Lover of Music

 毎日忙しくて、お休みもそうそう重ならなくて、目の前の仕事に取り組むことで精一杯のわたし達だから大切にしたいことがありました。 「ハルカ!」  ドアを開けて駆け込むと同時に発される声に、わたしは少し視界がぐらつくような興奮を覚えました。多くの人に愛を分け与えるのが仕事のセシルさんも、この瞬間だけはわたしだけを見てくれるのです。お疲れ様です、と返した声が抑えていても少し震えてしまって、それを聞いたセシルさんもわたしと同じ感情を瞳に宿しているのが見えました。ですが、それはお互いに一瞬のこと。わたしもあの人もすぐに仕事の顔になってピアノの前に座りました。  普段はお互いの仕事で会う暇も無いわたし達ですが、事務所から命じられて曲を作る時だけは二人だけの時間をじっくりと取ることが出来るのです。もちろんそれにかこつけるような真似をするつもりはありません。セシルさんの魅力を十分に引き出して、聞いてくれる人が少しでもときめくような素敵な曲を今日も作っていくのです。 「――今回はもう少しセシルさんのフルートを目立つように使っていきたいなって思っていて」 「では、テンポをもう少し上げてみた方がいいのではありませんか?」 「セシルさんがフルートを弾く予定になっていますけど、難しくなり過ぎないですか?」 「これくらいならまだ大丈夫。試しに弾いてみましょうか」  セシルさんはそう言うと、傍らの楽器ケースから銀のフルートを取り出しました。テーブルの上にあった楽譜を見て、そこに記されている早さから少しテンポを上げて演奏を始めると瞬く間に空気が震えていきます。その場に寄り添うような演奏なのに、相手を惹き付けて離さないのは、まさにセシルさんの資質でした。アレンジされた内容は凄く良くて、聞いているうちにわたしの中からも思いつきが溢れて止まりませんでした。  演奏に導かれるようにして側のピアノに向かうと、セシルさんは納得したように目だけで微笑んでいます。そのまま彼の音にわたしの奏でる音が重なっていきました。わたしの奏でる新しいメロディにセシルさんが即興で後を追って、セシルさんが呼び掛けるように示す道をわたしは鍵盤を叩いて駆け出していました。表を二人で堂々と歩くことが出来なくても、音楽の中でならわたし達は誰の目も憚らずに手を取り合って、心を通わせて、愛し合うことが出来ました。  どちらともなく演奏を止めると、わたし達は充足感と愛情を視線で伝え合い、再び意見を戦わせに戻るのです。先ほどの演奏から良い物を拾い集めて、それを広げて、手直しをして。それはわたし達の関係を確かめ合うことと同じでした。わたし達は密かに愛を育むことしか出来なくても、その結晶が多くの人に伝わっていく。それはわたし達の歩みが世界に残されることでもあるのです。世間並みのことは出来なくても、こんな素敵なことが出来るのはわたし達だけの特権でした。その幸福を作り上げる時間はわたしに取っても、セシルさんに取ってもかけがえのないものなのです。

作曲話好きなので沢山書いてしまう。

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