢理するキスに価値なんてありません」
 流し込まれた汚液ごと吐き捨てるようにセシルは呟いた。
 冷え切った瞳が男の固くなった表情を映す。蹂躙され、未だ残る悪臭と感触に吐き気が込み上げる。
 あまりに非道なやり口に振り切れた怒りは、逆にセシルを冷静にしていた。当然、そんなセシルの様子を男が気に入る訳がない。男が指を鳴らすと躰に加えられていた力が解ける。
 長時間無理な体勢を強制されていたセシルは床に崩れるように倒れた。
「ぐ……う゛っ!」
 なんとか起き上がろうとするセシルだったが、その前に男に髪を掴み上げられた。
「セシル君が気持ちよくなったんだから次は僕の番だよね。そうでしょ?」
 言葉こそ優しかったが、目を見て問いかける男の顔は鋏を投げつけた時と同じように狂気の色を孕んでいた。
 唾液に濡れたセシルの唇を男の太い指がなぞる。
「この口で僕を騙したり、彼女にチューしてたんだね。もう二度とそんなこと出来なくしてあげる」
 そう言い放つと男は自身の陰茎をセシルの眼前に突きつけた。セシルの其れには及ばないが、相当の大きさを持つ陰茎は、漸く収まった吐き気がぶり返すほどの悪臭を放っている。まともに洗っていないことは容易に推測出来る惨状だった。
 亀頭にはチーズ状に固まった恥垢がそれを証明する様にびっしりとこびり付いていた。それを見せつけられるセシルの顔には冷たい汗が伝っていく。男は優しくセシルの頭を撫でると口を開いた。
『舐めろ』
 セシルの口が自然に開かれ、薄桃色の舌が男の物へ迫る。
 その行為をセシルがどう思っているかは見開かれた目から一目瞭然だった。躰の主導権を奪われ、言葉の形をなくした悲鳴が響く。セシルにとっての無二の聖域、それを自ら穢させる背徳感に男はそれだけで絶頂を迎えそうなのを必死で堪えた。口づけも贖罪として課した行為だったが、男を見るセシルの目は折れない意志を変わらず湛えている。
 だからこそ、より滅茶苦茶にしてやりたくなるということを、セシルは理解出来ていない。そしてどうすればよりこの青年を傷つけ、貶めることが出来るのかを男は長年の研究で完璧に理解していた。
 くちゅりと音を立ててセシルの舌が男の物に触れる。
 そのまま口へ迎え入れると丁寧に舐めていく。男は此方を見上げてくるセシルの目じりを拭ってやった。
 苦しいのだろう。彼の目元には薄く涙が溜まっている。
 セシルの愛撫は稚拙だったが、あの愛島セシルが自分の為に跪き、奉仕しているというだけで十分に快楽が得られる。男はその優越感だけで射精しそうだった。唾液を擦り込んだ時のように決して落ちないよう腰を動かして肉の感触を刻み込んでいく。

「チンカスくらいならあらかた取れたかな。ほら、口いっぱいに溜めたの見せてよ」
 セシルが口を開くと、唾液と老廃物の混合液が糸を引く。
 真っ赤な粘膜へ黄身がかった恥垢が一面にべっとりと張り付いていた。これ以上開けば顎が外れる寸前まで開かれた口はその悲惨な様を容赦なく露呈する。
「あんな恰好よくお歌を歌ってた子が惨めなもんだよねぇ」
 男は声一つ出せないセシルを鼻で笑った。
『じゃあそれ全部食べてね。舌で磨り潰して、よ~く味わって食べなきゃ駄目だよ』
 言われた通り、舌が強制的に男の味を教え込む。塊を押し潰すと、溜め込まれ腐った独特の酸味が溢れ出した。
粘度の高い恥垢は歯の隙間にまで入り込み、噛めば噛むほど悪臭を垂れ流す。セシルはその細かな滓さえも吸い出し胃の中へ収めていった。セシルの精神が如何にそれを拒もうと、完全に支配下に置かれた躰は本能的な拒否反応さえ出来ない。
「どう? 美味しいでしょ。セシル君のこと考えてたら何日も熟成させちゃってさ、だからこれは自信作なんだよ。食べられて嬉しいね」
 感想が聞きたいな、と呟きながら男が手を打つと漸く躰の主導権がセシルへと戻った。
「んげぇえ゛えっ! むぐぅ、う゛えぇ……おげ、え゛……っ」
 途端にセシルは激しく咳き込み、未だ残る感触を必死に振り払おうとした。
 だが恥垢は残らず体内に取り込まれており、唾液が布団に染みこむばかりだった。
「まずくて、気持ち悪い……こんなものを食べさせるなんて正気を疑います……」
「は? 違うでしょ、これほど美味しいもの私の今迄の人生で食べたこともありませんでした。この馬鹿舌に最高の滋味を教えて下さりありがとうございました、でしょ?」
「……誰がそんなことを」
『じゃあ彼女の手料理とチンカスどっちが美味しい?』
「……っチンカスです」 
「ぎゃはははははは! ば~~っかじゃないの!」
 思う通りのことを口走らせ笑い転げる男の声が鳴り響く。
 セシルは身を震わせて俯いた。噛みしめられた唇から血の味が広がっていく。
 だがセシルがそのように激高するほど、男は増長していくこともセシルは分かっていた。それでもどうしようもない怒りが精神を押し潰していく。
「それじゃあフェラ続けてもらおうか。今度は僕が満足するまでやってね」
「むぐぅ!?」
 男は喜色満面で再びセシルの口に自身の陰茎を押し込んだ。予告もなく無理矢理行われた行為に息が詰まり、身悶えるセシルの頭を押さえ込むと男は腰を動かし始める。
「仕方がないけどさぁセシル君のご奉仕やる気ないんだもん。こうやって! 喉まで使って! やるんだよ!」
 まともな抵抗など何一つ許されることなく、セシルはただの性具として貶められていた。歯を立てることさえ禁じられているのを利用し、歯列の感触まで使って男は快楽を得る。亀頭が口蓋を擦り上げ奥の粘膜を殴る度に、セシルは苦しげに喉を締め付けた。
 それは催眠など関係ないただの反射だったが、男は気にいったらしく何度も気道を塞ぐように欲望を叩きつける。
 セシルはせめて息を継ごうと溢れる先走りを自ら音を立てて飲み干していく。
 それがどれほど無様で滑稽な情景かも考えている余裕などなかった。
「ほら出すよセシル君! 僕のだってしっかり分からせてあげるからね!」
 男の叫び声を聴いたセシルは血相を変えた。だが操られた躰は男の亀頭を最奥まで深く咥えこむ。
「やあ゛あ……や゛、えぇ……」
 絞り出した僅かな懇願など、何の意味もなかった。
 汚らしい音を立てて白濁が注ぎ込まれる。尚も男はセシルの口をティッシュ代わりに残滓を拭き取ると、漸く陰茎を引き抜いた。
『吐かないでね。飲み込んで口の中を僕に見せて』
 今にも喉までせり上がる胃液を押し戻すようにして、セシルは男の精液を飲み干した。そのまま荒い息を吐きながら口を開く。途端に男の臭いが染みついた口臭が部屋へ垂れ流された。だがセシルの口内には一滴たりとも精液は残っていなかった。
 自身の排泄物が残らず飲みこまれたことを確認した男は満面の笑みを浮かべて頷く。セシルは生理的な涙を目に溜めたまま男を見返していたが、削ぎ落とされていく尊厳に疲弊しきっているのは明白だった。
「じゃあ、もう一回よろしくね」
 だからこそ男に掛けられた言葉にセシルは目を見張った。
 男は僅かに垣間見えたセシルの恐怖心に興奮を煽られていく。
「こっちが何回セシル君で抜いてると思ってるの? 君を想えば幾らでも出せるんだよ。それだけ最高のオカズなんだって自覚を持って生きていこうね。それに教えたことは出来るようになるまでやらなきゃ。幾らでも付き合ってあげるからね」
 そう言うと男は嫌がるセシルの口内に陰茎を挿入した。
 それから何度口淫を強制されたかセシルはすぐに分からなくなった。それほどまでに男は執拗にセシルを責めたて、自身の種を擦り込み、飲み込ませることに執着していた。
 男はセシルの内心さえもある程度分かるらしい。僅かでも歯を立てて抵抗などしようと考えれば、喉の最奥まで陰茎が突きつけられる。そのまま本当に死ぬ寸前まで陰茎を抜いて貰えなかった。
「おええ゛ぇっ……あ゛……もう、むうう゛ううぅ!」
 口づけし、皮を剥き、音を立てて擦り上げる。達する兆候が見えれば亀頭を飲み込んで待ち、残滓まで残らず吸い出し、零れ落ちる隠れていた恥垢まで丹念に味わう。酸味と苦味が合わさり、喉奥にぶちまけられる汚濁は残らず体内へと吸収されていく。
 セシルにとって最も大切な場所へ自らの遺伝子をまき散らす背徳感に男は夢中だった。男が興奮の絶頂へと登り詰める度に、セシルの精神は悲鳴を上げ追い詰められていく。
 この対比こそ男の興奮に拍車をかけた。自身がいた世界とは正反対の構図。男が天国を見れば見るほどに、セシルは地獄へと叩き落される。
 まさに夢見ていた復讐の実現だった。
「はぁ~気持ちよかった……。ほらもう一回セシル君口開けて見せてよ」
 何度も口淫を強制され続けた結果、促されて開いた口には飲み込み切れなかった男の精液と恥垢が何重にもこびり付いていた。歯の隙間にさえ男の陰毛が何本か絡みつき、悪臭を漂わせているその姿は哀愁さえ漂う。
「純情めいた顔してこっちが専門みたいなお口になっちゃって、汚いねぇ。そんな口で称える歌とか歌われても君の所の神様も大迷惑だと思うよ」
「………っ」
 図星を突かれたのか、セシルも最早男を見ようともせず俯いた。そんな所まで知られているのかと思うと寒気がした。少年の面影を残す肩は僅かに震えている。
 自分のせいであの愛島セシルが傷ついているという事実を見せつけられ、黙っている男ではなかった。
「何被害者ヅラしてるんだよ、お前」
 男はセシルの腕を掴んで揺すると布団へ押し倒す。
 既に体力も気力も擦り切れているセシルがまともな抵抗など出来る訳がなく、男の意のままに横たわる。そのまま男はセシルの口へ再び陰茎をねじ込んだ。
「セシル君の綺麗な顔面をおじさんの汚い下半身で押し潰しちゃってごめんね! でも何度言ったら分かるんだよ、元々セシル君が全部悪いんだよ! これは贖罪なんだよ! 分かれよ!」
 男の言葉はセシルにとって支離滅裂でしかなかった。
狂気と欲情を孕んだ目がセシルを睨む。それを見て意図せずとも恐怖の色を浮かべるセシルを見ながら、二人の間には永遠に分かり合うことの出来ない溝があることを男は思い知る。度重なる行為で男も既に限界だった。何とかして自分を押しのけようとするセシルの腕を押さえながら男は絶叫した。
「出すよセシル君! 誰と付き合ってようがセシル君の口便所に出来るのは僕だけだから!」
 男が叫ぶと同時にじょぼじょぼと音を立てて尿が迸った。
 また精液を飲まされるものと思い込んでいたセシルは全く違う量と感触に液体を逆流させていく。
『ふざけんな! 飲め! 全部飲むんだよ!』
 途端に躰は喉を鳴らして汚液を飲み込み始める。それでも叩きつける様な勢いで噴射される其れに追いつける筈もなく、形の良い鼻からも尿と鼻水の混合液が噴き出した。
「ごぼぉっ!? う゛おぇえ゛えっ! やあ゛ああぁっ! もうや、がはっ、ごほっ、お゛おおっおおっ!」
 溺れないようにする為、命を守る為にセシルは自ら男の尿を必死になって飲み込んでいった。それに追い打ちをかけるように男は陰茎をセシルの喉奥に押し込んでいく。
 溢れたあらゆる体液がセシルの顔を穢していった。男が漸く腰を上げた時、現れたのは酷い顔だった。
 強い光を宿していた瞳は半ば虚ろで辺りを彷徨い、鼻も口も尿と精液でベタベタに汚れている。だらりと舌を垂らして微かに呼吸するその姿からは、セシルとすぐには分からないだろう。
「うっわ~アイドルにあるまじき顔。このお顔も写真撮っておこうね」
 男は写真を撮ると、セシルの隣に横たわった。今日はこれ以上続ける体力は男に無い。男はセシルを抱き寄せると耳元で囁いた。
「じゃあ僕のオシッコかかった口で、春歌ちゃんとチュー出来るもんならしてみてね」
 半ば意識を失いつつあるセシルにとって、その言葉はまさに呪いだ。行き場のない感情が津波のように押し寄せる。
 だが、それが実体化する前に男はセシルの瞼を閉ざした。


 酷い夢を見た、と思いたかった。今も尚、躰に纏わりつく他人の体温と口内に残る激臭。それは昨日受けた暴行をはっきりと思い出させた。
 兎に角口を濯ぎたいとセシルは願った。そんなことをした所で根本的には何の解決にもならないことは分かっていたが、それでもこのままでいるよりは余程良かった。
 隣の男はまだ眠っているらしく、一定の呼吸が顔に当たっている。まだ怠さの残る躰をそっと動かした瞬間、より強い力で抱き寄せられた。身を固くするセシルに男はためらいもなしに深く口づけた。
「ぶぐうっ!? むっぐ……うおぇ!」
「おえっとはまたご挨拶だね」
 男は不満げに眉を寄せたが、もう一度セシルを抱きしめた。その存在を確かめるように二本の腕が躰を這っていく。肌を通じて伝わる鼓動が、全身の膚が泡立つほどに嫌悪感を伴って感じられた。
「本当に夢じゃないんだね……セシル君は本当に此処にいるんだ……おはよう。君とおはようのチューするのずっと夢だったんだよ」
 口に多量に残る尿独特の味さえも気にせず恍惚としている男に対して、セシルの表情は暗い。男の話を無視して、セシルは逃げ出そうと躰に力を込めている。それでも僅かに身じろぎする程度で精一杯だった。忌まわしい力は未だに躰を拘束し続けている。どうやら男に反抗できないことは変わらないらしかった。
「こうしていると本当に新婚さんになったみたいだよね。セシル君」
「……ワタシはアナタのものではない」
 セシルは掠れた声で呟くと男から視線を逸らした。セシルの意志を無視し、男の勝手な理屈を振りかざされるだけで吐き気が込み上げる。男はそんなセシルの様子に噴き出すと愛しげに頭を撫でた。指通りの良い髪が男の太い指に纏わりつく。
 本当の恋人同士であれば親愛の情を交わす為の行為だが、セシルにとっては男との上下関係を教え込まれる屈辱的な行為に過ぎない。それでも所詮今のセシルは男のされるがままだった。
「もう君は僕のものなんだよ。馬鹿な子には分かるまで何度でも何度でも教えてあげるから」
 腕により力が籠められ、男とセシルの額が触れ合う。花嫁修行の続きしよう、と目の前の悪魔が囁いた。

「前にもちょっと言ったけど、僕は結婚したら相手に家庭に入ってもらいたいんだ。だから家事はある程度出来るようになってね」
 男が身を起こすと昨夜の行為でどろどろになった布団が露わになる。あらゆる体液を擦ったそれは元の色を判別することが困難なほどに酷く汚れていた。
「だからまずはこの布団洗濯して」
「洗濯……?」
 セシルは拍子抜けしたように目を瞬いていた。やり方くらいは知っている。カバーを外して洗濯機に洗剤と入れてスイッチを押せばいい。今まで呑まされてきた滅茶苦茶な要求に比べれば随分と優しい方だ。下手に抵抗して昨日のような目にあうことだけは避けたかった。嫌々ながらもカバーへ手を掛けると男が笑顔で声を掛けてきた。
「違うよね? セシル君やり方分かってる?」
 男が手を打つとセシルの躰は即座に四つん這いの体勢になる。
「なっ……!? まさか、ぶぐう゛っ!」  そのままセシルは布団に顔を埋めると口に含み、染みこんだ汚液を吸い上げ始めた。男と自分の体温で中途半端に温められている其れは、ただ流し込まれた時よりもはっきりとあらゆる苦味を伝える。固まっていた精液が次第に粘度を取り戻していくのを味合されるだけで眩暈がするようだった。絞るように布団を噛み、汚れを薄めるように自らの唾液を吐き出して舌で伸ばす。染み出る液体の感触が舌だけでなく全身をも蝕んでいった。喉を鳴らして汚濁を飲み込む度に精神が音を立てて軋む。
 自分自身を穢していく屈辱。そして昨夜の男の言葉がセシルの脳裏に何度も蘇る。もう二度と――と考える度に気が狂いそうだった。男に言われるまでもない。受け入れさせられている汚辱は彼の身も心も容赦なく穢していた。思わず歪みつつある視界を、セシルは布団に顔を深く埋めることで消し去ろうと試みる。こんな卑劣な手段で傷ついてしまっていることも、それを男に知られることも全てが嫌だった。
「随分綺麗になったね。偉いよ、セシル君」
 相当な時間をかけてセシルが舐めていた布団に男は愛しげに頬ずりした。男の頬にセシルの唾液が糸を引いて付いているのが見える。その光景だけで胃が痛むのをセシルは感じた。
「じゃあついでにこれも洗濯よろしくね」
 そして男は追い打ちをかけるように、床へ放り捨てられていた自分の下着を拾い上げた。恐らく何日も洗濯してないであろう其れは鼻が曲がるほどの悪臭を垂れ流している。それだけでなく、男が昨日散々染みつけた先走りと精液で固まっていた。
「ヒィッ! 嫌っ、そんなの嫌です!」
 漸く責め苦が終わったと無意識的に安堵していたセシルに、男は容赦なく喉奥にまで下着を押し込んだ。
「はい、さっきみたいによ~く噛んで洗濯してね」
 唐突に喉の奥まで布に塞がれ、先ほどまでは自由に出来ていた呼吸さえ塞がれてセシルは半狂乱で首を振った。鼻から僅かに取り込まれる酸素にまで、男の精液の臭いが感じられる。思わず吐き出そうとした瞬間、男の足がセシルの口を踏みつけた。
「うごっ!? お゛あぁ、い゛あああぁ! やえ゛おっ!」
 そのまま床へと倒れ伏したセシルは口を踏まれたまま躰を暴れさせたが、手も脚も拘束されていないのに男へと届くことはない。男は悠々とセシルの顔へ体重を掛け続けていた。
「セシル君はお洗濯までお口で出来て偉いねぇ。人間洗濯機って言っても過言じゃないよ。セシル君のお口は便器も洗濯機もやって忙しいね」
 人の顔を、それも己の顔立ちを商品にしているアイドルの顔を踏みつけ、蹂躙する快感に男は微笑む。男を見上げるセシルの目は苦痛に濡れていた。
 口内の水分を含み次第に溢れ出る精液の感触と窒息の苦しみに脳を犯される。気道を刺激しながら喉を通る汚液に咳き込むことさえ出来なかった。顔を踏みつけられて見下され、強制的に刻み込まれる一方的な被虐感にセシルの頭は正気を保つので精一杯だ。
 男が飽きて足を離した時には、眠ったことで回復していた体力も殆ど削り落とされていた。
「もうへとへとみたいだけど大丈夫? 本当にセシル君は駄目だなぁ。まあいいや、家事は追々覚えていってね」
 男はセシルが吐き出した下着をさも当然のように履き、そのまま服を身に着け始める。
「じゃあ昨日の続きしようか。君が可愛い奥さんになる為の練習だからね、頑張って」
 狂っている。
 普通の人間の外見をした男が、セシルにとって今やどんな怪物よりも恐ろしかった。男はここまで歪んだ理由はセシルと春歌のせいだと言う。だからこそ、その愛を貶めてセシルを自分だけのものにするのだと。自分達の愛はここまで責められなければならないほどに罪深かったのだろうか、とまで思いかけてセシルは首を振る。そんなことは絶対にない。想いあうことが罪だと何も知らない男に裁かれる謂れなどどこにもない筈だった。
 しかし倫理も常識も歪んだ四畳半の空間で、セシルが次第に追い詰められているのは紛れもない事実だった。
 男はセシルを背後から抱きしめると肌の感触を確かめるように撫でまわす。荒さを増していく男の息が首筋に掛かった。どれほどそれを不快に思おうが躰は拘束された様に重く、男のされるがままだ。
「昨日セシル君のオナニー見てて思ったんだけどさぁ、セシル君って自分じゃ乳首殆ど触らないんでしょ。だからこんな綺麗な色してるんだ」
「いっ……」
「ほら、どう?」
 男の両手が乳首を摘まみ上げる。力の込められた其処には痛みだけが走る。まるで玩具を扱うかのような乱暴さに背を丸めてそれから逃れようとしても、男の手は離れることなく正確に愛撫に似た加虐を続けた。
「聞いた限りじゃ春歌ちゃんとヤる時も主導権譲らなかったみたいだし、こんな風に自分がされるなんて夢にも思わなかったでしょ、ほら」
「……こんな行いと一緒にしないでください」
 耳元で囁く男の唇をセシルは冷たい目で睨む。そしてセシルは男をこれ以上増長させないように口を引き結んで黙り込んだ。僅かな痛みなどセシルにとってどうでも良かった。それよりも優越感を押し付けてくる男の態度こそ何より不快だった。
「うーん……うるさくないのは良いんだけど、少しは可愛い声が聞きたいなぁ」
 ある程度弄っていた男は手を離すと立ち上がった。支えを失ったセシルは人形のようにその場に倒れ伏す。今は自分の躰を支える自由すら与えられていないという事実に、セシルは顔をしかめた。
「あったあった、高いお金払ったんだし効果あるといいな」
 男はビニール製の手袋をはめると、怪しげな瓶を取り出し中のクリームを手に擦り込む。そしてそのままセシルの胸元に手を這わせた。指先に与えられた滑りは痛みを和らげていく。
「……んっ、何…を……」
 そして自身の感覚が急速に変化していることにセシルは気づいていた。くすぐったいなどどいう可愛らしいものではなく、確実に性を意識させる感覚。
「お~効いてる? 感度が上がる媚薬ってやつ、本当にあるんだね」
 男が指先を胸板に埋めるだけで頭の先まで痺れる様な感覚が走り抜けた。焦らすように、乳輪を円を描くように撫でられ、喉を晒して呼吸を整えようと躍起になっているセシルを見て、男は上機嫌に微笑んだ。
「こういうのって僕の力使ってもいいんだけどさぁ、もしも僕自身が居なくなっても僕はセシル君には〝残るもの〟をあげたいんだ」
 とろとろと粘液状に溶けたクリームが流れる。それを男は染みこませるように完全に勃ち上がった乳首を中心に塗り広げた。たったそれだけで、暴れ出したくなるほどの快楽が襲う。
「ほら、『春歌ちゃんにやってるように触ってみなよ』」
「ふぐう゛うううぅう゛うっ!?」
 勝手に動く両手が先端を摘まむとそのままくりくりと動かした。セシルは顔を赤くして必死に歯を食いしばる。頭の中にまでギリギリと歯が鳴る音が響いた。それでも、こんな最低な手段で迫る目の前の男を喜ばせたくないというその一心でセシルは激感を表に出すまいと耐えていた。
 だが男からはセシルの下半身が明確に反応しているのが見えている。幾ら努力してもどれほど感じているかは一目瞭然な、男としての身体構造。寧ろそうして耐えようとするほどに滑稽さを増している皮肉をセシルは理解する力を既に失っているのだった。
「うっわセシル君って案外愛撫激しいんだね。引くわ」
 清楚に見える子ほど淫乱なんだなぁ、と呟きながら男はセシルの乳首に床に落ちていた洗濯バサミを挟んだ。
「んぎゃああ゛ああぁああぁあ゛っ!」
 薬で過敏になっている状態で唐突に耐えられた強すぎる刺激に、セシルは耐えきれず悲鳴を上げる。強すぎる快楽に歪んだ声は男の優越感を満たしていく。
 あれほど凛々しかった青年にちっぽけな自己がここまでの変化を与え、自分色に染めたという事実はこれ以上ないほどに男を興奮させた。
「はい、もう片っぽもね」
「ダメッ! やめえ゛ええぇえ゛え゛ぇええ!」
 まともな感覚であれば激痛が伴う筈のその行為にさえ、狂わされた感覚は雷に打たれたような感覚を運ぶ。反射的に腰が浮き、自然と足が開かれる。汚液塗れの布団に埋まる後頭部と爪先だけで躰を支える間抜けな体勢で、震えながら激感に耐えるセシルの顔を男は覗き込んだ。
「うわ~鼻水まで出ちゃって酷い顔。セシル君、涙目だけど大丈夫?」
   既に疲労困憊で荒い息を漏らすセシルは、男の粘液塗れの手が下半身に向かっていることに気づけなかった。殆ど何も感じなかった乳頭でさえここまで乱れさせられているのだ。男としての一番の性感帯に塗り付けられればどうなるかなど、火を見るより明らかだった。
「う゛あ゛あぁあ゛あああぁあ゛ぁあああ!? やめろ゛っ! やだっ! こんなのっむい゛ぃ!」
 狭い部屋に絶叫が響き、精液が飛散する。
 それに追い打ちをかけるように男は皮を剥き、過敏な先端の粘膜に爪を突き立て、陰嚢を揉み、裏筋を擦り上げた。
 一度絶頂に登り詰めた躰は感度が滅茶苦茶に上昇している。だからこそ今、そんなことをされれば耐えようとする意志など何の役にも立たなかった。
 耐えるという意識さえ持てないまま、ただ激痛にも似た快感を逃す為に叫び、男の手を何度も白濁で穢した。暴れようにも躰は重く、男からも、自身を責め苛む感覚からも、逃げることなど出来はしない。快楽に躰を縛り付けられ、指一本動かすことも出来ないまま、真正面から絶頂の衝撃を受け止めるしかセシルには選択肢は残されていなかった。
「想像してたよりず~っと可愛い声で鳴くんだね、セシル君。こんなにあんあん喘がされるのは初めてでしょ。感じてるのが分かる素直な子はおじさん大好きだよっ!」
「い゛ぎゃあぁあ゛あぁあ! ん゛っあ、もうさわらな゛いでえ゛ぇえ! お゛っ? がぁああ、あ゛ああぁああっ!」
 胸の頂を転がされ、陰茎を擦られる度に脳裏が白む。どちらか片方だけでも頭がおかしくなるほどに感じてしまうのに、同時に行われればひとたまりもない。
 寧ろ同時に触れられることで感度が相互に引き上げられ、最悪の相乗効果を生み出していた。無様な制止も懇願も男の興奮を盛り立てる一助にしかならなかった。粘膜から吸収された媚薬成分は激しくなる鼓動と共に全身を巡り、今まで通っていなかった箇所にまで快楽を繋げていく。そうして何度目かも分からない絶頂にセシルは叩き上げられた。
 恋人と二人で登り詰める幸福感など微塵もない、一方的に屈服させられる苦しみがセシルを何度も打ちのめした。
「あ~あ、春歌ちゃん用の子作り汁散々無駄打ちさせちゃってごめんね。まあこれからは使い道無いただの愛液になるからどうでもいいか……」
 男はセシルを抱き起こすと、顔にまで飛び散っている精液を音を立てて舐める。セシルはゆるゆると首を振って逃れようとしたが、男は事も無げに上気した頬の熱さを舌先で感じていた。目線を虚空に漂わせて腕の中で荒い息を吐くセシルの姿はこれ以上ないほどに男の征服感を満たしていった。
 それから始まった矯正はまさに地獄だった。一切の抵抗を塞がれたセシルは男の言う〝花嫁〟に相応しくあるように徹底的に躾けられた。僅かでも言葉を荒げれば殴られ、少しでも抵抗すればまた劇薬を塗り込まれ声が枯れるまで鳴き叫ばされた。
「う゛わぁああああ゛ぁああっ!」
 まともな精神の人間ならば耳を塞ぎたくなるような絶叫が狭い部屋に響く。ぺしゃりと情けない音を立てて床に白濁が垂れ落ちた。
 自身の生臭さが周囲に充満する屈辱。足を閉じられないように押さえ込まれ、開かれた恥部に男の太い指が絡みつく。溢れ出るセシルの悲鳴に殆ど気を止めることなく、男は絶頂に至ったばかりの過敏な陰茎を擦り上げ続けた。
「いい加減にい゛、うあっあっあ、あ、おおぉおお゛おっ!」
 何度目かの連続絶頂に叩き上げられたセシルは叫び声を上げながら背を反らせ、少しでも快楽を逃がそうと試みる。
 そんな必死の抵抗も傍から見ればそれは背後の男に体重を預け、躰を開いている無様な姿にしか見えなかったが。
「まだ旦那様に対する口の利き方がなってないね。何回教えても分かってくれなくて僕悲しいよ」
 汗に塗れた首筋に舌を這わせながら男はため息を吐いた。指が止まり、解放されたセシルは乱された呼吸を何とか整えようとしていた。突然日常から切り離され、一方的な恨みを延々と投げつけられながらも、彼はまだこれ以上の醜態を晒すまいとしている。その気位の高さと意志の強さに男は目を見張った。
 男は背後からセシルを抱きしめ、ねぎらうように躰を撫でる。身を清めることも許されていない膚には脂が浮き、独特の体臭を放ち始めていた。
「本当にセシル君はダメな子だなぁ。でもそんな所も可愛いね。全部僕のものなんだよ。永遠に僕だけのものだよ。大好き。愛してるんだよ」
「……訳が分からない。ワタシのことを想っているなら、もうこんなことは止めてください」
「ッ誰のせいだと思ってるんだよ! セシル君が悪いんじゃないか。僕を騙して、あんな女と勝手に幸せになって、僕のことも馬鹿にしてたんだろ。あの時も! 今も! セシル君は……セシル君だけはそんなことしないって信じてたのに………!」
 男がセシルを突き飛ばすと、彼は呆気なく床へと倒れ伏した。呼吸を繋ぐ度に僅かに胸が上下する以外は痙攣すら出来ないほどに見えない力で抑え込まれた人形同然の躰。
 それでもセシルの目は男への軽蔑で冷めきり、はっきりと意志を伝えていた。男が何を叫ぼうが、セシルから男に向けられているのは拒絶以外の何物でもなかった。
 それは逆上した男に命じられて服従を誓わされ、床に口付けをしても変わらなかった。染みついた汚物と埃の味を如何に感じさせようと、男がセシルの心に触れることは決して出来ない。男に出来ることといえば、セシルを追い詰め引き摺り出した苦悶に己を慰めることだけだ。
 それでも男は諦めることが出来ず、無意味な行為に時間を費やしていた。セシルは背後から抱きしめられて愛撫されながら、大好きだよと恋人同士のように何度も歪んだ愛を囁かれる。それでセシルが少しでも疲弊すれば最早それでいいのだ。その行い自体は虚しく、哀れで、至極単純だった。
 可愛いね。誰が何と言おうが君は僕のものだからね。僕だけのセシル君、好きだよ。そんな内容を脳内に擦り込むように何度も耳元で囁かれる。だがたったそれだけでも、何時間も、何十時間も続けられると拷問と何も変わらない。閉め切られた薄暗い部屋に閉じ込められて、自由を奪われ、延々と擦り込まれる認識に意識が朦朧とする。容赦なく奪われる体力は男の言葉を拒み続けるという簡単な行為さえ行うことを困難にしていた。それを振り切る為に違うと声に出すだけでも殴られ、蹴られ、快楽で弄られる。その間さえも愛の言葉を囁かれながら。掛けられる言葉と行為の矛盾に頭がおかしくなりそうだった。セシルが幾ら男を嫌悪しようと振りほどくことも出来ずに、詰められ甚振られる。その繰り返しだ。
 男はセシルを既に自分の所有物として扱い、傍に置いていた。それに抵抗し続けるセシルは常に膚に新しい傷を作っていた。劇薬を摂取し続け定着しつつある異様な感度も確実に彼の精神を削り取る。快楽も、暴力も、それらの行為全てに歪み切った情念が込められ、それと同じ位にセシルへの復讐の意が込められていた。
 自身の人生を捻じ曲げた青年の人生を今度は自分が台無しにしている事実。互いに運命を歪め合っているという独りよがりな快楽を男は存分に堪能していた。
 これは公平化なのだ。今まで高みに居た分だけ底辺へと堕ちる際の痛みは大きい。それだけのことだと、崩れるような悲鳴を上げるセシルを歪んだ倫理観で見ていた。
 だからこそ男はセシルに休息さえも許さなかった。
 男は眠りに落ちている間がセシルにとっても休息の時間となったのは最初の一日だけだった。主導権を奪われた躰は男の命令で眠りに落ちることさえ出来なくなった。
 悠々と惰眠を貪る男の隣で、操られた躰は惨めな自慰に興じた。どれほど耐えようとしても一番良いやり方を知り尽くしている自身の躰は、簡単にセシルを裏切り白濁を垂れ流す。達した分だけ部屋にはカルキ臭が充満していった。そして朝目覚めた男から、絶頂に至った回数を詰られ、罰と称してセシルは躰を傷つけられるのだった。
 最初は頬を叩かれる程度だった。次の日は全身を達した数だけ足蹴にされた。その次の日は部屋に転がっていたビール瓶で殴打される。次第に行為は激化していった。男に何度頭を下げさせられ、自傷行為を強制されたかセシルは覚えていない。男性として当然の生理反応を暴行への理由へと変えられる度に痛ましい悲鳴が部屋に満ちる。そのまま男から愛を囁かれ、劇薬を注がれると悲鳴は嬌声へと移り変わった。
 だがその声に含まれる悲痛さは何一つ変わらず、彼を知る人が聞けばセシルがどれほど苦しんでいるかは明確に理解出来た。そして狂った感度を定着させ、人として当然の安息さえ許されないと突きつけられる長い夜が来る。躰は自らを責め苛み、再び目が眩むほどの快楽が襲う。
 だがそれと同時に殴り続けられるような頭痛と吐き気が続いていく。投与され続けている薬の重い副作用だ。それでも次の日の罰が少しでも軽くなるように、激痛と快感の濁流を必死で塞き止める。地獄だった。
 こんな一日が幾日も繰り返されれば、セシルに待っているのはより深刻な気力の低下だ。
 この狭い部屋の外では一体何日経過しているのか、分厚いカーテンと雨戸で閉じられた窓から推察することも出来ず、セシルは組まれていた仕事について考える。
 以前から準備していた舞台、撮影が進んでいたドラマ、特集が組まれる筈だった雑誌、そして近いうちに完成する筈だった新曲。それを何よりも楽しみにしていたであろう人は今、どれほど悲しんでいるのだろうか。そう考えるだけでセシルの心は深く沈んでいった。
 だが、そんな物思いに囚われることも男は許さず、此方を見ろと延々喚き散らしていた。用意されていた居場所を奪われ、日に日に衰弱していくセシルを見ながら男はなけなしの自尊心を満たしていく。一人の青年が追い詰められ、心も躰も壊されていく情景。それはそのまま男がセシルという存在を力で征服していく過程だ。セシルが過労で床に倒れ伏す度に、男はその様を嗤った。
 睡眠自体を禁じられた躰は目を閉じることも出来ず、視線は虚ろに彷徨っている。男はその姿を好んで写真に収めた。疲弊し悲しみ少しずつ絶望に侵食されていく表情。彼に近い人々でさえ、誰も見たことがないその顔。今切り取ったこの瞬間は、男だけが独占し、愛し、見つめている愛島セシルなのだ。
 男自身の手で現像された写真は次々と壁に張られ、色あせたセシルのポスターを埋め尽くしていく。自身の過去と今に見下されながら、その中心でセシルは視線を虚空に彷徨わせていた。
 そのようにして毎日続けられる行為と薬の副作用によって小さかった乳頭も確実に肥大化し、小指の先ほどの大きさにまで膨れていた。目に見える肉体の変化はそれだけでセシルの恐怖を煽った。淫猥な乳頭と肌に刻まれている大量の痣、艶やかな刺青の対比は、自らの業が作り上げた一流の作品だと男には思われた。その肉体に触れるだけで、セシルは熱い息を零す。
「あっ……あ、ああぁああっ……ん…っ……い、やだ……」
「何が嫌だよ、こんなに気持ちよさそうにしてるのにさ。しかしセシル君って乳首随分大きくなったけど、これで君の国の法衣でも着たらもうただの変態だよね。見てる人もドン引きだよ」
 男が胸ごと持ち上げんばかりの強さで乳頭を摘まみ上げると、セシルの瞳孔が恐怖で引き締まった。
「ひいっ!? うるさ……いっ、そんなっの、アナタには……関係ない……!」
「それもそうだね。セシル君は何もかも辞めて僕だけのセシル君になるんだから」
「そういう意味では……!?」
 ここまで追い詰められて、尚も反論しようとするセシルを男は鼻で笑うと、彼の肩を抱いた。まるで恋人に対するような仕草に、セシルは嫌悪を隠そうとはしない。この男からの僅かな身体接触さえ不快そのものだった。
「じゃあそろそろ本格的に僕の〝女〟にしてあげるね」
 セシルの躰が再び男の都合の良いように動いていく。間抜けな蟹股は夜間の自慰でも散々取らされた姿勢だった。この屈辱的な体勢を取ることに慣れつつある現状に、セシルは思わず首を振る。この異常性に鈍くなっていく精神を必死に叱咤した。男と同じように下品に、そして男が望む通りの淫乱に自身が堕ちていくことなど決して許せなかった。ましてやあの男の女扱いされることなど言うまでもない。状況も、言葉も、態度も何もかもがセシルの神経を逆撫でしていた。
 だが男はそんなセシルに気を留めることなく、床にペット用のシーツを敷き、その上にバケツを置いていた。
「まずは本番の前に準備をしなきゃね。セシル君は男同士でエッチなことする時の準備って知ってるかな?」
「……知りたくもありません」
「分からないんだ。そりゃ彼女持ちの男の子にとっちゃ使い道ない知識だもんね。じゃあセシル君はこれから実戦でお勉強出来るんだ、良かったねぇ」
 男は注射器にも似た容器を取り出すと、多量の液体を其処に詰め込んだ。それだけで過去に受けたあらゆる仕打ちが連想され、セシルの表情に恐怖が滲んでいく。
「じゃあセシル君、覚悟はいい?」
 セシルがその言葉を理解する前に、男は浣腸器をセシルの後孔に押し込んだ。そんなことを聞いたのはあくまで男の興奮を引き立てる為で、セシルの覚悟など男にとってはどうでもいい。ずっと触れられなかった、そもそも他人に触れられることを意識したことも無かっただろう箇所に加えられた責めにセシルは思わず呻き声を漏らす。
「う゛っ……あ゛……何を゛っ!?」
 挿入だけでも苦痛であったのに男は追い打ちをかけるように浣腸液を流し込んだ。浣腸器が引き抜かれる異物感に背筋を撫で上げられるような不快感が走る。それが過ぎれば下腹部にずっしりとした重みが残った。今にも決壊しそうな感覚に、今度は何の自由を奪われたのかセシルは理解させられていた。
「何をも何もセシル君だって分かったでしょ。まずはお腹の中の汚いモノをそこに出してすっきりしようね」
 男が指さす先には置かれたバケツが鎮座している。男はセシルに此処で汚らしく排泄しろと暗に命じていた。
 だがそんなことはどんな人間でも受け入れられる要求ではない。尋常ではない拒否感、怒り、嫌悪がセシルの内心で渦を巻いていた。それでもセシルが今動けばどうなるか、結果は分かり切っている。無様な結果だけはどうしても避けたかった。特にこの男の前では。
 セシルは歯を食いしばると、ぐるぐると音を立てる下腹の苦しみに耐え始めた。その顔からは見る間に血の気が引いていく。男は満足げにセシルへ頬ずりすると、彼が耐えられる限界を超えないように膚を撫で始める。脂汗で濡れて妖しく光る躰はそれだけで男の劣情を煽った。軽く下腹を撫でられるだけで切羽詰まった呻き声が上がり、息を吹きかけられただけで唸るような声で悲鳴が上がる。
「まだ音を上げないの? 我慢は躰に良くないよ」
 宥めるような男の声色も不快だった。男はセシルが平伏し無様な懇願を始めるとでも考えているらしかった。もし自分がそんな態度を取ればどれほど男が狂喜するかは明白だ。だからこそそんな反応をして男を喜ばせることだけは避けたかった。排泄の欲求を他人に握り込まれいつか必ず訪れる決壊まで耐え続けるか、男にみっともなく屈し人間らしい場所で排泄させてもらう可能性にかけるか。どちらの道を選んだとしても何らかの尊厳が喪われるのであれば、せめて男に抵抗し続けることをセシルは選んだ。
 男は暫くセシルを罵倒し何とか懇願を引き出そうとしていたが、呻き声以外の反応を示さないことに飽きてきたらしい。深くため息を吐くとセシルに正面から向き直った。
「分かった! 熱意に負けたよ。これからセシル君に浣腸液三本入れるから、耐えきれたらトイレで人間らしく出させてあげるよ」
「嫌です」
「……は?」
「どうせ何か邪魔をしてワタシに恥をかかせる気でしょう。そんなの此方からお断りです」
 呼吸するだけで下腹部が圧迫され、開かされている脚が震える。そんな状況の中で男を見据えるセシルの目は取り乱した色を見せることはなく、冷静に事実を淡々と述べる者の其れだった。わざわざ不利な取引に乗って男を楽しませてやるほどセシルは愚かではない。事実、男はセシルに耐えさせる気は毛頭なかった。だが、それを正面から言及されることは不愉快でしかない。
「僕って信用ないんだなぁ。誓ってそんなことしないよ。ただ入れること以外は何もしない」
 その言葉を聞いた瞬間、セシルに浮かんだ表情は失笑に限りなく似ていた。
 誓い――この何もかも歪み切っている男は一体何に誓っているのだろうか、とセシルはふと考えたのだが、その笑みは惨めだった男の半生に幾度も降りかかった嘲笑を思い起こさせた。
「また……またそんな目で僕を見たな……! 僕のことを舐め腐ってバカにしやがって! 結局お前だってアイドルって幻覚で僕を騙して破滅するのを楽しんでたんだろ!」
 男の激昂はそのままセシルに対する破壊衝動へと繋がっていく。男は浣腸器を取り出すとそのままセシルの後孔へと差し込んだ。内容物が注入されるにつれてただでさえ苦しかった圧迫感が更に増した。喉元にまで迫る胃液をセシルは必死で飲み込んだ。呼吸が乱れ、光彩が限界まで閉まる。その様を見て漸く男は僅かに溜飲を下げた。
「苦しそうだね……折角チャンスをあげたのにセシル君が嫌だって言うからこうなったんだよ? そんなにお漏らししたいならお手伝いするね」
「は……ぁ! ……がっ」
 容赦なく流し込まれた二本目の液体で、セシルの均整のとれた躰のラインが崩れた。腹部は既に外から見ても分かるほどに丸く膨らみ、尋常ではない内容量を伝えている。ここまでされてまだ決壊を迎えていないのはただの意地だった。耐えれば耐えるほどに苦しみの時間は延びることなどセシルにも分かっている。それでも男が悦ぶであろう姿を晒すまでの時間を少しでも先延ばしにしたかった。
「こんなに膨れて……もしかして妊娠かな? いつかこんな光景が見れると思うとなんだか照れくさいね。今の大きさだと三ヶ月目くらい?」
 それでも男のふざけた感想に気を留める余裕がないほどの苦痛が波のように絶え間なくセシルを襲っていた。最初と比べて何倍にも膨れ上がっている内部の重みを括約筋だけで支える辛さは拷問以外の何物でもない。呼吸するだけでも感じられる圧迫される痛みと苦しみ、その様子を見て男は止めをさすべく三本目の容器を取り出した。
「やめ、ろ゛……!」
「誰が同じ容量三本入れるって言ったよ。セシル君のそういう所、案外可愛いよね」
 先ほどまで注入していた物の二倍近い大きさの浣腸器を男は無理矢理押し込んだ。結局取引が成立していてもこれで反故にされる仕組みだったのだ。だがそんなことが分かった所で、受け入れさせられる苦痛が変わる訳では決してない。直腸を超えて大腸、小腸にまで液体が入り込む感覚だけで、胃液と唾液が入り混じった体液が押し出されるように口から零れる。
 まるで体内の臓器が逆流しているような感じたことのない不快感。限界を超えて無理矢理液体が押し込まれる度に下から腹部を拳で殴られるような感覚が貫いた。耐えられる筈もない。浣腸器が抜かれた途端、堰を切るように内容物が溢れ出す。汚らしい音を立ててバケツが叩かれ、シートの色が変わっていく。永遠のような十数秒が終わった時同時に躰を拘束していた力も解け、セシルは膝から崩れ堕ちた。
「アイドルはトイレいかないって言うけど所詮は嘘なんだなぁ。凛々しい顔してくっさいの溜め込んでたねぇ」
 わざとらしく鼻を摘まみながら男が片づけを始めるのをセシルは半ば茫然として眺めていた。苦痛からの解放感と屈辱感の入り混じった奇妙な感覚が脳裏を過る。
 こうなることをセシルは覚悟していたが、それでもその全身からは血の気が失せていることをどうにも出来ぬまま自覚していた。その反応に男は僅かばかりの愉悦を得たが、それでも到底満足出来なかった。セシルは男の策に乗らず、最後まで抵抗し続けていた。その後噴き出す液体の色が変わらなくなるまで卑猥な水芸を強制しても、それは変わらなかった。生理反応を利用され苦しげな様子を見せても、時折見せる突き放すような眼差しを男は消し去ることは出来なかったのだ。
 だからこそより深く、生涯忘れられないほどにセシルを傷つける為、男は次の道具を取り出した。所詮今迄の行為は準備に過ぎなかったのだから。
 男が手にローションを音を立てて垂らすと、セシルの肩が微かに震えた。相手の尊厳と性を最も穢す行為への恐怖。それをひび割れた平静から垣間見た男は、態とらしくセシルの腰に手を滑らせた。
「何怖がってるの? セシル君は花嫁さんなんだから抱かれる側に決まってんじゃん」
 君は僕のものだよ。耳元で男がそう囁いた瞬間、セシルの全身に悪寒が走った。逃げ出そうとする気配を察したのか男はセシルを押し倒し、後孔にローション塗れの指を挿入した。
「離して! そんなことしたくない!」
血相を変えて暴れるセシルを押さえ込み、頬に口づけまでしながら男は悠々と指を動かす。汚らしい水音が響く中で次第に固い肉が裂け、他人が自分の中へ入り込む苦痛に濡れた声が漏れる。
「セシル君のナカあったかいね……」
 長年夢見ていた感触に男は思わず感嘆の声を上げる。セシルの反応からも、肉の感触からも、これから迎えようとする行為がセシルにとって初めてなのは明白だ。セシルにとっての初めてを知る人間に自分自身が成るという興奮に男の呼吸は乱れていく。
「ほら、自分の味分かる?」
 男は指を引き抜くと、セシルの口へそのまま押し込んだ。ローションと浣腸液の残滓の臭いが入り混じり、鼻腔を満たす。舌を引かれ、付着している液体の苦みをセシルは容赦なく教え込まれていた。口蓋を引掻かれるだけでも、呼吸が制限され吐き気が込み上げる。
「おえ゛っ! あ゛あぁ、やあ゛っえ! む゛ぐううっ!」
 そのまま全て入りそうな勢いで男は手を押し込み続けた。それと同時に、空いた手を後孔に伸ばす。慣らし始めたばかりでまだロクに拡がっていない箇所へと再び加えられる圧迫感にセシルは目を見開いて絶叫した。
 生み出される苦痛に全身を支配され、セシルはくぐもった声で喚くことしか出来なかった。後孔を広げられ音を立てて指を動かされたと思えば、喉頭を弄るように触れられ、溢れる胃液を擦り込まれる。上下から刺激され、幾ら抑えても構わず胃の内容物が逆流していく。
「う゛おえぇええ゛っ、げっ……ごほっ、あ゛……お゛おおぉお゛!」
「……汚いな」
 与えられ続けたストレスと直接的な刺激に誘導されて吐き出された物は、出口を塞いでいた男の手をも汚した。勢いを殺された吐瀉物は気道まで逆流したらしく、セシルは鼻腔からも胃液を流しながら激しく咳き込んでいる。
 漸く男の手が離されると、セシルは床に突っ伏した。未だ体内に残っている汚物がボタボタと垂れ落ちる。
「何吐いてるの? 僕とするのそんなに嫌?」
「……ぅ…あ……」
 男がセシルの髪を掴み上げると、憔悴しきった表情が露わになる。積み重なった疲労のあまり男の問いに答える体力もないらしかった。
 ここまで追い詰めているのにセシルの心から締め出されている。そんな現状に男は更に苛立ちを募らせた。このように完全に拒まれてしまっては意味が無い。男はもっと目の前の自分に心を支配されてほしかった。そして跡形も無くなるまで傷つけ、本当の意味でセシルを自分だけのものにしたかったのだ。
 だからこそ心の動きを鈍らせ、苦痛に耐えようとするセシルの反応は到底許せるものではない。そんな本能的な防御反応さえ、男は叩き潰そうとしていた。
「いつまでも嫌がられてもこっちも嫌だし。お薬使おうか」
 男は注射器を取り出すと何の躊躇いもなく腸壁に差し込んだ。針の冷たさが熱い内壁を抉る。薬液が押し出される度にセシルの躰は弾けるように震えた。
 体内に注入された異物がまともな物の筈がなかった。虚ろだったセシルの目の焦点が戻り、光彩が限界まで締まる。霧がかかっていたような意識が一気に醒めていった。注射針を引き抜いた男が再び後孔へ指を押し込むとセシルの様子が明らかに変化した。
「う゛ぁっ……あ、あああぁっあ゛!」
 どれほど力を入れても空を掴むような感覚。掻き分けられる肉の圧迫感にセシルは声を上げた。体力を絞り出し無理にでも声を上げなくては発散できない衝動。苦痛が滲むその声に男は興奮し、更に指を増やした。未知の感覚に変わらない苦しみ、無理矢理増やされる指先の感覚に脳内が掻き回される。
「い゛やあぁ! もう抜けっ、抜いて、え゛! んんっ、あ゛あっひぐっう゛!」
「……いいよ。抜いてあげるね」
 指を引き抜くと、赤い腸壁が僅かに見えた。その色彩に生唾を飲み込むと、男は最早痛いほど身をもたげている陰茎にコンドームを装着していた。
 その様子を見たセシルの表情からは一気に血の気が引いていく。今まで経験してきた性行為とは逆転した課されている役割にも、その相手との合意が一切無いことにも、挿入されようとしている部位の大きさも全てが恐怖の対象だった。
「何故……何故アナタはこんな酷いことをワタシにするのですか?」
「その理由をセシル君が分かってくれないからだよ」
 そう言うと男はセシルを押さえ込み、後孔へと陰茎を打ち込んだ。セシルは男の眼前に喉を晒して苦痛に悶える。
 数分慣らしただけで行われる挿入など無謀に等しかった。感度が上がっていても関係のない切り裂かれる痛みが襲う。いきなり咥えこむには男の陰茎はあまりに太過ぎた。
「……ぁ、い゛ぎっ! 抜いぃ……っ!」
 ただ挿れられているだけだというのに、指と陰茎では全く違う屈辱と恐怖が沸き上がる。それを受け止めさせられるだけでセシルは手一杯だった。男は肉を引き裂き、腰を奥へ進める度に、切羽詰まった呻き声を上げるセシルの反応を楽しんでいた。信じられないほど熱い感触が男を包み込んでいる。ずっと夢見ていた行為の実現に今にも暴発しそうな男のそれとは違い、セシルの陰茎は萎えていた。それすらまるで相手を雌にしてやったように思え、男の歪んだ興奮は更に掻き立てられていく。
「女の子にされた気分はどう?」
「さいあ、くです……!」
 絞り出されるようにして返された気丈な返答に、男は耐えきれず噴き出した。汚らしい嗤い声は結合部からセシルの内部にまで響く。そのまま男は自分の欲望のままに腰を動かし始めた。無理な挿入で切れた傷口からは血の臭いが漂う。押し込まれた亀頭が直腸を歪め、呼吸さえままならないほどの圧迫感を与えていく。誰にも荒らされたことのない肉壁は男の物を強く締め付けた。相手への気遣いなどなく、肉が拡張され抉られていく。限界まで引き抜かれ、杭を打ち込むように挿入される度、串刺しにされるような激痛がセシルを襲った。
「あ゛あぁあああ゛ああぁ! やめろ゛! う゛ぁあっ、ぎゃあああ゛あぁ? ひぐっ、んぎぃい゛いいいぃ! いだぁ、いたいっ! 嫌ぁあ゛ああ゛あああぁ!」
 暴れようと試みても男に両腕を押さえ込まれ、躰に圧し掛かられると身をよじることさえ許されない。直腸への激痛と体内を掻き回される不快感をセシルはひたすらに受け止めさせられた。耳を覆いたくなるような痛苦に満ちた悲鳴だけが彼に許された逃げ道だった。最早耐えるなどという意識さえ持てない。棍棒で内臓全体を殴打されている感覚が延々と続き、正気を保っていられる人間などいる訳がない。上げられる悲鳴は押し付けられる苦しみを、少しでも吐き出し軽減しようとする手段に過ぎなかった。だがその叫び声を聞くだけで男の興奮は更に高まっていく。それだけで極まりそうなほどの快感だった。
 誰かに奪われるどころか、意識さえもされていなかったであろうセシルの初めてに今自分が成り、人生経験を共有しているという歓喜。そしてそれはセシルにとってこれ以上ないほどの苦痛であるという事実。
 完璧だった。人の心を弄び幸福を貪っていた相手にこれ以上ないほど相応しい罰だと男は確信していた。
「苦しい……? 苦しいよね。痛くて、怖いよね。でも全部セシル君が悪いんだよ。セシル君が今までいろんな人を騙してたから。分かる? みんなを代表して僕が君を罰してあげてるんだよ」
「分からない! そんなの、分かりたくもないです!」
 与えられ続けた理不尽にセシルも我慢の限界だった。吐き出していた絶叫はそのまま男への拒絶の言葉へと移り変わる。男は此方への嫌悪を隠そうともしないセシルの頬を優しく撫でた。
「ほら、結局は僕みたいな奴等の気持ちなんて君は分かろうともしないんだよね。ずるい子だ。本当に酷い子だよ。だからこれから一生僕だけが罰して愛してあげるからね。こんなに憎いのに……大好きだよ………」
 噛んで含めるように囁かれる告白にセシルの全身が総毛立つ。執着に等しい愛憎の念に対して、気色悪さしか感じられなかった。そうやって性を穢されたことへの絶望と恐怖がセシルの心を苛んでいた。
 男もそれを理解しているからこそ、この手段を選んだのだ。既に誰かが彼の心を占めていたとしても、こうして自分を刻み込み、強引に此方を向かせるだけで男は幸せだった。それがセシルにとってこれ以上ない苦痛を伴う行為であるほど、男の身勝手な復讐は果たされる。
 告白と両立される性的な責めという手段は男から幾度も受けさせられたが、交わりながら愛を囁かれている今がセシルには最も辛かった。幸せだった記憶を踏み躙り、性行為そのものへトラウマを刻み付けるには十分だった。
 男が腰を打ち付ける度に、脳天まで届く衝撃と共に過去の記憶が思い起こされていく。二人で幾度も抱き合い、好きだと伝え合うだけでも心から幸せだった。愛する人と膚を合わせていく過程を辿り、より深く一つになる行為への喜び。過去にそれを感じたことでこれほどの罰を受けるならば、こんな地獄に選ばれたのが自分で良かった――。そんな考えが過った瞬間、混濁する意識の中で汚らしい水音が内部に響く。男は射精に至ったらしかった。
 陰茎が引き抜かれ、部屋には血の臭いが漂う。切り開かれた孔は羞恥などなくあけすけに中を見せていた。セシルは呻き声を発することも出来ず、ただ荒い息を吐き横たわっている。尊厳も誇りも過去も全てを穢され、塵のように打ち捨てられている姿。男はそれを半ば信じられない思いで見ていた。自分が愛島セシルの全てを奪った。
 男が人生で初めて報われたとも言える瞬間だった。
「……セシル君」
 男はゴムを結ぶとセシルの眼前に突き出した。腸液や剥がれ落ちた皮、血と内容物で粘ついている其れをセシルは無感動に眺めていた。
「ほら、溜まってるの分かる? 僕がセシル君を想って溜めてたザーメンだよ。結婚したらお腹いっぱいになるまで出して孕ませてあげるからね……だから今は」
「んぐっ!? がっ、え……ごほっ!」
 そして男はそのままセシルの口へと使用済みのゴムを押し込んだ。途端に吐き出そうとした口元を男の手が塞ぐ。
「よく噛んで。そして僕とセシル君の味をしっかり覚えるんだよ」
 無理矢理顎を押さえ込まれ、破けたゴムから口内に精液が溢れ出る。喉の奥まで後を引く苦味に、自らの血の味が混ざる。腸液の臭いと噎せ返るような青臭さに呆けていたセシルの意識は一気に現実へと引き戻された。滓が残るほど濃厚な液体が食道を滑っていく。必死に下を向いて吐き出そうとするセシルを、男は強引に上を向かせた。男が力を使わなくとも容易に抑え込めるほど、セシルは衰弱しきっていた。喉が動き飲み込んだのを確認して漸く拘束は解かれる。床へとゴムを吐き出し、セシルは激しく咳き込んだ。せり上げる胃液が喉を焼いていく。再び胃の中身が戻ろうとした瞬間、男は髪を掴み上げるとセシルの口へ陰茎を押し込んだ。
「これがお掃除だよ。春歌ちゃんにもたまにさせてたみたいだから分かるよね? 結婚までちゃんとゴム付けるからさ、せめてお掃除くらいは出来るようになるんだよ」
 髪を何度も強く引かれ、その度に喉奥に先走りが散る。男を拒もうとする生体的な反射は陰茎を締め付け、より興奮を加速させる結果にしかならなかった。歯を立てようとしても躰は命令に従わず、口蓋に叩きつけられる精液を音を立てて飲み干すことしかセシルには許されていなかった。生理的な涙が零れ、視界が歪む。躰を性具同然に貶められる苦しみは何度繰り返されても馴れることなど出来なかった。
 だが、せめて受けることが苦痛だけならばまだ良かったかもしれない。男が再び陰茎を挿入した時、与えられた激痛にセシルは悲鳴を上げた。目の前の男に屈服させられ、自分自身を穢される苦しみに喘ぐだけでも精一杯だった。しかし男はそのままセシルの萎えている陰茎へと手を伸ばした。
「ひ、ぃっ……!」
 全く変わらない激痛と同時に、過敏になった粘膜へ駆け巡る快感が脳を殴る。情けない声を出しているという自覚さえすぐに吹き飛んだ。最初に注射された薬の効果をセシルは嫌と言うほど実感させられた。
「やめてっ! もう触らないで! どこにも触らないでっ、あっあ゛あ゛あぁあああ! い、やっもう……や゛……!」
 過剰なまでに鋭利な感覚は苦痛も快楽も逃さない。男に背後から抱えられ内臓を殴打される痛みで絶叫し、開発された乳頭に爪を立てられ甘い痺れに鳴かされる。
 こんな異常な状況下で確かに反応を見せ始めている自らの躰はセシルにとって恐怖の対象でしかない。傍から見れば、今のセシルこそ男に犯され喜んでいるかのように喘いでいる異常者だった。溢れる先走りの水音が耳障りで仕方ない。男は先走りを擦り込むようにセシルの亀頭を撫で回した。そのまま上下に扱かれると耐えきれず声が漏れる。犯されて苦しい筈なのに、口からはまるでそれを喜んでいるような喘ぎを垂れ流していた。その卑しさ、無様さにセシルは自らの耳を塞いだ。
「初めてなのに感じちゃってるんだ。やっぱりセシル君は卑しい売女だったんだね。……まあアイドルなんてそんな職業か」
「ちがっぁ、あぁああぁああ!」
 男の勝手な言い分に反論しようとする言葉は、嬌声としてその形をなくしていく。苦痛と快楽という相反する刺激を同時に流し込まれる異常さ。それを可能にする麻薬を男は更に注入した。その途端、割れるような悲鳴が響き渡る。切り裂かれて嬌声を漏らし、性感帯を暴かれて絶叫する。
 その様が悲惨であればあるほど、部屋に散らばる避妊具の数は増えていった。既に一線を超えた男に最早怖いものなどない。それから何日もかけて、何度も躰を強引に暴く度に男は心から救われていた。それとは対照的にセシルは輪をかけて衰弱していく。抱くという行為がどれほど相手を貶め傷付けるのか、その好例を男は目の当たりにしていた。それをより悲惨にする劇薬は注射、散布、経口とあらゆる方法で注ぎ込まれる。
 過敏な粘膜へと原液を直接注ぎ込まれ、声が枯れるまで鳴かされたことも一度や二度ではない。ただでさえ滅茶苦茶になっている感度は飛躍的に狂っていった。行為を重ねるうちに痛みと快楽の比率が逆転し始めていることにセシルは薄々気づいていた。異常な日々に順応していく躰。男の前戯で陰茎が先走りを垂れ流すだけで、セシルは目に見えて震えていた。男の言う花嫁へと作り替えられ、以前の自分がかき消されていく。それに対する恐怖はセシルを容赦なく追い詰めた。そんなことを微塵も望んでいない心とは異なり、躰は与えられる陵辱に歓喜していることが傍目にも明らかだった。
「う゛ぁっ!? なっ……あっ、あ、やだっ! ひぎぃ……あ゛ぁああ゛あぁあ!」
 用意していた避妊具も底を付きかけたある日、男の陰茎が下腹を突いた瞬間、セシルの様子は目に見えて変化した。その様を見て男は笑う。セシルを襲う未知の感覚が何か、男はセシル以上に理解していた。
「……やっと見つけたよ! セシル君はここが気持ちいい所なんだね」
「やだっ、やめて! 今は何もしない、でっ!」
 正確に一点を押されると、間接的に前立腺が刺激される。たったそれだけで痺れるような甘い反応を返している感覚に振り回され、セシルは半狂乱で叫んだ。信じられないと言いたげな顔に男は愛しげに口づけた。
「もうイきそうなんだよねセシル君、分かるか? ちんぽじゃなくてもイけるようにしてあげたのは僕なんだよ! 春歌ちゃんじゃない! 僕! しっかり感じろ僕がお前の一部に成った証拠を見せろ! ほらイけ!」
 男の狂気に満ちた快哉が部屋中に響き渡る。下された宣言はセシルにとって絶望でしかなかった。男が自分の一部に組み込まれるという言葉だけで全身の膚が泡立つ。恐怖のあまり最早恥も外聞もなくセシルは下腹部に手を伸ばした。当然それを許す男ではない。
『逃げるな!』
 男の絶叫と同時にセシルの両手が床に叩きつけられる。四つん這いの姿勢を強制され、襲い掛かる衝撃だけが全身を揺さぶった。
「やめでっ、それ以上いや、嫌ですっ! それだけはいやあぁぁあ゛あああ! アナタを一部にした覚えはない! せめて触ってえ゛ぇ! あ゛っあっあ゛おおぉ!」
 必死の懇願は当然のように無視された。脳裏が白み、情けない音を立てて白濁液が床に垂れる。そのままセシルは崩れるように床に付し、絶頂の余韻を味合された。全身を包む甘い感覚は堕落した躰の証明だった。
「……あ……はっ………い゛ぎゃぁ! んぁっ、ひっああ゛っ! やぁああ゛! 待ってくださっ、いま動かないでぇええっ!」
「ダメだよ、こういうのは感じてるうちにしっかり覚えてもらわないと。……良い様だね。ねぇ。君は本当に可愛いよ、セシル君」
 絶頂に至ったばかりの過敏な粘膜を唐突に突かれ、抑える余裕も無い嬌声が響く。その淫猥さに何より衝撃を受けているのは当のセシル自身だった。今まで苦痛を与えるだけだった箇所が性感帯へと合意なく変質させられる恐怖。
 男を受け入れるように変貌している躰とそれを悦んでいるかのように嬌声を垂れ流す自身をセシルは何よりも軽蔑した。そして男はその感情を敏感に察知し、セシルを自分へと引き寄せた歓喜と興奮でより激しく腰を打ち付けた。
「いつでも後ろで感じられる淫乱にするからね。もう君は本当に僕のものだよ」
「嫌ぁあ゛あ! やめて、何もしないで! アナタの、ものではあ゛ああぁあ! ぎひっ、い゛いいぃいい゛いい!」
 半狂乱になって否定しようとする声は強引に嬌声へと上書きされる。普段の絶頂とは全く違う、長く、呆けるような感覚に耐える方法さえ分からずに翻弄されていった。セシルの背は限界まで反らされ、足の指が曲がる。快感と絶望が入り混じった声は閉め切られた部屋に無様に反響した。
そのまま男は何日もかけてセシルに後孔で抱かれる快楽を教え込んだ。最早薬を使う必要もないほどに感覚は狂い、指先が入り込むだけでも声が漏れてしまう。男の慰み者に堕ちた事実と申し訳なさにセシルは引き裂かれる寸前だった。避妊具の袋が開けられる音を聞くだけで、声も無く血の気が引いていく。強制的に刻み込まれる快楽は苦痛と何ら変わりない。肉体的な痛みが精神的な痛みにそのまま置き換えられただけだ。

「ああ゛ああぁっ! あっ、い゛、ぎいいいいぃ! はっ……ぁ……ああっ!」
「絶景、絶景。すっかり立派な淫乱になっちゃったね」
 セシルは男の上へ跨り、自ら腰を動かしていた。それを強制している男は床に寝転び、羞恥に染まっている表情を存分に眺めている。静寂に包まれた部屋に結合部から水音が響いた。それに合わせるように漏れる嬌声をセシルは最も恥じていた。
 だがセシル自身のペースなど微塵も考えられることなく、擦り込まれる快感に声を抑えることなど、とうに出来なくなっていた。息を吸うだけでふいごで空気を流し込むように躰の熱が燃え上がる。頭上から落ちてくる汗を男は満足げに舐めとった。
 抵抗も出来ず全身を紅潮させるセシルの瞳はやや虚ろだ。そこには男の姿も含めて具体的なものは何も映っていない。だが、愛や喜びという抽象的なものが宿っている訳でもなかった。暴れることさえ出来ず、ただ男に奉仕しているという事実を噛みしめ続ける地獄。
「こんな姿を彼女ちゃんが見たらどう思うだろうね?」
「……っ!」
 男が春歌に言及した時だけ、セシルの目に光が戻る。これほどに無様で浅ましい姿を他の誰よりも見られたくない。だがそれと同じ位にセシルは春歌に焦がれていた。
 尊厳も自由も何もかも奪われた状態でセシルの命を唯一繋ぐ望み。もう一度あの優しい瞳を覗き、ほころぶような微笑みを見たい。そして彼女の細い躰を胸に抱いて音の海に耽溺出来るのならば、最早セシルは何を棄てても良かった。過去の眩い記憶と与えられた肯定がセシルを支え、男の罵倒から耳を塞ぎ、永遠にも思える苦痛に耐える為の唯一の道標となっていた。
 そしてそれは男も痛いほどに分かっていた。男が春歌について言及するのは、セシルに新鮮な反応を取り戻させる唯一の手段だからだ。それが男にとって気分がいい訳がない。幾ら躰を抱いてもセシルの精神は一向に堕ちてこようとしなかった。深く傷つけ貶めようと完全には手中に収まらない理由など分かり切っている。いつまでも心に居座っている面影が憎い、その一心で男は激感に耐えるセシルを見上げていた。
 先走りを溢れさせている陰茎を掴み粗雑に扱き上げると、セシルは背を弓型に反らせて絶頂した。胸を突き出すような姿勢になると肥大した乳頭が良く見える。小指の先ほどに肥大した其れは神秘的な彼の顔立ちからは想像出来ないほど淫靡だった。
 陰茎はそれなりの大きさだと自負していた男の其れよりも大きく、腰を動かす度に無様に跳ねる。男女が快感を分かち合い、次へ繋げる為の場所が役目を果たせていない光景。男にはそれだけでも小気味良く思われたが、いい加減にセシルから全ての希望を奪ってしまいたかった。
 腰の動きを止めさせ、ゆっくりと裏筋を擦るだけでセシルは荒い息を吐いた。
「本当にセシル君ってチンコでかいねぇ……。だけどもう僕以外とセックスもしないだろうしさ、こんな使い道が無い部位なんていらないと思わない?」
「……っ………は?」
 男は手を伸ばし、部屋に転がる段ボールから小瓶を取り出した。薄青に光っているその液体がまともな物ではないことをセシルはすぐさま理解する。内心の怯えを隠しきれていないセシルに男は得意げに口を開いた。
「……ずっと使いたかったんだ。これはね、海綿体を縮小させるお薬。縮んだ分感覚神経が密集するから感度もずっと上がるんだって。即イキ短小の粗チンにするお薬って言えば分かるかな?」
 その効果に思わずセシルは息を呑んだ。その様子こそ男が最も見たいものだと分かっていても止められない。不可逆な肉体改造への恐怖。男としての証も感覚も傷つける横暴が間近に迫っていた。
「流石にセシル君も分かるよね? 後ろでもイケるようになったし、もう僕の女になるしかないんだよ」
「ふざけないで……いやあ゛っ! そんなことしないで下さいっ、離して! やめてぇえっ!」
「はいはい、春歌ちゃん抱くための巨根にバイバイしてクソ雑魚クリトリスになろうねぇ」
 男が蓋を開け、中身を陰茎に垂らすとすぐに変化が現れた。一瞬感じた液体の冷たさが過ぎると、焼けるような熱さが下腹部全体に広がっていく。男の指が薬を塗りたくる感覚に全神経が意図せずとも集中していた。その度にこれまでとは比べ物にならないほどの、重い快楽が脳髄に直撃した。
「うわあ゛あ゛あぁあああ゛ああぁああああ゛っ! いやっ! お願いやめて、くださああ゛っ! むりぃい゛いいい゛! わらひが、ごわれっ……お゛っ、ああ゛ああぁあああ゛ああっ!」
 半ば狂気が滲んだ絶叫が部屋に響く。今までとは格段に異なる切羽詰まった悲鳴に男は微笑んだ。凄まじい勢いで精神が削り落とされる恐怖と苦しみ、それに伴う強烈な快感がその悲鳴に滲んでいた。神経に直接焼き鏝を押し付けられるような衝撃。躰の一部を確実に破壊されている感覚が、決して忘れられないように脳裏に刻み込まれていく。
 その行為に伴って強制的に与えられる被虐的な感覚にセシルの精神は滅茶苦茶にされていた。口の端からは唾液が零れ、喉、胸と伝って、溢れ出る下半身の粘液と混ざり合う。漸く男が手を止めると、セシルは糸が切れたように床に倒れた。
 男は立ち上がると大の字で横たわっているセシルの下腹部を覗き込んだ。精液を出し切って萎えているセシルの陰茎は見るも無残に様変わりしていた。弱々しく残滓を垂れ流す其処は大きさが半分以下になるまで縮み上がっていた。いかにも使い込まれていた色も薄くなり、陰茎というよりも子供の親指と言った方が正しかった。皮だけはそのままの状態を保ち、余った部分が巻き込むようにして垂れ下がり亀頭を完全に覆い隠していた。
「ああそっか。縮んだのは海綿体だから皮の大きさはそのままなんだ。……うわぁ、皮が本体の二倍以上あるじゃん。これ元々ご立派様だった子ほど差が酷くなるんだなぁ。せめて皮まで一緒に縮んでくれたらずる剥けのままではいられたかもしれないのに可哀想だねぇ」
 握るというよりも摘むようにして陰茎に触れるだけで、セシルの躰は弾かれたように跳ねる。少し視線を下に向ければ見慣れていた自身の躰が淫猥に作り替えられた様がよく見えた。
「ちっちゃかった乳首はデカくなって、デカチンはちっちゃなおチンチンになって、二度と人前で服脱げない下品な躰になれて良かったねぇ」
 そのまま皮を軽く擦っただけでセシルはあっさりと絶頂した。男はセシルと指を絡めると自身の陰茎を擦り付ける。兜合わせの姿勢になると男との差が嫌でも理解出来た。明らかに自分より男性として優れていた青年をここまで陥れた優越感に男は心から打ち震えた。
 ただ男としての尊厳を叩き壊しただけではない。例えセシルが自分の手から抜け出すようなことがあったとしても、彼の支えだった営みに深刻な影響を与えてやったのだ。回数を何度も重ねている春歌はセシルの其れに慣れきっているに違いないだろう。だがもう二度と、セシルが以前のように彼女を満足させられないのはどうしようもない事実だった。ただでさえ神経が密集し激感が流れるような箇所に、腰を押しつけられるだけで視界が白む。互いの先走りと精液が混じり合いぼたぼたと床へ垂れた。
「すっかり早漏になっちゃって、もうこんなの挿れただけでイッちゃうんじゃない? まあ挿れた所でこんな粗チンじゃすぐ抜けちゃうと思うけどさ、二度と彼女とセックス出来ない躰にされちゃって可哀想に。……ああでもそれは元からかな。こんな汚いおっさんと春歌ちゃんの大事な粘膜間接キスさせたくないもんねぇ!」
 男が発した言葉はまさに図星だった。こんなにも厭らしく男に染められた躰を春歌に触れさせることなどセシルに出来る訳がない。何よりも汚らしく浅ましい存在に堕ち果てた悔しさにセシルの躰は震えていた。
「もうやめてください……! 何も言わないで……聞きたくない……」
 自らが崩れていく恐ろしさにセシルは思わず耳を塞いで目を閉じる。最早彼の躰は見る影もない。本格的に男の元へと閉じ込められていく事実に、彼は子供のように怯えていた。だからこそ男は嬉々としてセシルを蹴り飛ばし、その躰にのしかかった。
「何俯いてんの? しっかり目ぇ開けて現実見るんだよホラ! 立派な男の証もなくなって雌くさい躰になった記念のセックスしようね!」
「嫌だぁっ! やめて!」
 男の陰茎が肉を抉り、両手が表皮を這っていく。勃起しても大してサイズの変わらない陰茎への嘲笑と絞り出すような嬌声は異臭を放つ部屋に部屋に冷たく反響した。

   セシルが目を覚ますと周囲には誰もいなかった。痛む腰を庇いながら徐々に身を起こす。あのまま男に抱き潰され、壊された感覚で何度絶頂に上り詰めたか数えたくもなかった。記憶も切れ切れで、はっきりと思い出すことも出来ない。無理に皮を剥かれて扱かれながら背後から滅茶苦茶に揺さぶられ、誇りも尊厳も気にかける余裕さえ与えられなかった。涙を零しながら喉を震わせて絶叫し、頼むからやめてほしいと懇願したのが気を失う前の最後の記憶だ。
 与えられた恐怖も、痛みも、苦しみも、全てが夢であってほしいと何度祈ったか知れなかった。張り詰めた心は最早限界寸前だ。たった一人に縋って泣き喚くことが出来ればどれほど救いになっただろうか。男の支配下から逃げ出す方法も分からず、抵抗すればするほどに事態は目に見えて悪化していった。衰弱した躰は眠った所で身を起こすのが精一杯だった。少し動けば開いた傷口から血液が流れる。
 その気色悪い感触にセシルは柳眉をひそめた。それと同時に、ドアの開く音が響きセシルは躰を硬直させる。怖々と視線を動かすと荷物を抱えた男が玄関から入ってくる所だった。
「もう起きたんだ。早いね」
 今日はちょっと趣向を変えようと思ってさ、と呟きながら男はダンボールの蓋を開ける。中に入っていたのはプロジェクターだった。仕事柄慣れた様子で機器を繋ぐと男はセシルに手を伸ばす。再び性を穢されることを直視出来ず、セシルが目を閉じた瞬間、部屋に悲鳴が響いた。
〈うげぇええ゛えええっ! あっあっあ゛あっ! おっ……がぁ……は、はあ゛あああぁあ!〉
 思わずセシルが目を開くと、壁一面にはセシルの痴態が映し出されていた。画面内のセシルは声を堪えることも出来ずに無様に喘いでいる。それを見るセシルの顔からは見る間に血の気が失せていった。
「ずっと撮り溜めしてた映像だよ。セシル君の雌顔可愛く撮れてるでしょ?」
「……っそんな」
 映像のセシルは顔を紅潮させ、唾液を垂れ流しながら絶叫している。快楽に解け切った己の浅ましい姿に耐えられず、セシルは目を逸らした。
『目を逸らしちゃダメだよ、折角撮ったんだから。今日は二人でゆっくり鑑賞会しようね』
 だが男はセシルの背後に回ると、顎を掴んで画面へと向けた。男の力でセシルは自らの卑しい姿から目を離すことも許されなかった。
「こうして見るとセシル君ってド淫乱だよねぇ。そう思わない?」
「ワタシは違う! アナタのせいでこんなっ!」
「まだそんな怖い顔出来るのは尊敬するけどさぁ……。セシル君がド淫乱じゃないって言うならこういうことしても君は全然平気ってことだよね?」
「はっ……それ、は……っ」
 男は嗤いながらセシルを押し倒すと陰茎を挿入した。開発され尽くした其処は慣らされもしない行為でも快感を拾い、再びセシルを追い詰めていく。手足を強く押さえられるだけでも、快感だった。強い被虐感を伴う行為に屈辱を感じながら乱れる姿に男の腰は早まっていく。
 次第に息が乱れ、爪先が丸まり、また悍しい絶頂へと叩きつけられる――そう感じた瞬間、男はセシルの耳元で囁いた。
『イクな』
「はぅ! …………っ、う゛うぅ!」
 その命令が下された瞬間、セシルから絶頂の感覚だけが取り上げられた。限界まで熱された躰が冷水を浴びせられたように醒めていく。精液だけが感覚を伴わず、無意味に飛び散った。
「あっ……え、何故……」
「セシル君が意地張るからさ。暫く泣こうが喚こうがお預けだからね。淫乱じゃないなら余裕だよねぇ」
 男は唇を吊り上げるとセシルを背後から犯し始めた。中途半端に残った熱が再び燃え上がり、セシルから体力も気力も奪っていく。
「ひぐっ……うあ゛っあっ、あ、あああ゛ああぁっ!」
 だがそれが頂点に達しようとするその瞬間に全ての感覚が途切れる。あるべき筈の感覚が無い違和感に戸惑いを隠せないセシルを暫く眺めると、男は容赦なく腰を動かし始めた。
「いぎゃああぁぁあああ! やめえ゛っ! もう、ふぐうう゛ううぅう!」
 それがどれほど恐ろしいことなのか自覚した瞬間には全てが遅かった。もう男は動きを止めずにセシルを快楽へと突き落とした。絶頂する寸前の最も気持ち良く、最も苦しい瞬間に縛られた躰は容赦なくセシルを弄る。
 仮初の満足さえ得ることも出来ず、凌辱に伴う寒気がするほどの性感と屈辱だけを延々と味合された。苦痛と紙一重の快楽に耐えようとセシルは無意識のうちに男にしがみついて、精液を惨めに噴き散らす。だがそれに伴う満足感だけは、セシルは決して得られない。誇りも想いも関係ない人間の根源的欲求を穢す拷問。ただ苦しく、辛く、歪んだ嬌声が溢れた。その悲惨な姿に男は更に興奮を煽られる。
 少しでも気を抜けば胸元と股間に両手を伸ばし、最後の一押しを得ようとする躰をセシルは必死に叱咤した。膚に食い込んだ爪から血が流れる。
「ひいい゛いいぃっ! はぁっ、はぁっ、はぁあああ゛ああぁあ! またっ! Non! のお゛っ……なん、で……うわあぁああああ゛ぁあっ!」
 生理的な涙や鼻水まで流しながら、セシルは一方的に流し込まれる快楽に耐えていた。ここまで乱されても未だに抵抗をやめない態度を崩そうと、男はより強く前立腺を突き上げる。その度に勃起しても包皮から出ることも叶わない陰茎は絶頂感の伴わない射精を繰り返した。皮の内側を白濁が流れる感触さえも快楽へとセシルを引き摺っていく。
 発情しきった躰は意志を無視して死にもの狂いで絶頂に至ろうとし、飛躍的に過敏になっていく感覚は更にセシルを追い詰める。乳頭はそそり立ち、男がそれを弄ぶだけで悲鳴が響いた。狂おしいまでの飢餓感が襲う。高まったままの体温が、脳ごと焼き尽くしているような錯覚まで抱いた。辛く、苦しい時間は長く延びていく。
 それが解消されるまであと一歩だと分かっているのに、寸前の最も苦しく、最も気持ち良い位置に踏み留まされている。だからこそ男の一挙一動に意識が集中し、与えられる快楽だけが強くなってセシルの精神を焦がした。
〈ああぁああぁっ! ん゛っ! はっ……うぐう゛ううぅうっ、やめでっ! いやぁああぁ!〉
「あ゛あぁああぁっ! だすけっ、で……うわぁあ゛あぁああ! もうむりです! あ゛あぁあ!」
 快楽に染まり切ったセシルの嬌声と、快楽に弄られるセシルの悲鳴が同時に響く。耳を塞ぎたくなるようなはしたない嬌声を聞きながら、今の自分もこんな声を上げていると思うと耐えられなかった。だがそれを恥じる余裕さえすぐに失われ、再び己を殴る陰茎の感触に翻弄される。
 それどころか男に抱かれ、絶頂感を貪っている過去の自分を見せられているセシルの眼差しには僅かに羨望の色が滲んでいた。それに気づかないセシルではない。幾ら追い詰められていても、男の与える快楽を彼が本気で受け入れたのは事実だ。それに対する恐怖は並大抵の物ではない。一瞬だけでも、確実に浮かんでしまった感情は裏切り以外の何物でもなかった。例えそれが辛い責め苦から逃れたい一心でのものだったとしても。
「いや……ぁ……っ! もうやめて、くださっ…………」
「今更止めた所でさぁ、もう意味ないと思うよ。同じ男に犯されて感じまくって。僕が同じ立場だったら恥ずかしくてとっくに死んでるね」
 男は息も絶えそうなセシルの肢体を存分に眺める。苦痛と快楽の狭間で限界まで追い詰められ、全身からあらゆる体液を垂れ流している姿はあまりに淫らだった。
「こんな男失格の状態で、あの子どころか世界中が君を愛することなんかないんじゃない? いい加減諦めなよ。僕はセシル君のこと誰よりも愛してるよ」
 セシルの唇に男がむしゃぶりついた瞬間、絶頂制限が解除された。急に解放された感覚に、セシルの躰は一瞬だけ正常な感度を取り戻した。だがそれは不吉な前兆に過ぎない。今まで溜め込まれていた熱は堰を切り、津波のようにセシルへと襲いかかった。 「あ゛っ……!? ああぁあっ、あ゛あ゛あぁあああっあ゛あああああぁあ゛っ!」
 痩せ細った躰は弓型に仰け反り、獣のような絶叫が響き渡る。男の前で耐えようとする意識ごと快楽は押し流していった。陰茎からは連続して白濁液が溢れ出る。
 そうして絶頂に登り詰めている間にも男は休みなくセシルの躰を弄り、限界まで高まった感度は次の頂まで矢継ぎ早にセシルを押し上げる。制止の言葉さえ紡ぐことも出来ず、押し寄せる快感を少しでも散らす為に、喉を震わせてセシルは絶叫していた。その姿は際限なく流れているどの映像よりもずっと厭らしく淫らだった。
 はっ、と息を漏らすとセシルは遂に意識を失った。濁り始めていた美しい瞳が瞼に閉ざされる。脱力し、汗に塗れた躰が無防備に横たわっていた。疲労が色濃く残る表情は受けていた責め苦の凄惨さを鮮明に伝えている。あまりに悲惨な有様にも構うことなく、男はそのまま暫くセシルを揺さぶっていた。しかし意識が戻らないのを見ると舌打ちし、その躰を引き摺っていった。

 深い暗闇の中でセシルの意識は閉じ込められてからの日々を漂っていた。衣服を取り上げられ、必死に歩んできた生涯を否定されている光景。秘めていた大切な営みを嘲笑われ、殴られ、蹴られ、意識さえしていなかった初めてを奪われている光景。躰を卑猥に作り替えられ、男の望むように弄られている光景。行われた暴力の全てに少しでも抵抗の意を見せれば、更なる苛烈さで痛めつけられていた。
 そんな地獄の最中で思い出すのはいつも同じ面影だ。今更顔など見たところで、どうしようもないことなど分かっていた。それよりも、こんな姿を他の誰よりも見られたくなかった。それでも全く異なる気持ちが自然と溢れ出していく。彼女の顔が見たい。透き通るような声が聞きたい。ほんの一瞬でも構わない。嘗てのように抱き留めてくれるのであれば、何でもするだろう。
 だが、この世でただ一人に捧げていた筈の自分自身には、既に男の存在が逃れようもないほどに食い込んでいるのだった。
 頬に衝撃を受け、セシルは目を開く。視線を動かすとシャワーを持った男がセシルを見下ろしていた。二人でいるのが精一杯なほど狭い浴室で、セシルは壁に寄りかかっているらしかった。
「……っ」
 腰に残る鈍痛と全身の倦怠感にセシルは眉を顰めた。男はそんなセシルと目線を合わせると、頬を撫でている。
「大丈夫? 流石に疲れたね。ちょっと休ませてあげるね」
「…………ワタシに触らないで」
 男の指先を見るセシルの顔からは血の気が失せていた。男の太い指が触れているだけで浮かぶのは恐怖心だけだった。その手から与えられる快楽も、痛みも、セシルにとっては既に深刻な心的外傷だった。
「声、掠れてるね。躰も汗だくだし、綺麗にしてあげるよ」
「嫌だ……離、せ……っ……」
 不快さに声が上擦った。それでも未だ躰に纏わりつく呪いは身動きを封じ、男の手を払いのけることさえ許さない。後孔へと手が伸び指で押し広げられると、腸液と血が腿を伝ってタイルへと垂れた。剥がれ落ちた腸壁や消化不良の養分も床へ流れ、男はそれをシャワーで流していった。
 セシルは男が導くままに横になる。疲れ切った躰に流れる温水の感覚はどうしても心地よさを伴った。最後に身を清めたのはいつだったか思い出すことも出来ない。忘れかけていた感覚に再びセシルの意識は朦朧としていった。
「まず中から洗うからね。一番汚いし」
 男は瞼を閉じかけているセシルを労わるように、頭を撫でる。そのままシャワーのノズルを開いた後孔に密着させると水圧を最大にした。
「……う゛あっ!? あっあ、あ、ひいい゛いいぃっ!」
 僅かに与えられた安息はすぐさま取り上げられた。無防備な精神状態のままで叩き落された地獄に、セシルは備えることも出来ず掠れ切った声で悲鳴を上げた。
 本来入るべきではない場所を水が殴り、満ちていく。体内を水で満たされる思い出したくもない圧迫感。激流の重さが過敏な腸壁を掻き回していく。男はシャワーを止めると指を差し込み、ボロボロの腸壁を撫でた。その指先の動きに合わせて水が零れ落ちる。手付きはあくまで優しく丁寧なことがセシルの屈辱をより煽った。
「あっ、う゛……んっああぁ、はっ……ぁ」
 そのまま薄汚れたタオルでカビの生えた石鹸を泡立てると、男はセシルに触れていく。膚を一筋撫でるだけで過敏な体は弾かれたように跳ねた。
「ほら、ただ洗ってあげてるだけなのに喘いじゃ意味ないよ。ちゃんと休まなきゃ」
「そんな……アナタが、変な触り方をするのがっ悪い!」
「ふ~ん、そうなんだ」
 男に強弱を付けて膚を洗われると押し殺された嬌声が漏れた。触れられた余韻だけでセシルは荒い呼吸を繰り返す。首筋を撫で下り、痛々しく充血している乳頭を連続で擦るとセシルは目を見開いて悲鳴を上げた。男の嘲笑とセシルの嬌声が狭い浴室に反響する。
「あれ、まだ下は触ってもないのに、もう立派に勃ってるじゃん。こんな状況で興奮してるのかな?」
「違う……!」
「そんなこと言ってガマン汁まで垂らしてるし、この可愛い所も綺麗に洗わなくちゃね」
 そう言うと男は荒い網目のタオルでセシルの陰茎を包み込んだ。縮小した陰茎は精一杯勃起しても男の片手に容易に収まる程度のものでしかない。セシルの上気した頬には冷汗が伝っていった。性感帯ではなかったような膚や部位でさえ、あれほど感じてしまうようになっているのに、異常な感度に作り替えられた場所全体を扱かれる快楽など想像もしたくない。
「情けなくて恥ずかしいね。扱くっていうより優しく撫でなきゃいけないから気を付けないと。それにしても立派なクリトリス付けてもらって良かったねぇ」
 男が陰嚢や下腹を焦らすように撫でると、熱い先走りが広がっていく。そのまま裏筋を伝って上り、余っている皮を揉み込むと、セシルは目を見開き、肩を震わせた。それでもセシルは僅かな意地を振り絞り、襲う激感に耐えている。だがその努力は自身の首を絞める結果にしかならなかった。
「折角拭いたのに全然綺麗にならないよ? セシル君はもっと洗われたいんだね」
「そうじゃない! 嫌っだ、やめて!」
 男は鈴口にタオルを押し付けると、陰茎全体まで強く擦り上げた。無理に我慢しただけその感覚はより強く脳にまで届く。
「ひぎゃあ゛ああぁああ゛あぁあ゛あ゛あっ!」
 セシルは背を反らせ、自身を襲う絶頂感に浸っていた。掠れ切った悲鳴はより強く男の劣情を煽る。皮の隙間から弱々しく精液が零れた。陰茎全体が火傷したかのような熱に、セシルは荒い息を零す。だが男はセシルにそのまま余韻を味合せるつもりなどない。そのまま無理矢理に皮を剥くと亀頭の裏を強く扱き上げた。
「いだっ、う゛うっあ゛ぁあ゛あぁあ! やめえ゛っ! んえ゛っ、やめでくださ、ひぎぃっ! これ以上ざれたらっおかしく、なっああ゛っああ゛ぁあ!」
「あっ、無駄に皮が長いからチンカスまで溜まってるじゃん。汚いなぁ」
「ぎゃあ゛ぁああ゛あぁああっ! うお゛っ、があっ! しぬ、いやだっ、死にたくなっい゛、ああぁあ゛ああぁああ!」
「はいはい。イキ過ぎで普通の人間は死なないから落ち着きなよ。ああでもイキ過ぎで殺された皇子様って馬鹿でいいかもなぁ。セシル君の末路としては結構笑えるね」
 男はセシルの痴態を嘲笑いながら途切れることなく彼を洗っていた。石鹸と精液が潤滑油の代わりになり、絶頂に押し上げられるまでの時間は異常なまでに短くなっている。
 行き過ぎた快楽は苦痛と何一つ変わらない。下腹部に渦巻く熱に焼かれながら、脳裏が何度も白んだ。泣いても喚いても止めてもらえない一方的な暴力。この行為が拷問ならば降参さえすれば終わる。だがセシルに襲い掛かる苦しみは男が飽きるまで続けられるのだ。一際大きい水音が響き、股から透明な体液が滴る。精液を出し切り、最早痛みに近い感覚に苛まれる中で噴き出した絶頂の証だった。
「……ぁ……う゛……あ゛ああぁあ゛ああぁあ゛あぁああ!」
「うわっ潮まで噴いてる。クリで女の子イキよっぽど気持ちよかったんだね……嬉しいなぁ……」
 射精とはまた違う感覚が快感として刻み込まれる。拒否の言葉さえ発せずにセシルはその激感に打ちのめされていた。全身の力が抜けていく。情けない水音が流れ、失禁したらしいと男の怒号から自覚した所でセシルの意識は途切れた。
「なに暢気に寝てるの? 『起きてよ』」
「は……ぁ……あっ…………」
 だが男はそのような逃げ道さえ、追い詰められたセシルに用意しなかった。大きく胸を上下させてセシルは必死に息を繋いでいる。
 真っ赤に上気し、精液や涙、汗、潮とあらゆる体液に塗れた躰。暴行を受けた際に流れる血を、そのまま置き換えたような姿。それはどれほど凄惨な責めを男から受けていたか何より雄弁に語っていた。
「セシル君ってこんな浅ましい本性隠してアイドルしてたんだね。ねぇ、僕それにずっと騙されてたんだよ? 可哀想だと思わないの? そもそも君がこんなド変態だったこと春歌ちゃんは知ってるのかな。もしそうならきっと嫌われちゃうんじゃない?」
 これほどまでにセシルを追い詰め、尊厳を打ち砕いたことに歓喜しながら、男はセシルの顔を覗き込んだ。その表情に浮かんでいるのは時折浮かんでいた恐怖か憎しみか、それとも完全に壊れたものかもしれないと想像しながら。
「……アナタは可哀想です」
 だが、男を見つめ返すセシルはただ平静だった。振り切れた悲しみ、そして未だ折れない輝きが滲むその表情に男は少なからず驚愕した。
「へぇ……。何で?」
「ずっと……考えていました。愛し合うための、行為を……こんな形でしか遂げられないアナタを。確かにワタシはアナタには酷いことを沢山されてしまった。……絶対に許さない。でも、こんなことを幾らしても、ワタシには何の意味もありません」
 囁くような掠れ声で語られる内容は男の感情を震わせていく。常人であれば既に壊れている状況で幾ら苦しんでも誇りを保ち、凛として此方に向き合い輝く精神。
 そこには未だセシルを支え続けているものが何より強く透けて見えた。
「……それでも、僕だけは愛してあげるんだよ」
「ワタシとアナタに愛なんてありません」
 震える声で呟く男の言葉を、セシルははっきりと拒絶した。幾日もかけた凌辱はセシルの気力と体力を削り落とし、何もかも穢しつくした筈だった。それでも、彼の芯を折ることだけは出来なかった。
 それほどまでにセシルが正気にしがみ付き、戻ろうとしている場所。それが何処かなど男は誰よりも理解していた。衝動に突き動かされ、男はセシルを抱きしめる。自身を救い、地獄に突き落とした青年が何より愛しくて何よりも憎かった。
「セシル君は意味がないって言うけど僕には意味があるんだよ。セシル君にとっての意味なんでどうでもいい。僕はもうお前の全部を手に入れることしか救われないんだよ……何で……どうして分かってくれないんだよ……」
 セシルの肩に縋ると男はしゃくりあげた。だがセシルは吐露された男の執着心に対して眉一つ動かすことはない。男に対してセシルが抱く感情は哀れみと軽蔑だけだった。どれほど男が喚こうと、セシルの想いは唯一人に在った。
「……そういや折角セシル君に逢えたのにまだ一回も聞いたことなかったよね、生歌」
 だからこそ、男の漏らした言葉でセシルは全てを察した。これまでのどんな凌辱や暴力よりも強い嫌悪が胸を抉る。
「僕だけの為に歌ってよ。セシル君」
「嫌です」
 間髪入れずにセシルはそれを拒否した。いつか必ず言われるだろうと予測していた要求だった。それでも男の願いを耳に入れただけで、全身の膚が泡立つほどの不快感が走り抜ける。セシルの全ての支えであり、自らの根幹である歌の数々。それら想いの結晶を男に晒して穢すなど、行うと仮定することさえあり得なかった。
 セシルの拒否に恐らく男は逆上するだろう。これから自分に降りかかる男の責めがどれほど苦痛を伴うものか全く予想できなかった。だが、それだけは拒絶するという意志を持ってセシルは男を睨みつけた。
「そうか、そうだよね。じゃあいいよ」
 しかし男は鼻を啜ると、床に散らばっていた衣服を身に着け始めた。拍子抜けするほどにあっさりと身を引いた男をセシルは訝しげに眺める。遂に諦めたのだろうか、とセシルが思いかけた瞬間、男はゆっくりと口を開いた。
「……今から君の事務所に行って、セシル君のお友達に春歌ちゃんを輪姦させるね。その方が多分ずっと楽しそうだし。それからセシル君さ、さっき意味だの愛だの無いって言ったけど、それは君に春歌ちゃんがいるからだよね? じゃあさ、今すぐ本人に僕とセシル君とどっちが好きかって確かめるのもいいんじゃない? 抱き合いっことかしてみようよ。どっちのチンポで春歌ちゃんは感じてくれるだろうね。でもさぁ、勝負は分かり切ってるよ。僕の力なら余裕だと思うな。それにしても可愛いよね、あの子。きっといい肉便器になれるよ」
悍ましい内容を男が口にするにつれて、セシルの表情からは見る間に血の気が失せていく。唇が震え、怒りと憎悪、そしてこの男ならやりかねないという確信が彼の心を貫いた。震える手でセシルは眼前の男の足を掴む。
「今すぐ発言を取り消してください! それだけは絶対に許しません!」
「嫌ならやりなよ、ほら」
「……っ」
「話にならないね」
 僅かに躊躇ったセシルを見ると、男は彼を邪険に払い除けた。やはり相手は本気だ。そう確信したセシルは今にも靴を履こうとしている男に縋り付いた。だが、今となってはセシルと男の差は圧倒的だった。弱らされ、抵抗できないように男の力で雁字搦めに縛られている今のセシルでは、何の障害にもならない。彼に残された選択肢は一つだった。
「お願いですからやめて下さい!」
 男の目線が自分に向いた瞬間、セシルは自ら手足を折り畳み、床に頭を擦り付けた。それがどれほど無様な姿なのかなど、彼にとってはどうでもよかった。男はその姿に苦虫を噛み潰したような顔で視線を向けた。
「……そのまま後ろ向け」
 背後で新しく避妊具の袋が破かれる音がするだけで、セシルの肩は僅かに震える。俯いたその表情は男からは窺い知れなかった。先ほどまで解されていた後孔は、容易に亀頭を飲み込んでいく。
「ふぅう……う゛……っ!」
「じゃあ歌ってよ。君達で作った曲、全部ね」
「……はい」
 セシルは息を深く吸うと、最初の一節を歌い始める。
 男は今にも叫び出しそうな興奮を抑えながら、その歌声に必死で耳を傾けた。衰弱していても理解出来る多くの人間を魅了してきた才能、僅かな空気の震えさえも胸にまで響く。別世界に連れていかれるような神秘的な甘い歌声。初めて見た時と変わらない、焦がれ続けた存在を男は手中に収めていた。これは全て男の為に紡がれている――。
 違う。男の眼前に、何度思い返したか分からない光景が蘇る。未だにセシルを守り、セシルが守ろうとしている存在が男の冷静さを奪った。たまらず細腰を掴むと、男は自身を深く突き入れた。途端に歌声が耳慣れてしまった嬌声へと変わる。下腹を強く突かれるだけでセシルは床に伏せ、荒い息を漏らした。それでも尚、旋律を紡ごうと口を開いても、前立腺を狙われると途端に歌声は嬌声へと変貌した。
「喘いでないで頑張りなよ。一応プロでしょ?」
 内心の興奮を押し殺した男の言葉にセシルは身を固くする。その冷え切った声はいつでもセシルを捨てて外へと向かおうとする意思を明確に表していたからだ。
「今迄で一番良く締まってるんだけど、興奮してるの?」
「違う……違います……やめてっ! お願いです! ちゃんと歌えますから、ぁあっあああぁあ゛ああぁ!」
 必死に首を振り何とか音を紡ごうとしても、その努力は再び簡単に塗り替えられる。最早個人の精神力で制御出来る域を超えてセシルの感覚は狂わされていた。
 常人であれば既に理性を捨てて快楽に耽溺している状態で、セシルが正気を保ち男に相対しているだけでも奇跡的と言えた。だからこそ、そのような状況下で歌いきるなどあまりに無謀な要求だった。
 しかしそれを知るのは男だけだ。次第にセシルは焦燥感と自身への失望に苛まれていく。
「ねぇ、まだAメロも終わってないよ? それともセシル君は春歌ちゃんが作ってくれた歌よりも、僕に犯されてアンアン喘いでる方が好きになっちゃったのかな?」
「そんなっこと……ぉ……んん゛っ! ……はぁっ、はっ……はあ゛あぁあ゛あっ!」
「それならちゃんと歌いなよ」
「ひぃっ! ……とっ……のお゛ぉ、ぎうう゛っ! あっあ゛ぁ! あっう、あ……あはぁあああぁあ゛!」
「何の曲かも分かんないよ。ほら、もう一回最初から」
 こうして自分で自分達の喜びを穢していくことが何よりも苦痛だった。一層強く貫かれ、セシルは腰を折って吐精した。それでも彼は散っていく理性を掻き集め、嬌声を歌声へと半狂乱になりながら引き戻そうとしていた。その行為の無様さまで含めて男の慰みものになっていることなどセシルは嫌でも解っていた。しかし僅かでも男の関心を自分に向けさせることが今のセシルが出来る唯一のことだった。
 何日か、何週間か、少し前には考えもしなかった地獄の最中で、想いを伝えあった時だけが鮮明に蘇る。自分を信じ、他人から向けられる愛を教えてくれた存在。世界で一番愛おしい人。初めての温もりは何度もセシルの命を繋いでいた。全身が震え、男からの嘲笑と共に自身の精液が床へと垂れる。必死に紡いだ想いや決意さえも取り上げられ、跡形もなく壊されているような気がした。だがそれは誰でもない自分が招いた結果だった。快楽に敗北し嬌声を響かせる度、男は咎めるように何度もセシルの背を殴る。
 だがそんなことに何の痛みも感じないほど、作り上げた愛の証を生臭い汚液で穢すことが何よりも辛かった。何曲も、何曲も、幾ら繰り返しても変貌した躰は最後までまともに歌うことを許してはくれなかった。それはもう戻れないと突きつけられているも同然だ。自分が如何に汚らしく堕ちたかを実感させられる、惨めな舞台が此処だった。
 それでも男も満たされることはなかった。新曲が出る度にクレジットされていた作曲家の名前が、何を歌わせても脳裏を過ぎる。どれほど傷つけ躰を暴こうと蘇るあの舞台裏の光景。セシルから漏れる歌声と嬌声が入り混じった悲鳴は、これまでのどんな責め苦でも引き出せなかったほどに悲痛だった。ここまでしても守ろうとしている存在がセシルにはいる。
 仕事、居場所、歌、音楽――確かにセシルが何より愛している大切なものを今、男は踏み躙っていた。だが、それに何の意味があるというのだろうか。寧ろ穢せば穢すほどに見たくもない現実が男の目を焼いていく。
 結局、幾ら罵り、暴力を振るい、躰を暴こうとセシルの精神的な支柱には男は爪痕一つ残すことも出来なかった。所詮男はセシルにとってその程度の有象無象に過ぎない。
 男は必死に自身が変貌させたセシルの躰を貪る。それでもセシルを手折ることが出来ないのならば、男が積み上げてきた僅かな優越感も征服感も全て虚像に過ぎないのだ。
 セシルを根本から折り、自分だけのものにするなど最初から不可能だった。ならば男に出来ることはセシルを所有し、弄り、追い詰め、永遠に閉じ込めておくことだけだ。例えセシルの眼差しが男に決して向けられないとしても。
「きっとセシル君なら分かってくれるって信じてたのに……君だけは今までごめんねって言って僕の方を見てくれると思ってたんだよ……。それでも結局こうなっちゃうんだね。心から残念だよ。本当はセシル君から言ってほしかったけど、もう僕から言うね」
 男は腰を止めると、セシルを仰向けに横たわらせた。光を殆ど失った目が男の醜い笑みを映した。
『これから僕と人生を歩んでください』


 酷く長くて哀しい夢を見た。セシルが目を覚ますと同時にその記憶は無意識下へと押し込まれた。辺りを照らす蛍光灯の光が眩しい。怖々と周囲を見渡すと、周囲は白で統一された華美な洋室になっていた。
「……え……っ?」
 意識を失う前、セシルは確かに男の部屋に居た筈だった。思わず立ち上がろうとして、セシルは自分の躰が指一本動かせないことに気づいた。今迄以上に強く躰は戒められているらしい。セシルの躰は豪奢な椅子に深々と腰かけているらしかった。
 男の不衛生な部屋とは違い、高所にある窓から自然光が降り注ぎ隅々まで磨き上げられた部屋はセシルにとっては別世界のようにも思えた。目の前には沈んだ色の木製の扉が鎮座している。無人の部屋にセシルの呼吸音だけが響いた。誰もこの場にいない、男さえ。その事実に気付いた瞬間、セシルは助けを求める為に口を開いた。
「誰かッ――」
 その時部屋の扉が開く。その場にいたのはセシルがよく知る人物だった。
「……カミュ?」
「時間を割いて来てやれば……何だその顔は」
 すらりと高い長身を正装に包んでいるカミュは怪訝な顔をしながらセシルへと歩み寄る。セシルは暫し茫然としていたが、息を呑むと堰を切ったように叫んだ。
「カミュ! 聞いてください、このままでは皆が危ない! さっきまでワタシに酷いことをする人がいたのです! 逃げないといけません! 助けて下さい!」
「本当は俺ではなく然るべき親族が行うべきだと言ったのだが……」
 しかし、カミュはまるでセシルの訴えが聞こえていないかのように話し始めた。口を閉じて怪訝な顔をするセシルを無視して、カミュはセシルの背後に腕を回す。
「『呼ぶのも面倒だし、先輩だったお前でいい』とあの方に言われてしまった」
 カミュの腕が頭上を通り、その手が離されると白く薄い布が視界を覆う。見たことのある、いつかきっとと夢見たこともある、だが着る側になるとは全く想定していない衣装に身を包まされているとセシルはこの時初めて気づいた。
 思わず下を向こうとして、躰を動かせる範囲が固定されていることを思い出す。セシルの肩が震え、顔から血の気が失われていく。
「待ってください! カミュはおかしいと思わないのですか!?」
「何がだ? ……馬鹿猫め、こんな日に今から泣いていてどうする。行くぞ」
 向けられる言葉は普段の彼そのままに冷めていて、そして温かい。この異常な状況下でも何一つ変わることなく。カミュの目だけが異様な光を宿している。
「はっ……ぁ……!?」
 腕を引かれると嘘のように軽く躰は立ち上がった。その行為に快楽が伴う異常さにセシルは困惑した。性感帯と化した膚に被せられた布が身動きする度に擦れている。その感覚は愛撫と何ら変わらなかった。それほどまでに開発は進み、躰は狂わされてしまっているのだ。
 だがセシルの躰は意思を無視して、そのまま勝手に歩み始める。カミュもそんなセシルに気を留める様子は一切なかった。今朝咲いたかのような美しい薔薇のブーケが彼から手渡される。大切な行事を目前にした語らいは終わった。
 セシルの危機意識が最大の警報を鳴らす。男の手は事務所にまで伸びている。そして、少なからず魔法の心得があるカミュまでもがこの状態なのだ。それならば、他の皆がどうなったのか想像に難くなかった。

 扉が開かれると割れんばかりの歓声がセシルを包む。
 床には深紅のカーペットが敷かれ、天井は見上げるほどに高い石造りの教会には多くの人が集い、遂に現れた花嫁を〝心から〟祝福していた。
「こんな……酷い……」
 戻ることを夢見ていた日常は既に跡形も無く壊されていた。周囲には同じ事務所の友人、先輩、他にも仕事で関係のあった人々が祝福の言葉を空虚に繰り返す。誰一人この状況に違和感を覚えていないのは明白だった。向けられる全ての目には異様な光が映っている。視線を正面に向けると全ての元凶が卑しく微笑んでいた。
 醜く肥えた躰を無理矢理タキシードに包んだ男は、既にその下半身を兆しその本性を露呈している。そして、待ち構えるステンドグラスに映るセシルの姿も、これ以上なく似合いの浅ましく淫猥な花嫁だった。
 彼が身に着けているのは、シルエットこそ普通のウエディングドレスだった。だが、限りなく薄い布地で作られた其れは変わり果てたセシルの躰の線を容赦なく暴く。
 長期の監禁で肉が付き丸みを帯びた躰、乳輪からぷっくりと肥大し何倍もの大きさと感度へ育てられた乳頭は布の上からでもよく見えた。薬でホルモン異常でも現れたのか、女のように括れた腰にはコルセット状の布地が巻き付く。   敢えて正面に回された編み上げ部分から透けて見える膚は、自然と目線を引き付けた。背後こそ長いスカートで隠されていたが正面のスカート部分は異常に短い。それ故に情けなく縮んでしまった陰茎が擦れた快感で勃起し、布地を押し上げている様がよく見えた。別人のように細くなった首にはリボンの付いたチョーカーが首輪のように巻かれ、瞳は意図せずとも誘うように潤んでいる。
 その変わり果てた姿は正気な者であれば目を背けたくなるほど無残だった。それでもヒールを履かされた脚はセシルの意思を無視して進んでいく。
 すると視界には更に醜悪なものが見え始めた。普通は聖遺物などが置かれている筈の祭壇は無数のセシルのグッズと男に撮られたのであろう調教中の写真で彩られている。光り輝く偶像として微笑んでいた姿と、快楽と暴力に打ちのめされている裸体を同時に飾る悪趣味な代物。見ているだけで眩暈がした。最早その場で吐いてしまわない方が不思議な位だった。
「ねぇ見て。僕の集めてたセシル君コレクションだよ。君に片思いしてた時からずっと集めてたんだ。素敵でしょ」
 すえた臭いを放つその塊がこれまで何に使われていたのか言われなくても理解出来た。汚らわしい祭壇までの道を歩き切り、今にも崩れ落ちそうなセシルを男は抱き留めた。男が目配せを送ると、付き添っていたカミュは頷き席へと帰っていく。
「待ってください! こんなのおかしいです! 助けて!」
 だが、その背に向けられた懇願に彼は微笑むだけで、何も応えることはない。
「無駄だよ。みんなセシル君の声なんて聞こえてないんだから。それにしてもまぁ、あんなに祝福してくれてさ。君が出てきた時の歓声聞いた? 良い仕事仲間が沢山いて良かったねぇ」
「離して! 離せ!」
 顔色を蒼白にして暴れようとする細い躰を男は更に強く胸に抱く。
「君のお友達も、先輩方も、事務所の人も、みんな僕が呼んだんだよ。君は僕だけのものだってこの中で証明してあげるからね」
 神父が説き始めた愛の教えもこの狂気の場では上滑りしていく。そもそもこの空間を支配しているのは愛と呼ぶのもおこがましい歪み切った執着に過ぎなかった。
 セシルの悲痛な叫び声が響く中で、誰一人疑問を抱くことなく式は厳かに進行している。必死に助けを願うセシルの懇願は新婦の感動の涙という認識にすり替えられ、救助という発想の可能性さえ喪われていた。その懇願に感極まり鼻を啜る音まで客席からは聞こえていた。
「新郎はこれから花嫁であるセシルを守り、愛し、どんな時でも支えていくと誓いますか?」
「誓います」
 決まりきった誓いの文句に凄まじい嫌悪がセシルの全身を貫いた。本来神聖である儀式を穢し、思うがままに歪めている男の有様だけでも醜い。異教の形であれ、想い人と行う筈だった婚姻の場に、並ぶ相手がそのような存在である事実。人生における決定的な時を踏み躙られた瞬間だった。
「花嫁はこれから新郎である……を守り、愛し、どんな時でも支え続けると誓いますか?」
「嫌だっ! 嫌です! 絶対に!」
「往生際が悪いよ? ほら」
 男はセシルを鼻で笑うと運ばれてきた指輪を差し出した。その美しさを口々に褒め称える声が教会に満ちる。最早セシルの意志を顧みる者など此処には誰も残っていない。どれほど拒もうと式の進行は一切乱れることはなかった。男の肥えた指が左手を包み込む、それだけでセシルには悪寒が走った。
「アナタとだけは嫌! 皆を開放してワタシを離せ!」
「止めてよ、折角の僕と君の結婚式なのに他のこと考えるのは……」
「ふざけるな! ワタシはアナタのモノではない!」
 セシルがそう叫ぶと同時に、男はセシルの左手の薬指に銀の指輪を差し込んだ。ライムグリーンのダイヤモンドが所有の証のように輝く。即座に外そうとしたセシルの腕を男は押さえこんだ。
「それ結構苦労して探したんだから大事にしてほしいな。〝結婚指輪〟だよ?」
 その瞬間、多くの人の憧れたる言葉はセシルにとって呪い同然のものとなった。全身の膚が泡立ち、光彩が限界まで締まる。この場から逃げ出したいという何度祈ったか分からない願いにも、彼の脚はセシルをその場に縛り付けるように動こうとしなかった。
「――ではこれより行われる神前での情交をもって、二人を正式な夫婦とする」
「えっ……?」
 これまでセシルが何度叫ぼうと動じず、淡々と式を進めていた神父から唐突に飛び出した言葉は普通の式の手順からはあまりにもずれていた。
 だが目に見えて動揺しているのはセシルだけで、他の人々は騒ぎもせずそれを当然のように受け止めている。楽しみだ、おめでとう、いつかは僕達も、そんな悍ましい言葉が次々と耳に飛び込み、セシルは遂に自身が発狂したのかとまで考えた。ヴェールが捲り上げられると、意図せずとも性感が高められ潤んだ瞳が男を睨む。それに映る男の笑みはますます醜く歪んでいた。
 周囲には同じ事務所の友人、先輩、他にも仕事で関係のあった人々が多く集っている。皆一様にセシルを心から祝福し、感動の瞬間への一挙一動も見逃すまいと熱心に視線を注いでいた。この環境の中で何をしろと言われたのか理解出来なかった、否、理解したくなかった。
「今……何と……?」
「聞こえてたでしょ? 誓いのセックスだよ。セックス。ここで良くなって貰うために今まで沢山練習したんだもんね」
 男は腿を掴むとセシルを背後から抱え上げた。思わず上がる拒絶の声は誰に届くこともない。それに合わせてスカートが捲り上げられ、今にも結合しようとしている部位が群衆によく見えた。おめでとう、おめでとうと祝いの言葉がセシルにまで届く。
 助けを求めて視線を滑らせた瞬間――居た。人だかりの中だったが、見間違う筈もない。ずっと逢うことを願い、今最もこの姿を見られたくないと願った存在が、セシルに虚ろな視線を注いでいる。
「ハルカまで……こんな……」
「ああ、あの子ね。あの子は君以上に苦労したよ。どんなに支配しようとしても君の名前呼び続けるし、力弱い癖に暴れるしさぁ。いっそ君と竿姉妹にでもして分からせてやろうかと思ったくらい」
「は……? そんな……話が違う! ハルカには手を出さないと!」
「本当に嫉妬深いなぁ。僕の本命はセシルくんだけだからヤッてないよ。さぁ、めでたい場なんだから笑って笑って」
「ぎぅうう゛うううっ!」
 誇らしげに如何に尊厳を踏みにじったかを語る男が抑えようもなく憎い。だが躰は簡単に意志を裏切り、軽く乳頭を摘まみ上げられるだけで力が霧散していく。男はその情けない様にこれ以上ないほど欲情していた。
「ほら、元カノちゃんに見せつけてあげようね」
「やだっ……見ないで! やめて! ……それだけはいやぁあ゛あああ゛あぁ!」
 必死の懇願は当然のように無視され、嬌声が響く。男の亀頭が前立腺を殴り、深く結合した部位は白日の下に晒されていた。
「あ~あ、こんな媚びっ媚びの雌声出しておいて、彼氏は無理でしょ」
「お願いです! やめてぇっ、動かないで! 離して!」
 必死に男の腕を押しのけようと暴れても、それは過剰に布へと膚を擦りつけ快楽を加速させる結果にしかならなかった。それほどまでに弱らされていた。男は嬌声混じりの懇願を聞きながら、腰を突き動かし始めた。
「ああっ! あっ、あっいあ゛あぁあ! もう無理です、からっ! ハルカ……ごめんな、さっ、うあ゛あぁあああっ!」
「いい加減諦めなよ。ほら春歌ちゃんへの最後の顔射だ!しっかり味わえよっ!」
 セシルは限界まで自分の躰に抵抗していた。だがそれも地獄を僅かばかり延ばしたに過ぎない。男が春歌の方へとセシルを抱えたまま躰を向けた瞬間、絶頂に達した陰茎は精液を吐き出した。
 親指程度までに成り下がった陰茎から非常に弱々しく、ぽたぽたと垂れ落ちる其れは射精と呼ぶのもおこがましい。セシルは既に雌に堕ちたと明確に見せつけるものだった。
 脱力し、手から滑り落ちたブーケを春歌が受けとった瞬間、教会は割れんばかりの拍手に包まれた。それも当然だろう。めでたいブーケトスを未婚の女性が受け取ったのだから。
 彼女とセシルの友人達が取り囲み、口々に祝福の意を述べる様をセシルは光を失いつつある目で見つめていた。
 誰か良い相手が見つかるといいね、と声を掛けられる恋人の姿。それを見た瞬間、足元から崩れるような絶望がセシルの精神を食い潰していった。それと同時に、躰の内部で男の精液が迸る音が響いた。  春歌の虚ろな瞳からも祝福の涙が流れる筈だった。だがその瞬間、春歌を包んだものは圧倒的な違和感。
 眼前に繰り広げられているのは何よりも幸福な情景である筈だ。それなのにとても大切なものが今、確実に潰された。そう考えてしまう違和感を彼女は拭うことが出来なかった。それでも自然と頬に涙が伝っていく。だがそれに伴う感情は心からの喜びだと、彼女には思えなかった。
何故かは分からない。それでも春歌は仲間達ほどに祝福の感情に浸りきることが出来ていなかった。
 男が手を離すとセシルはそのまま床へと崩れ落ちた。
「セシル君、逆らったら分かってるよね?」
 男が何を言いたいのか、そんなことは長期に渡る監禁生活で完璧に理解出来ていた。出来てしまっていた。
 男はセシルの髪を掴み、引き摺り上げる。眼前には精液塗れの男の物が異臭を放っていた。セシルは自然に口を開くと其れを丁寧に舐め始めた。
「やっとセシル君の綺麗なお腹にザーメンブチまけられて嬉しいよ。ねえ、子供は何人欲しい?」
 夫婦初の共同作業だな、そんな軽い野次でさえ男の優越感を満たしていく。例え躰だけだとしても自分はセシルを手にし、こうやって支配することが出来たのだ。自身を苦しめ続けた舞台袖の幻影に男は漸く打ち勝てた気がした。
 高らかにファンファーレが鳴り響く。男は再びセシルを抱え上げるとその後孔へと深く突き入れた。陰茎に付着した唾液と内部の精液が混ざり合い、空虚な嬌声が鐘の音に合わせて響く。最早セシルは抵抗もせず、男のされるがままだった。誇りも、想いも何もかも全てを打ち砕かれた彼にとって抵抗など何の意味も無い。帰るべき場所も、歩むべき未来も彼には何一つ残されていないのだから。セシルはこの場にある全てに心を閉ざしていた。
 幸福な花婿と不幸な花嫁はヴァージンロードを繋がったまま通っていく。祝福の叫び、口笛、花吹雪とライスシャワーが雨霰と降り注いだ。開かれた扉からは監禁以来初めて見る青空が見えていた。閉じ込められて以来ずっと、セシルが焦がれ続けた出口――外への扉はより大きな監獄への入り口に過ぎなかった。今となっては世界全体が彼にとっての地獄なのだから。外には高級車が止まり、新たな夫婦を今か今かと待ち構えている。だがセシルはそれに目をやることなく、死んだように瞼を閉じていた。
 そして高級車へとセシルが押し込められようとした瞬間、彼の耳にはっきりと声が届く。
「待ってください! 行かないで! セシルさん!」
 思わずセシルが振り返ると、此方に向けられているのは忘れもしないあの眼差しだった。ブーケを投げ捨て、体液に汚れた絨毯を踏みつけて春歌は今にも連れ去られようとしている恋人へと駆けていた。
 その瞬間、セシルの目に浮かんだのは歓喜にも似た安堵と、絶望にも似た哀しみだった。セシルは春歌の声に応えて叫ぶ。
「ハルカ! 危険です! 来てはいけない!」
 最早セシルには春歌の想いに応じる力など残されていなかった。隣で笑いあっていたのが遠い昔のように感じられる。今のセシルに出来ることは彼女が男の毒牙に掛からぬよう、望み続けていた再会を拒否することだけだった。自らの呪縛を解いた春歌を見て、舌打ちをした男は強引にセシルを引き摺り込む。
「嫌です! わたし、必ずセシルさんを――」
 その時、車のアクセルが踏まれ、割れんばかりの拍手が教会を包み込んだ。見る間に此方へ駆ける春歌の姿が遠く、見えなくなっていく。
「ダメだよ。今日この日に神に誓いあったのは君じゃない。僕なんだから」
 男は昔の恋敵に向かって、満足げに呟いた。
 そしてセシルの気丈だった精神が頬を伝う様を男は眺める。漸く男は理解していた。セシルが手中に収まらないということは永遠にその過程を楽しむことが出来ることと同義なのだ。既に取り返しのつかないほどに、セシルの肉体は堕ちている。どう足掻こうと最早彼は歌うことも、踊ることもままならないのだ。それほどまでに追い詰めたのは他でもない男自身だ。その惨めな有様を一生嘲笑われ一緒に地獄に堕ちることこそ、男がセシルに望む唯一の贖罪だった。
「新婚旅行はアグナパレスに行こうね。セシル」
 男はセシルの顎を掴み、何より深い口づけを交わす。
 二人の運命を祝福するように。

2022/1/13のプリコンに持参予定の既刊モブセシを再録しました。と~ってもお気に入りの話です。

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