Autobahn Crisis

「お疲れ様。セシル君、遅くなっちゃってごめんね~」 「お疲れ様です。大丈夫です。その分とても良い物が出来ましたから」  セシルは疲労を隠し、頭を下げた。その姿を見た現場監督は、両手を合わせて苦笑してみせる。 その日、セシルはドラマの撮影に参加していた。それほど時間を取らない予定だったが、どのテイクを採用するかという話し合いがスタッフ全体を巻き込んだ会議となり、漸く決まった時には既に数時間が経過していた。 「もう、そう言ってくれるのは有り難いけど。暗くなっちゃったし、気をつけて帰るんだよ」  話し合いを長引かせた罪悪感からか、現場監督はセシルのすぐ側で小さくなりながら囁いた。セシルは軽く首を振り、これ以上謝られないうちに荷物を纏めていく。 「今日はありがとうございました!」  そうしてそのままセシルはスタッフに見送られながらスタジオを出ていった。時計を見ると終電はとうに出てしまっているような真夜中だった。 「……眠いはずですね」  周囲には誰一人いない油断からか、溢れ出てくる欠伸を手で押さえる。セシルは携帯を取り出し、タクシーを呼んだ。十分程待って欲しいと連絡が入ったが、今日のスタジオは奥まった場所にあるのだから彼は特に気にも留めなかった。  通りは闇に包まれており、その合間にポツポツと切れかけた街灯が光っている。その街灯の一つに身を寄せるようにして、セシルは立ち尽くしていた。時間を持て余しついでに携帯を眺め、送られてきていたメッセージに返信する。大半は事務所の仲間達からの仕事の連絡や相談だったが、その中に春歌からのメッセージも幾つか混じっていた。彼女の話も大半が仕事に関するものだったが、最後に送られたメッセージだけは違っていた。 『今日は先に眠りますね。おやすみなさい』  その文面をセシルは幾度か読み返し、彼女の寝顔を思い浮かべる。 「もう眠っているでしょうけれど、おやすみなさい。良い夢を……」  そう返信した後、携帯を閉じる。その時、すぐ近くまで何人かの男が歩いてきているのにセシルは気づいた。邪魔にならないよう動こうとした時、一人の男が蹌踉けるようにして、セシルにぶつかった。 「うわっ!」  男はやや大げさなほどに倒れる。避けるように周囲の男が距離を取る中で、セシルはすぐさま駆け寄った。 「すみません、大丈夫ですか?」  立ち上がろうとする男に手を差し伸べた時、不意に背後から気配を感じた。セシルが咄嗟に座り込んだ瞬間、先ほどまで頭があった場所を鉄パイプが横薙ぎに払う。 「何を……!?」  思わず振り向こうとした時、倒れていた男がセシルを突き飛ばした。バランスを崩したのを待ち構えたように再びパイプが呻りを上げてセシルに襲いかかる。庇おうと曲げた腕の隙間からパイプを構える男の姿が見えた。次の瞬間、庇った腕に衝撃が走る。辛うじて頭は守ったものの、打たれた左腕は鼓動と共に鈍い痛みを感じていた。男がもう一度パイプを振りかぶった隙に、セシルはすぐさま立ち上がろうとした。だが、戻ってきていた他の男が勢いよくセシルの背を蹴り飛ばした。 「……っ、う゛!」  予想外の衝撃に抗えずその場に倒れた時、セシルは周囲を囲まれていることに気づいた。顔から倒れたことで、変装用に掛けていた眼鏡が地面に落ちる。セシルの顔を見た一人の男は、軽く目を見開いた。 「あれ、こいつ愛島セシルじゃね?」 「はぁ? 誰だよ」 「ほら、アイドルの」 「あー……知ってるかも」  頭を軽薄そうな金髪に染めている男は、セシルの顔を覗き込む。 「たしか姉貴が買ってた雑誌載ってた」 「お前、姉ちゃんの雑誌読んでるのかよ」 「違えよバカ。表紙に載ってたんだよ……おっと!」  再び立ち上がろうとしていたセシルに向けて、金髪の男は鉄パイプを振り下ろした。周囲にいた男達も慌ててセシルの手足を押さえ込む。 「やめろっ! 離しなさいっこの卑怯者!」 「往生際悪いな。こういうとこが男は嫌なんだよ」  皮膚に爪を立て、噛み付き、躰を捻ってセシルは無我夢中で暴れていた。だが、そうして振りほどくにはあまりに人数に差が有りすぎた。口に布を噛まされ、手足は無理に引き摺られていく。地面に落ちた鞄を何人かの男が拾い上げているのが視界の端に映った。いつの間にか近くに停まっていた大型車へと、抵抗を嘲笑われながらセシルは抱え上げられ、押し込まれていく。後を追うように男達も乗り込み、すぐに扉が閉められた。まだ動く足先を暴れさせると、脱げた靴が飛び一人の男にぶつかる。 「いい加減諦めろって! ほら、早く車出せ!」  男はセシルの後ろ髪を引き、頬へと平手打ちをした。だが、セシルはそれを意にも介さず、男達全員を睨んでいる。抑え込まれた腕を振り払おうとセシルが力を込めた時、車のアクセルが踏み込まれた。 「くっ、う……」 「やっと落ち着いたか……そのまま大人しくしてろよ。走ってる車から放り出されたいってんなら別だがな」 「おい、車はいつもの場所まで飛ばせよ」 「分かってるって」  窓の外には呼んでいたタクシーが今更来ているのが見えた。そのまま遠ざかっていく其れを眺めながら、セシルは躰の力を緩めていった。男の言う通り車内で暴れた所で車が止まらなければ逃げ出せない。下手に動けば何をされるか分かったものではなかった。  車が止まるまで大人しく過ごす代わりにセシルは談笑する男達を見た。周囲の男達は全員若く、セシルと同じかそれ以下だろう。如何にも軽薄そうな、有り体に言えば不良染みたこの集団が自身を捕らえた過程からは、妙に手慣れた様子が感じられていた。恐らく小規模の犯罪集団が身代金目当てに狙ったのだろうとセシルは考える。それならば少なくとも命だけは保証される。そこまで思いを馳せるとセシルは小さく溜息を吐いた。 「どうしたんだよ、溜息なんか吐いちまってよぉ」 「…………」  何本か歯の欠けた男がセシルの顔を覗き込む。セシルは僅かに目を細めた後、その男から視線を外し、何も見ないよう目を閉ざした。 「黙ってても分かんねえだろ、おい」 「バカ、猿轡してんだろうが」 「ああそっか。ごめんごめん」  もう大声を出されても問題ないと判断されたのか、噛まされていた布が外される。セシルは楽になった呼吸と共に小さく咳き込んだ。男達はセシルの苦しげな様子など気にも留めない。移動中の時間潰しのつもりなのか、アイドルって本当なのかだとか、彼女はいるのかだとか、下らない質問を投げかけていた。当然ながらセシルは真剣に答える気など起きず、男達の機嫌を損ねないよう頷く程度で無言を貫いた。無論そのような反応に男達が満足する筈もなかった。 「チェッ、気取りやがって。暇潰しにもなりゃしねえ」 「いいだろ別に。そんなにこいつが気になるならネットでも見てろ」 「……野郎相手じゃなぁ。そこまでするのはめんどくせぇ」 「確かに」  男が頷いた時、漸く車が止まった。外は暗く、深い闇に包まれている。窓からは一際濃い樹の影が僅かに覗いた。よく見えないが、どうやらかなりの山奥らしい。 「ここなら何しようが誰も来ないからなぁ」  一人の男がセシルを小馬鹿にしたように見ながら、後部座席の背もたれを倒した。車内用の灯りが点き、夕陽のような光が照らす。ある程度の空間が出来、男達はセシルから視線を逸らした。その一瞬の隙に、セシルは隣にいた男を突き飛ばす。 「おわっ!」  動揺する男達の間を擦り抜け、セシルがドアに手を掛けた時、男が伸ばした手が後襟を掴んだ。首が絞まり、男達の輪の中心へとセシルは手繰り寄せられていく。 「ぐっ……離しなさい! 嫌だっ!」 「全く、油断の隙もありゃしねぇ」 「もういいだろ。さっさと剥いちまおうぜ」  剥く、という日常生活では耳慣れない単語にセシルは疑念を浮かべる。彼等は追い剥ぎでもするつもりなのだろうか。確かにセシルが身に着けている服は安い物ではないが、それだけの為にここまでするのは効率が悪過ぎるのだから。そこまでセシルが考えた瞬間、眼前に冷えた刃が突きつけられる。それは安物のナイフだった。銀色の刃は灯りを反射してやけに明るく光る。 「下手に暴れたらどこ切るか分かんねえぞ」  耳元でそう囁きながら男は嗤うと、セーターを乱雑に切り裂いた。思わずセシルは息を呑む。そのまま男達はセシルの両腕を引き、強引に破れた服を剥ぎ取った。 「へぇ~お前タトゥーなんか入れてんだ。アイドルも案外遊んでいいのな」 「俺は遊んでる奴ってなんかやだな。こういうのは如何にも純粋ですって奴にやるのが面白いんだろ」  軽口を叩き合う男達を見て、セシルは声を震わせないように自身を抑えながら口を開いた。 「これ以上何をするつもりですか? 例えワタシが逃げられないように服を剥いだ所で、警察は誘拐を許しはしません」 「は? 誘拐? 何言ってんだお前」  目を見開いた男が同意を促すように周囲を見渡すと、周囲の男達は噴き出した。嘲りを多分に含んだ笑い声が狭い車内に満ちていく。 「誘拐かぁ……これは新パターンだわ」 「こいつどんだけ自分を高く見積もってんだよ」  そう言うと男はセシルのベルトを掴んで引き抜いた。咄嗟に暴れようとした腕を左右の男達が抑え込み、抵抗する間も無くスラックスが下ろされていく。 「これからお前は俺達のオナホになるんだよ。オナホ」 「え……?」  男の口から出た言葉はセシルにとって想定外で、思わず金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。言われている言葉の意味は理解出来るものの、それと今の状況が結びつけられない。この男達は、男性であるセシルを??。 「今、何と……?」  呆然とするセシルの顔を覗き込み、男は舌打ちをした。 「おいおい、オナホって日本語も分かんねえのかよ」 「つまんねぇ、捕まえてくる奴間違えたな」 「だから言ったじゃん。外人は止めとけって」 「でもお前結局穴がありゃ何でもいいって言ったろうが」  言い争う男達の言葉で、セシルは自分の理解が間違いではないことを自覚した。だが、それは最悪の状況に置かれていると知るのと同義だ。怒り、羞恥、不可解さ、あらゆる感情が湧き出る中で、目が合った男は安堵したように笑った。 「なんだ。意味分かってるじゃん」 「これこれ、まさか自分がみたいな顔するから、男ヤるのはおもしれえんだよな。精々楽しませてくれよ」 「は、えっ? ……嫌っ! やめろ! 何故ッ……う゛うっ!」  男達が再び手を伸ばした瞬間、セシルは迫る事態に対する動揺に任せて躰を暴れさせた。だが何度抵抗しようが結果は同じだ。男はすぐさまセシルの頬に拳を振り下ろした。痛みで躰が強ばった瞬間を狙い、男達は手足を抱き抱えるようにして押さえていく。無理に俯せにされ、必死に背後の様子を見ようとしても無駄だった。傍らの男が後頭部を乱雑に掴み、床へと視線を戻される。狂乱の最中で下着がずり下ろされる感覚だけが生々しく感じられ、セシルの全身は総毛立った。  尻が掴まれて無理に広げられ無様な醜態を晒される。何かの蓋が開けられる音がして、後孔に滑った液体が塗りつけられていった。それだけでも耐えがたい羞恥と恐怖がセシルを打ちのめした。狭まった視界の中で、決定的に尊厳を穢される瞬間がやってくるのを自覚するだけしか出来ない時間が過ぎる。もう一々慣らすのも面倒くせぇよ、そんな声と共に後孔に熱い肉が宛がわれる感触があった。 「はがぁッ……! やめ、ろ! 抜いい゛……!」  その瞬間、強引に貫かれる激痛がセシルを襲った。それはまるで焼けた杭を直接打ち込まれるような感覚。セシルは声を最小限に抑えるので精一杯だった。それでも呼吸は乱れ、気を抜けば視界が歪みそうになる。 「アイドルの癖に初めてかよ」 「そりゃ男に抱かれるなんてことはないだろ」 「ほら、枕とかさ」 「こいつ抱くのか? 金払ってまでは俺嫌だなぁ……」  耳に自然と入る男達の会話はただの日常会話の域を出ない。そんな中でセシルは非日常的な痛みに苛まれ、己を他人に支配される屈辱に耐えていた。男達はわざと軽口をたたき合うことでそんなセシルの葛藤をも楽しんでいた。態々正面に回って顔を覗き込む者まで現れる。 「今まで女の子にキャアキャア言われて調子に乗るからこうなるんだよっと!」 「ふぐぅうう゛っ!」  体重が掛けられ、より深く押し込まれる度に、情けない呻き声が洩れることをセシルは止められなかった。挿れられている者への気遣いなど微塵も無く、男の快楽だけを得る行為が続いていく。それにつれて次第に躰を支配している圧迫感が増していた。次第に膨張していく肉の熱さに、同じ器官を持つ者として覚えがない訳がない。セシルは急速にこれから何が起こるのか理解した。 「待ッ……嫌! 今すぐ、やめえ゛ぇっ!」  途切れ途切れに叫んだ時にはもう遅かった。どぶどぶと音を立てて最も汚らしい液体が腹を満たしていく。それに合わせて苦しみと激痛が波のように絶え間なく襲った。自らを穢されているという事実を、残酷なまでに実感させられる一瞬は、永遠に続くかのように思われた。 「はい中出し一番乗り~!」 「男相手だとこの辺楽で良いよな」 「な~。女だと泣かれてうぜってえし」  不快な引き笑いを垂れ流しながら、男は陰茎を引き抜いた。辺りには血と精液の臭いが漂う。それでも体内を占めていた圧迫感が無くなったことで、セシルは必死に息を?いだ。 「じゃあ次俺な」 「おー」 「ひっい゛い゛ぃっ!」  だが、そんな安堵を狙ったかのように再び躰を切り裂かれる。思わず洩れた悲鳴を男達は嘲笑った。これ以上声を洩らさないようセシルは必死に唇を噛み締める。激しくなる律動の中で、歯が肉を噛み破り、血が顎を伝っていった。  そして、そんな痛みなど物の数にも入らない激痛が常に襲う。挿れている男はセシルから少しでも悲鳴を引き出そうと、腰を滅茶苦茶に動かしていた。その度に最初に出された精液が溢れて腿を伝い、セシルに与えられる不快感は増していく。再び信じられないほど軽い音がして、体内に生暖かい感触が広がった。それに合わせるように視界が暗くなっては持ち直す。今にも意識を失いそうな状態で、セシルは自身の理性を失わないように必死だった。だが意識を保った所で、セシルに与えられるのは引き裂かれる痛みだけだ。手足を押さえている男達の快哉だけが煩いほど響いた。相手を受け入れられる筈のない場所が拡張され、衆人に晒される苦痛が常にセシルの傍らにあった。  そんな中でセシルに跨がる男は次々と入れ替わっていく。だが誰であっても皆同じような笑みを浮かべていた。相手の尊厳を踏み躙る悦びを隠そうともしないその表情。判で押したような顔に見下される中で、セシルは途切れそうな意識を紙一重で?いでいた。痛みの合間を縫うように明日の仕事だとか、帰りを待つ彼女の姿だとか、変わらず続く筈だった日々の残滓が浮かび、消える。無力さと申し訳なさ、苦い屈辱だけが満ちていった。セシルという存在が、性欲処理の道具として貶められるだけの時間が過ぎていく。 「ねぇ、あんまり苦しそうにするのやめてくれる? まるで俺らが悪いことしてるみたいじゃん」  男がセシルの後ろ髪を掴んで持ち上げた。首が軋み、俯いていたセシルの顔を灯りが照らす。噛み締められていた唇から流れる血が床へと垂れた。露わになった瞳は男達を真っ直ぐに映している。その輝きに濁りは無かった。 「……アナタ達がしていることはとても悪いことです」  吐き捨てるように響いた声には軽蔑と怒りに満ちている。男達はその様子に少なからず驚愕した。大抵の人間であれば、ここまで痛めつけられれば根を上げる。泣き出したり、命乞いをしたりする人間の反応を楽しむのも男達の悦びだった。  だがセシルは寧ろ苦難を跳ね返すかのように気丈だった。何人かの男がこみ上げる笑いに喉を鳴らす。それはまだ眼前の存在で楽しめるという知らせに他ならない。 「うるせえな、誰が喋っていいつったよ」  金髪の男は立ち上がり、セシルの肩を蹴る。相手を見下ろす圧倒的優位をその男は噛み締めていた。 「そうだ。それならセシルさんが気持ちよくなってくれればいいんじゃねえの」 「ウケる。そんなら晴れて和姦成立じゃん」  やってみろよ、と呟きながら、男は目で急かした。 「さっきまで痛かったよなぁ。まずは自分で気持ちよくなって俺達に手本を見せてくれや」 「それがアナタ達の言う〝ワカン〟の形なのですか」 「ま、そういう事だな」  衆人環視の中で自慰に興じろと命じられたのだと、セシルもすぐに理解出来た。だがそれを実行に移すかどうかは全くの別問題だった。そんなものは先ほどと形を変えた暴力の形に過ぎない。セシルは冷ややかな目を男達に向けた。彼等の口振りから考えて、もう何度もこうして様々な人間の性を穢しているのは明白だ。そんな連中に従う気など起きる筈もなかった。  金髪の男はセシルの反応に対して特に感情を表しもせず、取り出した煙草に火を付ける。大人数が詰め寄り、狭い車内に安い煙の臭いが満ちた。そのまま男は腕を伸ばすと、セシルの太股に煙草を押し付けた。 「っあ゛あ゛あぁ!?」  セシルは声を抑える間さえ無かった。事も無げに行われた折檻は、身構えられるような予感すら与えない。庇おうと曲げた手足はより強く握り締められる。暴れるなと耳元で怒鳴る声が煩くて仕方がなかった。衝撃に全身を引き攣らせ、セシルは荒い息を吐く。 「うへぇ、痛そう。真っ赤になってる」 「格好付けて断るからだろ。しかし太股ってお前。つまんねえ。次は顔とか手とか見える場所にやれよな」 「一々うるせえな。顔は次生意気行った時にしてやるんだよ。きっと傑作だろうな」 「ああ、ワイルドさが上がっていいんじゃねえの。こんなお育ちの良さそうなツラじゃ男受けしなかっただろうしよ」  笑い声を響かせながら、周囲の男達はセシルの手足を離した。痛いほど押さえられていた四肢に血が巡り始める。セシルは僅かに呻きながら、ゆっくりと身を起こした。男達は少し離れて座り、セシルを注視し続けている。ドアの前にも何人もの男が居座り、逃げ出すことは出来そうになかった。 「おいコラ、どうすんだ?」 「いつまでも待ってられるほど俺達も暇じゃねえんだよ」  そう言う男が取り出したのはライターと携帯ナイフだった。それを見たセシルは僅かに息を呑む。明確な命の危険が傍らまで迫っていた。従うか、抵抗を続けるか。はっきりと分かっていることは、どう行動しても男達にとってセシルは娯楽として消費されるということだった。男達は他人を傷付けることに躊躇など無い。それならば、セシルに残された選択肢は、生きて帰る道を模索することだけだった。  長い溜息を吐くと、セシルはかなり戸惑いながらも下半身へと手を伸ばす。それを見た男達からは密やかな嘲笑が洩れた。 「へぇーセシルさんは両手派なんだ」 「こういう時って何オカズにしてんだろうな」  耳にまで届く雑音を聞かないようにしながら、セシルは無理に陰茎を扱いた。最初こそ痛みしか感じなかったものの、男としての生理反応で先走りが溢れ、次第に芯を持ち始めていく。 「ふぅ……っう゛………く……」 「うっわキモいキモい」 「こんな状況で感じれるのかよ。変態かこいつ」  気を抜くと羞恥と怒りで萎えそうになる。そんな状況下でセシルは目を閉じ、生み出す僅かな快感に必死で縋った。歯が噛み合わされる音が響く。緩慢に動いていた手は速度を増した。耐えがたい羞恥と屈辱の最中で感じる快楽は、痛みと同等にセシルを打ちのめしていく。 「はっ、あ………あっ…………!」  それでも限界は必ず来る。セシルの背は弓のように反り、情けない音を立てて精液が飛び散った。一瞬の静寂の後、男達の下品な笑い声が弾けるように響いた。最低な見世物にまで堕ちるしか出来ない自身にセシルは熟々嫌気が差す。だがそうして誇りと苦しみに挟まれて歪む表情こそ男達が最も望んでいる姿だった。  閉じていた目を開くと、無機質なレンズがセシルを覗く。 「まさか、撮って……?」 「だってお前芸能人なんだろ? 金になるかな~って」 「そんなことワタシは聞いていない!」 「大丈夫大丈夫。そっくりさんってことにしとくからさ」 「やさし~! 良かったなセシルさん。人生終わらずにすみそうだぜ」 「そんなもん男に犯されてる時点で終わってるけどな」  見せられた画面には、必死に快楽を得ようと足掻くセシルがはっきりと写っていた。セシルの顔からは血の気が失われていく。映像を売られた所で揉み消すことは容易だ。それより、自ら尊厳を穢している瞬間を残されたことの方がセシルを深く傷付けていた。 「…………」 「おっ? なんだその顔。何かお願いでもしたいのか?」 「僕のオナニー動画消してくださ~いってことなら、それ相応の報酬がいるんだがなぁ」  男は乱雑にセシルの肩を抱いた。無理に揺らされながら、セシルは間近に迫る男の卑しい表情を見つめた。これが男達の常套手段なのだろう。恥辱を与え、脅し、反抗の意を削ぎ落とす。最終的な目的は恐らく金だ。 「お金なら、あります。財布にはあまり入っていませんが、貯金ならば??」  あくまで動揺した風を装い、セシルは敢えて震えた声で男達に懇願した。男達が金に目をくらませ、人気のある場所まで車を移動させれば助けが来る可能性も上がる筈だ。だが、もう一度口を開き掛けたセシルを、男はあっさりと押し止めた。 「そういうのはいいんだよ。というかお前本当に人の話聞いてないんだな。今のお前に穴以外の価値はねえってさっき言ったろ?」 「サービス精神忘れんな。如何にも強姦されてます~ってマグロになってないでさ」  セシルが予想した以上に男達の精神は歪んでいたのだった。セシルの首に冷や汗が伝う。男達は金にそれほど興味は無い。彼等の目的は襲う対象が苦しみ、怒り、悶える姿だけなのだ。セシルに幾対もの目が好奇の視線を向ける。一人の男が横になり、勃ち上がった自身を指し示した。周囲の男達は再びセシルの腕を掴み、髪を引き、背を蹴って男の上へと引き摺っていく。セシルが何を叫んでも変わるものは無く、男達を悦ばせるだけだった。まだ生暖かい血が流れる後孔に男の陰茎が押し当てられる。すぐ隣にはライターで熱された携帯ナイフが突きつけられた。逃げることなど出来ない。 「いい゛っ! ぎ……っあ…………!」  セシルは追い立てられるようにして、騎乗位の体勢で男の陰茎を再び受け入れた。自身の体重で男の長大な陰茎はより深く内部に食い込んでいく。セシルは目を見開き、声も出せずに圧迫感に耐えていた。だがそんな緩慢さを許す男達ではない。 「はっ、はぁっ、はっあ゛あ゛あぁっ!」  右腕に強い痛みが走る。目をやると、ライターで熱されたナイフが膚に触れていた。火傷の痕が赤く浮かびあがっていく。もう一度男がナイフを振りかざした瞬間、セシルは何を求められているのか理解した。 「待って! ……やりますっ動きます、から!」  再び膚を灼かれる前に、セシルは腰を持ち上げる。切れた皮膚が摩擦で捲れ、流れる血が男の陰茎を伝う。当然激痛が伴うが、最早セシルに休む暇などありはしなかった。再び自身を深く刺し貫き、引き抜く。傷を抉る自傷行為を男達は奉仕と称した。 「これいいわ。動かなくていいから楽だし」 「そんなにかよ」 「まあまあかな。セシルさん性欲処理の才能あるんじゃね」  セシルが地獄のような苦しみに苛まれる最中で、寝転んだ男は快楽を貪っていた。セシルは床に手をつき、必死に男に奉仕をしている。俯いた表情から垣間見える苦痛は真下にいる男だけが見られるものだった。痛みで溢れる汗を男は手を伸ばして拭ってやるが、セシルはその度に首を振って拒む。僅かな温情さえも受け取ろうとしない気位の高さに男は苦笑した。  周囲を囲んでいる何人かの男はセシルの荷物を漁っていた。その光景をセシルは視界の端に捉えていたが何も出来なかった。グチャグチャと肉を切り裂く水音が響く中で、男達が何を話しているのかすら定かでは無い。財布から金が抜き取られても、降りかかった絶望の中ではどうでもいいように思われた。寧ろこれ以上他のことに気を取られ、また躰を痛めつける理由にされてしまう方が恐ろしかった。セシルが再び奉仕へと意識を戻そうとした瞬間、彼の顔からは一気に血の気が引いていく。 「やめろ! その手を離せっ!」 「は? 何だよ急に顔色変えて…………あっ」  男は財布の中を眺めると、目を輝かせる。財布から取り出されたのは一枚の写真だった。 「おい、これ見てみろよ」 「誰だこの子。可愛いじゃん、セシルさんの彼女?」  窓辺ではにかみながら微笑んで写っているのは、春歌に他ならない。密かに持ち歩いていた写真を最も見つけてはならない集団が発見したのだ。 「仕事の参考で使う資料です。無くさないよう財布に……」 「へぇー、そんな見え透いた嘘吐くしか出来ねえんだな。可哀想に」 「嘘ではありません」 「めんどくせえな、こいつの携帯見りゃ分かるだろ。指紋認証使えるぞ」 「痛いっ! 痛い、やめろ! 離せ!」  指紋認証と聞き、セシルが咄嗟に隠した腕を、背後にいた男が掴んで捻り上げる。関節を捻じ曲げられる激痛にセシルは身動きを封じられた。荷物を漁っていた男が投げ渡した携帯を、セシルを犯している男は受け取る。余裕も無く必死に抗おうとするセシルの様子に、男達はこれ以上ない程の愉悦を感じていた。セシルも自身が反応するだけ男達の見世物に成り下がっていくことは自覚している。だが自身の尊厳をなげうつことになろうとも、反抗を止めるという選択肢はなかった。  逃れようとするセシルの腕を、何本もの男達の腕が掴む。顔に向けて拳が振り下ろされ、無防備な腹が蹴られる。圧倒的な人数の差でセシルの抵抗は虚しく押し潰されていった。親指がボタンに押し付けられ、画面が解錠される。男達の歓声が煩いほどに響いた。 「やっぱり彼女じゃねえか」 「へぇー春歌ちゃんっていうんだ。名前も可愛いじゃん」  携帯を持つ男はほくそ笑んだ。男の指が画面をスクロールする度に、セシルの心を無力感が満たしていく。 「俺ヤるならこの子が良かったな~」 「そりゃ男よか可愛い女の子がいいだろ。彼氏持ちなら尚更な」 「だよな。そういう子って来ない彼氏の名前呼んでさぁ、バカで可愛いよ」  聞くだけで思わず吐き気がするような会話だった。そのように揶揄されるだけでも、口にした男への憎しみがセシルに生まれていく。だが、そうして煽ることこそが男達の目的だ。それはセシルも分かっていた。携帯を開けられてから、セシルは俯いたまま何の反応も見せなかった。 「おい、色男。黙ってないでなんか言ったらどうだ?」 「…………」  あくまで無言を貫くセシルに男は舌打ちをした。 「ショックで声も出ねえってか? なあ」  後ろ髪を掴み、顔を上げさせるとセシルの表情が露わになる。幾つもの痣が浮かぶその表情を見た男は思わず噴き出した。 「お前下向いたまま、そんな彼氏らしい面してたのかよ。馬鹿じゃねえの」  幾ら平静を保とうとしても、セシルの瞳には軽蔑と怒りが滲む。常人ならば怯えが覗く唇は強く引き結ばれ、流れる血もそのままに彼は男と正面から向き合っていた。無意識にセシルが見せる強さは男達を容赦なく煽っていく。顔を覗き込んだ男はセシルをそのまま組み敷いた。 「…………っう゛!」 「偉そうな面しやがって、思い出せオラッ! てめえはもう俺達に負けてんだよ!」  猛った肉が再びセシルを穿つ。痛みと屈辱で萎えているセシルの陰茎が揺さぶられるままに力無く跳ねた。立場を教え込む陵辱に、セシルはもう表情を隠しはしなかった。歯を食いしばり、覆い被さる男を睨む。だが、それがセシルに出来る精一杯の抵抗だと男達は感づいていた。衝動のまま内部に白濁が捨てられる。それと同時に男はセシルの瞳に唾を吐いた。セシルは離れていく男を睨んだまま、淡々とそれを拭った。  表面を幾ら自分達の体液で穢そうが、セシルは微塵も穢されることなく男達と相対していた。 「本当に弁えるってことを知らねえな」  だが、男達はセシルが目に見えて動揺した唯一の対象をもう知っているのだ。 「いい加減にしないと彼女ちゃんに電話繋げて実況中継レイプでも始めんぞ?」  一人の男がそう口を開いた瞬間、セシルの肩が僅かに震えた。 「……よくそこまで最低なことを考えつきますね」 「お褒めに与り光栄だよ」  男の右手が携帯の電話帳を弄っている。その様子から男達は本気だとセシルは確信せざるを得なかった。彼女だけはこんな事態に巻き込む訳にはいかなかった。ならば、セシルに出来ることは一つだ。男達の関心を出来る限り自分に引き付け続けることが、彼に残された盾だった。 「やめなさい」 「あ? 何か言ったかぁ」 「……やめてください」  わざと気弱に声を出すと、画面を弄っていた男の右手が止まる。それをセシルは見逃さなかった。周囲の男達も愉しくて堪らないと言いたげな目線をセシルに送っている。 「行動が伴ってねえな。人様にお願いするんだぞ」  セシルはすぐに男達の要望を理解した。それに対する躊躇や恐怖が微塵も無いと言えば嘘になるだろう。だが、それ以上にセシルは守るべき者を守ることが出来る安堵に満たされていた。その事実に比べれば、自身の誇りなど些細なことだ。男の声など既に聞こえはしない。セシルは求められるままに両手を床に付き、深々と頭を下げた。 「どうかやめてください。お願いします」 「で? そうすると俺達に何の得があるんだ?」  セシルは僅かに息を吸い込むと、最後の覚悟を決めた。 「代わりにワタシのことは好きに使ってください。何でもします。頑張りますから……」  車内は歓声で満たされた。本人から許可が出たんだ、何やってもいいんだとよ、そんな呟きと共に伸ばされる手を、セシルは冷えた目で見返していた。  ぐちゃぐちゃと汚らしい水音が響く。あれから数時間が経ったセシルの有様は悲惨の一言だった。全身の至る所に痣や切り傷、火傷が刻まれ、酷使された口と後孔からは血と精液の混合液が流れ落ちている。髪も半ば白く見えるほど白濁が掛けられ、爪も何枚か剥がれ落ちていた。悲鳴を上げすぎて嗄れた喉からは、微かな呻き声だけが洩れている。何より力強い輝きを宿していた瞳は濁り、何も映していなかった。 「……そろそろ潮時か」 「さっきまで意地でもチンコしゃぶってくれたのになぁ。もう終わりかよ」 「他よりちょっと長持ちした程度か。口ほどにもねえな」  勝手なことを言いながら男達は近くの茂みへとセシルを投げ捨てた。汚れきった荷物と原形をとどめていない服も外に投げ出される。 「貰えるもん全部貰ったか?」 「おう、金と回数券と……あー正気のうちにカードの暗証番号聞いとくべきだったな」 「気づくのが遅えよ。まあいい、こんだけ現ナマがありゃ暫く遊べるだろ」 「しかしひでぇな。こんな山奥で無一文って、セシルさんどうやって帰んだよ」 「そんなもん知るかよ。このまま素っ裸で放置してたら警察が迎えに来てくれんじゃね」  それを聞いた金髪の男は小さく溜息を吐いた。 「やっぱりかぁ。俺の優しさかな、そういう後味が悪いのは趣味じゃねえから」  そう言うと金髪の男は車を降り、セシルの傍らにしゃがみ込んだ。そして奪っていた写真を取り出すと、露わになっているセシルの陰茎へ紐で強く縛り付けていく。解くということを想定されていない紐は陰茎に深く食い込んだ。それでも既に意識のないセシルはされるがままだった。男達の嘲笑だけが辺りに響く。 「よし、これで最低限隠れてんだからお縄になることはねえだろうよ」 「ばーか! ほぼ見えてんじゃねえか」 「腹痛え……。よーし、じゃあセシルさんの金でメシでも食い行くかぁ!」  その言葉を最後にドアが閉められ、車は走り出す。最早誰も振り向きはしなかった。残されたセシルは僅かに躰を震わせる。  遠くに見える山際からは朝日が昇り始めていた。

即堕ち二コマを書こうとして一コマ目が長くなった話でした。

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