My Funny Valentine

 バレンタイン、それは恋人達が想いを確かめ合う日。いつも想いは存分に確かめ合っていると思うけれど、そんな日が近づくにつれて胸がときめくのは仕方ない。そんなわたしは恋人のセシルさんに毎年手作りのチョコを贈っている。最初は冷やして固めただけのチョコだったけれど、だんだん難しいものも作れるようになってブラウニーやケーキとかも渡してきた。嬉しいことに、いつもセシルさんはとても喜んでくれる。  でも、せっかくの特別な日だから、もっともっと喜んで欲しい。そう考えてわたしは頭を悩ませている。今年はトリュフチョコを作るとは決まっているけれど、もう少し変わったこともしたい。包装に凝ってみるのもいいし、手紙を付けるのもいいけれど、どちらもいつかのバレンタインで挑戦している。 「う~ん……」  呻りながら近くにあった雑誌を捲ると『バレンタイン特集!』『バレンタインは乙女の聖戦!』という煽り文句と一緒にちょうど良い記事が並んでいた。その中でわたしの目を引いたのは『マンネリ防止! トクベツな日を恋人達へ――』と書かれた部分だった。 「もう少し押してみる、押しているなら引いてみる、なるほど。手を繋いで……チョコレート色の下着? 大胆に……う~ん……それはちょっと、難しいかな……」  それから先はかなりハイレベルな内容になっていて実践を想像するだけで知恵熱が出そうになったから、わたしは慌てて雑誌を閉じた。本当に今更という話なのに、照れにも似た感情が先走ってしまうのはわたしの悪い癖だ。たしかに参考になったけど…………思っていたよりも刺激が強かったし、わたしが真似できる範囲で取り入れてみることに決めた。  そしてバレンタイン当日はやってくる。幸いにもセシルさんもわたしも比較的早く仕事が終わって、二人で少しだけ豪華な夕食を作って食べた。お皿をシンクに置き始める頃にはセシルさんもわたしも事あるごとに目があってしまって、チョコレートを渡すんだってお互い分かっていても、なんだかそれが擽ったいような嬉しさが抑えきれない。逸る気持ちを抑えるだけでも大変で、何度かお皿が手から滑りそうになる。やっとお皿を洗ってしまってから、わたしは冷蔵庫に入れておいたチョコレートを取り出した。  セシルさんはもう目を細めてソファーに座っている。わたしといる時にしか見せない甘えるような眼差しで見られるだけで、わたしは頬が熱くなった。ここで普通に渡したらいつも通りになってしまうから、しっかりしなきゃと自分を鼓舞してわたしはセシルさんの隣に腰掛けた。 「セシルさん、今年のバレンタインのチョコレートです」 「ありがとうございます。My Princess……あなたからチョコレートを貰えるワタシは世界で一番の幸福者です」  伸ばされたセシルさんの手を、わたしはそっと握って膝に戻した。二三度瞬きをしているセシルさんへ、わたしは最大限の勇気を振り絞った。 「あっ、あの、セシルさん。口を開けてくれますか?」 「喜んで」  セシルさんは口を開けると、わたしの手元をじっと見つめている。もう何をされようとしているのか分かっているみたい。あまり見られると緊張するから目を瞑っていて欲しかったけど、今更そんなことも言えない。わたしはトリュフチョコを一粒摘まみ上げると、その赤い舌の上にそっと乗せた。セシルさんは何度か口の中でチョコを転がして、ゆっくりと呑み込んだ。 「今年もとても美味しいです。ありがとうございます。アナタに食べさせてもらうとカクベツですね」 「こちらこそ。すみません、変なことしちゃって……あの、最初の一口はわたしがあげたくて…………」  口に出すと余計に恥ずかしくなって、自分の顔がだんだん俯いていく。わたしにはやっぱりちょっと大胆すぎたかもしれない。セシルさんはそんなわたしの髪を優しく梳いてくれていた。 「嬉しいです。では、もう一つ頂けますか?」 「え……?」  思わず顔を上げると、セシルさんの瞳にぽかんとしているわたしが写り込んでいた。セシルさんはわたしと目を合わせたまま、手を優しく握る。 「もう一つ、アナタの手で食べさせてほしいのです」 「あ、はい……どうぞ」  そっとチョコレートを差し出すと、セシルさんは軽く囓ってくれた。 「やっぱりとても美味しい。それにしても今日のハルカは大胆ですね。誰かに教わりましたか?」 「えっ、あの。……雑誌を参考にしました」  〝ちょっと大胆に〟と書かれた見出しを思い出しながら話していると、セシルさんは安心したように息を吐いていた。 「ハルカが積極的で珍しいと思っただけですよ。嬉しかったです」  そう言うと、セシルさんはチョコレートが少し残っていたわたしの指先にキスをした。いきなりそんなことをされると、たちまち耳まで熱くなってしまう。 「……ハルカ」  わたしの顔を覗き込むと、セシルさんの瞳が悪戯っぽく輝く。甘い囁きがわたしの耳を震わせる。 「本当にアナタは可愛らしいですね。……良いことを思いつきました。まだまだチョコレートはたくさんあるのですから、今度はワタシが食べさせてあげますね」  ワタシばかり食べてもつまらない、そう言いながらセシルさんはわたしの頬にそっと手を添えた。もうすっかり染まっている顔を見られるのはとても恥ずかしかったけれど、逃れられそうにない。優しく口に含まされたチョコレートは、他の何よりも甘かった。

あっまあまな話を目指しました。

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