Morning Routine

 それはまだ日も昇らない時間。指先を見るのも苦労する暗闇の中で、星のような輝きが二つ光った。 「……眠い」  その光の持ち主である愛島セシルは早朝ロケに備えて、二三度寝返りを打ちながら体を起こした。時計を見ると目覚ましがなる五分前、けたたましい音が鳴る前にアラーム設定を切った。ふと隣を見ると、優しい彼女はまだ安らかな寝息を立てている。その夢を破らずに済んだ己の幸運にセシルは感謝の祈りを捧げた。  柔らかな頬に口付けをした後、そっと布団から抜け出し、シャワーを浴びると眠気も収まる。身支度を調えてリビングに向かうと、テーブルの上には〝簡単なものですみませんが召し上がって下さい。いってらっしゃい〟と可愛らしい小さな文字で書き置きが残されていた。セシルはその短い文章を時間を掛けて丁寧になぞる。その口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。セシルは手帳を取り出すと、そこへ書き置きを折れないように挟み込んだ。冷蔵庫を覗くと、おにぎりが二つと青菜のサラダ、作り置きのきんぴらごぼうが入っている。それらレンジで温めている間に、セシルは炊飯器の蓋を開けた。昨日セットされていた米は丁度炊き上がっていて、薄暗い部屋で艶々と仄白い輝きを見せていた。  本当は出かけるまでの間に、お礼もかねてきちんとした朝食を準備出来ればいいのだが、セシルの料理の腕前はそれを許してはくれない。それでも出来る範囲のことはしておきたかった。 「あちっ……」  火傷をしないよう手早く形を整えると、塩を振って皿に乗せる。春歌の手に合うような小さめのおにぎりが二つそこには並んでいた。そうして粗熱を取っている間に、セシルはレンジから自身の朝食を取り出し、じっくりと味わっていた。一口囓ればふわりと解けるようなおにぎりの食感、味の染みたきんぴら、未だしゃっきりとした瑞々しさを保っているサラダ。料理が趣味の彼女らしい丁寧な仕上がりを味わえる幸運にセシルは改めて感謝していた。食べ終わる頃には皿の上のおにぎりの熱も取れていたのでラップで包んでおいた。海苔を巻かずに傍らに置いたのは、セシルの小さなこだわりだった。近くにあったメモ用紙を千切り、よければ食べて下さい、とだけ記した。  そのまま鞄を抱えたセシルは部屋を出ようとして、すぐに食卓へと踵を返した。メモを手に取ると、〝朝食、とても美味しかったです〟と書き込み、今度こそ部屋を走り出た。  窓からは昇り始めた日の光が静かに差し込んでいく。春歌が目覚める頃にはおにぎりに塩も馴染み、食べ頃になっていることだろう。  周囲が朝の日差しに満ちあふれる頃、春歌はゆっくりと目を開く。今日はオフの日なのだから、まだ眠っていても良いはずなのに、体は既に目覚めようとしていた。夢うつつの状態で、春歌は頬に残された柔らかな感触を思い返す。あの時に起きられたら良かったのだけど、と内心で独りごちながら、ゆるゆると頭を振った。  昨日は深夜まで働いていたのだから仕方が無いとはいえ、恋人との時間を過ごせなかったのは惜しく思えてしまう。その未練を引き摺るように布団の中で携帯を弄っていると、それは小さく振動した。画面に表示されていたのは今まさに想っていた彼の名前だった。  〝おはようございます〟とだけ書かれたメッセージを春歌は何度も読み返す。毎朝のメッセージをセシルが欠かした一度も無い。それはまだ彼が側にいるかのように感じられて、春歌は頬が緩むのを抑えられなかった。ベッドから抜け出した春歌がセシルの書き置きを見つけて、お礼のメッセージを送るまでそう時間は掛からなかった。 「具がおかかと梅干しだ……美味しい……」  置かれていた海苔を巻いて食べると、パリパリとした食感が残る。春歌は噛み締めるように味わいながら、今日の休日をどう過ごすか想いを馳せていた。  幾度となく繰り返される恋人達の朝はこうして過ぎていく。

モーニングルーティンものを書こうとしたらただの朝のひとときになった。

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